第3話 発覚

 意識がうっすらと戻ってくると同時に、後頭部に柔らかな感触を感じた。


(あれ……俺は、死んだのか?)


 そのままゆっくりと目を開けると──目の前に女の子が見えてきた。

 白銀色の長い髪と浅葱色の瞳を持つ少女がアデルの顔を心配げに見下ろしていた。


「目が覚めましたか? よかったです……」


 少女は安堵の表情を見せ、アデルに優しく微笑み掛けた。


「あ、れ……?」


 ──この子は、誰だ?

 アデルが真っ先に思い浮かんだ疑問だが、気を失う前に見掛けた戦乙女ヴァルキリーとそっくりだった。どうやら天使やら戦乙女の類ではなさそうだが、全くの謎だった。気品溢れる仕草や表情からも、天使と見間違えても仕方ないというほど、少女は美しかった。

 冷静になってあたりを見て見ると、ここは先程までアデルが死にかけていたキッツダム洞窟の下層部に他ならなかった。

 そして、アデルは温かみのある方へと視線を向けると、そこには少女の白いローブが見えた。後頭部の柔らかさ、そして見下ろす少女──そう、アデルは少女に膝枕をされていたのだ。


「なッ、すまない! 今すぐ起き──あぐっ」


 慌てて見を起こそうとするが、激しい頭痛がアデルを襲う。


「む。無理をしないで下さい! 本当に今の今まで、死にかけていたんですよ⁉」


 白銀髪の少女が叱りつける様にしてアデルに言う。

 実際に少女の言う通り、まだ起き上がれそうになかった。だが、体から痺れや猛毒は消えており、脚に刺されていたナイフも床に転がっていて、傷も塞がっていた。


(この子が、治療してくれた、のか……?)


 状況から鑑みるに、そうとしか考えられなかった。

 こちらを心配そうに覗き込む少女をじっと見る。歳はまだ十代半ばといったところだろうか。二十歳を迎えたアデルより若い事は確実だった。

 その白銀の髪と浅葱色の瞳、そして白いローブを纏っているとなれば、まさしく天使の様な容姿である。だが、彼女の背には翼は生えていないし、見ている限りは普通の人間としか思えない。


