第13話 別人な王女

 王城に着いて門兵にアーシャの指輪を見せると、最初はあたふたされたものの、案外すんなり城内へと通された。どうやら本当にアーシャが話を通しておいてくれたらしい。指輪だけ取られて終わりか、最悪は賊の類と思われて捕えられる可能性も考慮していたので、まずはほっとする。

 しかし、もちろん城内に入ったからと言って安心できるわけではない。アデルの様な怪しい身なりの冒険者が城内に入って訝しまれないわけがなく、奇異なものを見る瞳ですれ違う文官達は彼を見ていた。

 城内の案内も、屈強な兵士達によって行われている。何か変な動きをしようものなら即座に捕らえられてしまうだろう。

 ちなみに、大剣等の武器の他、一切の荷物も城の入り口で預かられている。丸腰の状態でこうも警戒されていては、何かをする気にもなれない。ここまでくる間にはうんざりしてきていて、もうアーシャと会ってこの指輪を返せれるならそれで良いか、という気持ちにすらなっていた。


(会ったとは言え、何を話せば良いんだろうな)


 思ったよりすんなりと応接室まで案内されてしまってから、アデルは苦い笑みを浮かべた。

 この半月の間に仲間も恋人も失ったので、アーシャの言葉だけを心の支えにこの城に辿り着いただけだ。彼にそれ以上の目的等なかった。

 どうしてここに来たかと問われても、彼にはそれに対して返せる言葉を持っていなかったのだ。


「まもなくアーシャ王女殿下が参られる。くれぐれも粗相のない様にせよ」


 屈強な兵士がアデルを威圧する様に睨んでいる。

 彼らからしても、国の宝とまで言われている〝ヴェイユの聖女〟が冒険者の男と会話を交わす事すら面白くないのだろう。彼らの気持ちも何となくわかるので、アデルは恭しく頭を下げるに留まった。

 それから間もなくして、奥の扉が開いた。

 侍女の後ろから姿を現したのは、白いドレスを身に纏った白銀髪の少女──いや、ヴェイユ王国の王女・アーシャ王女殿下その人だった。

 アデルは口をぽかんと開けて、彼女を見つめていた。

 その姿は、ただただ美しかった。

 以前洞窟で会った時は幼い少女の様にも思っていたが、ここにいるアーシャは紛れもない王女だ。それだけの気品さを彼女から感じさせられた。


「え、あっ……」


 挨拶をしなければならないのはわかっていた。

 しかし、以前あれほど軽口を交わした仲なのに、アデルは軽口どころか言葉さえも出てこなかった。彼女の纏う神聖な空気に、言葉を詰まらせていたのだ。


「おい貴様、無礼だぞ!」


 棒立ちをしているアデルに騎士達から厳しい言葉を投げかけられ、ハッとしたアデルは慌てて地に片膝を突いた。

 そんなアデルを見て、王女は「よいのですよ」と上品に笑った。


「彼は私にとっては友人の様なものです。礼など不要な間柄なので」


 気になさらないで下さいまし、とアーシャ王女は付け加えた。


「ご、ご友人⁉ この男が⁉」


 しかし、アーシャの空気とは打って変わって、護衛の兵士達は一気に警戒状態となる。一斉に訝しんだ視線をアデルに送った後に、信じられない、という様な表情をして、もう一度王女を見た。

 しかし王女は気にした様子もなく、アデルにソファーに腰掛ける様に指示をした。アデルは言われるがままにソファーに腰掛け、同じく腰掛ける彼女をただぽかんと眺めていた。


「……思ったより、早かったですね」


 アーシャはアデルに優しく微笑み掛けた。

 以前話した時の笑顔とは全く別物で、気品溢れる上品な笑み。洞窟の時に見せてくれた笑みの方が好きだな、とアデルは勝手に思うのだった。


「ああ、うん……とりあえず、これを返さないと、と思って──」

「貴様、王女殿下に何という口の利き方を!」


 アデルが話し出した途端に近衛兵士から横槍が入って、言葉を途切れさせられる。

 アデルは「しまった」と思ったが、アーシャは近衛兵士をちらりと見ると、心底不快そうに溜め息を吐いた。


「ラノン兵長」

「ハッ!」


 アーシャの呼びかけに、ラノンと呼ばれた男は敬礼をする。どうやらアデルの横について鼻息荒く彼を監視していたのは、兵長だった様だ。


「大変申し訳ないのですが、席を外してくれませんか? 他の近衛兵の方々も。これだけ囲まれてしまっていては、彼も話しづらいでしょう」


 アーシャは厳しい視線を周囲の近衛兵にも送った。

 その表情たるは、完全なる王族だ。以前の幼さはそこにはない。


「それはできませぬ、王女殿下。もしもこの者が王女に危害を加えようとした場合は直ちに処刑せよとシャイナ殿からも──」

「ラノン兵長」


 アーシャはラノンの言葉を遮って彼をじっと見ると、ラノンは慌てて「ハッ」と再度敬礼をした。

 シャイナとは、以前アーシャが過保護で口煩いと言っていた女性の近衛騎士だろう。この場に女性がいないところを見ると、今日は居合わせなかったのだろうか。


「ラノンは私の友人を侮辱する、という事ですか? 彼は私の大切な物を届けにわざわざ大陸から渡ってここまで来て下さったのです。この方への侮辱は、私への侮辱と思って下さい」

「し、失礼致しました!」

「それで、ラノン兵長。もう一つお伺いしたい事があります」

「何なりと!」


 ラノンは何度目かの敬礼をする。

 そのやり取りを見て、彼は彼で大変そうだな、というような感想をアデルは抱くのであった。


「あなたは私のとシャイナの


 少しだけ声を低くして、威圧する様な目つきでラノンを見つめるアーシャ。ヴェイユ王宮の応接室では、十五の少女に睨まれて小さくなる大男、という滑稽な図が出来上がっていた。


「無論、アーシャ殿下でございまする!」

「そうですか! それでは、席を外して頂けますね?」


 アーシャは少女の様に顔を綻ばせて、ラノンに訊く。

 訊いてはいるものの、完全な脅しである。こう言われてはラノンは何も言い返せなくなってしまうのだ。

 

「そ、それは……」

「ラノン兵長?」


 虚しくも、ラノン兵長の抵抗はそこで終わった。

 こうまでなると、兵長が少し可哀想な気になってくるアデルであった。よくわからない部外者が王女といきなり面会するなど、兵士長としても警戒して当然だ。彼も彼で、兵務を全うしようとしているのである。

 ラノンは部屋の外で待機している旨をアーシャに伝え、他の兵士共々部屋から出ていった。無論、アデルを睨み殺さん勢いで睨みつけてから、ではあるが。彼の眉間の奥が痛くなったのは言うまでもない。

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