「すまない……初対面で、しかも年端もいかない女性に膝を貸させるなんて。無礼も甚だしい」

「そんな事を言っている場合ではありません。非常時ですよ? 私の膝なんて」


 いくらでも貸します、と少女は不服そうに付け足した。どうやら『年端もいかない』という言葉が引っかかった様だ。

 身を起こそうとするが、頭痛が激しく身動きが取れなかった。


「……どうやら、もう少しだけ膝を借りないといけないみたいだ」


 アデルは後頭部を彼女の太腿に降ろして、額に手の甲を当てた。

 とてもではないが動けそうになかった。


「はい、もう少しだけ安静にしてて下さい」


 少女は呆れた様に嘆息して、肩に掛けた鞄の中から小さな瓶を取り出した。


「頭痛を取り除く薬草水ポーションです。飲めますか?」

「ああ……」


 寝たまま少女に薬草水ポーションを飲ませてもらって、ごくりと飲み込む。

 初めて飲む味だが、胸の中がすっとして頭も少しだけすっきりした気がした。


「ありがとう……薬草水ポーションと膝を借りるついでに、もう一つだけお願いがある」

「何ですか?」

「この状況を教えてくれ。俺はどうなってる? オルテガ達はどうした? そもそも俺は生きてるのか?」


 アデルは頭の中にある疑問を全て口に出すと、少女が大きな溜め息を吐いた。


「そんなに一度に訊かないで下さい……訊きたい事があるのは、私も同じなんですから」

「いや、すまない……俺もわけがわからなくて」

「わけがわからないのは私も同じですよ」


 少女は眉根を寄せて、「まあ、いいですけど」と困った様に微笑んだ。


「えっと……まず、一つ目です。あなたは脚に深い傷を負っていて、更には強い毒に体を侵されていました。本当に死ぬ寸前だったんです。これは冗談ではなく、本当に、です」

「あんたが治してくれたのか?」


 アデルが訊くと、少女はこくりと頷いて「間に合って良かったです」と目を細めた。


「続いて、二つ目と三つ目の質問です。私はオルテガという人に心当たりはありませんし、見てもいません。それに、あなたは当然生きています」


 どうやら彼女はこの洞窟内にいながら、オルテガと鉢合わせなかったようだ。

 そういえば、意識を失う前に彼女はオルテガ達とは逆──即ち、この洞窟の奥の方角から現れたのである。


「あんたはこんな洞窟で何をしてたんだ。ここは魔物が出て危険な洞窟なんじゃないのか」


 ふと改めて自分がキッツダム洞窟内にいる事を思い出して、周囲を見る。

 洞窟内には弱いながも魔物はいる。少女ひとりでは危険だった。


「確かに魔物はいますけど……ここの魔物は、の魔物しか放たれていないんです」

「放たれているだって? どういう事だ?」


 少女の言葉にアデルが首を傾げると、少女はわかりやすく説明してくれた。

 ここキッツダム洞窟は、ヴェイユ王国内では『王家の洞窟』という別名があるそうだ。

 王家の洞窟は、王家の者が十五になった際に必ず入らなければならない試練の間だそうだ。成人になった際の度胸試しの様なものらしく、ここの洞窟の奥に一人で行き、最深部にある間から札を一枚取ってこなければいけないらしい。

 故に、中にいる魔物は十五の少年少女でも倒せる程度の強さのものしかいない。弱い魔物が意図的に放たれており、更には強い魔物や山賊が住み着いていないかどうか、半年に一度王宮兵団によって洞窟内の調査も行われているそうだ。

 この洞窟には一切の宝もなく、本当に最深部にある札しかない。盗掘屋や冒険家等が欲しがる宝など何もなく、島の者は皆それを知っているので、誰もこの洞窟には寄り付かないのだそうだ。


「私は今日がその試練の日だったんです。それで、試練を終えて地上に戻っている途中で偶然ここで倒れているあなたを発見して……」


 それから今に至るようだ。


「なるほどな……」


 アデルは少女の太腿に後頭部を任せながら、大きく溜め息を吐いて目を閉じる。別の意味の頭痛に襲われていたのだ。


(なんてこった。どうりで驚く程弱い魔物しかいないはずだ……)


 アデルは自分の不注意さに呆れる他なかった。

 島の住民ならば、ここキッツダム洞窟は王家が意図的に放っている魔物しかおらず、更に何ら価値もない事を皆が知っていたのだ。アデルがほんの少しでもオルテガ達の行動を不審に思い、港に着いてから町の者に聞き込みをしていれば、今回の事態は未然に防げた。

 彼らを仲間だと信じて、言葉を鵜呑みにしてしまった結果だ。間抜けという他ならない。


(──糞!)


 アデルは自らの額にある手を強く握り込む。

 この半年間のオルテガ達とのやり取りを思い出す。「助かった」や「ありがとう」という御礼の言葉、それ以外にも飲み交わした酒も、笑い合った出来事も全て仮初めのそれだったとわかった今、ただただ悔しさしか残らなかった。

 彼らから見ていて、自分はどれほど滑稽だったのだろう。きっとアデルが知らないところで散々笑っていたに違いない。今更腹を立てても仕方ないが、それでも腹を立てるなというのは難しかった。


(……あれ、待てよ? 何か大事な事を忘れてないか?)


 もう一度目を開けると、そこには白銀髪の少女が心配そうにアデルを見下ろしていた。

 そこで、もう一度先程この少女が言っていた言葉を思い出す。

 ここキッツダム洞窟は、ヴェイユ王国内では『王家の洞窟』と呼ばれており、王家の洞窟はだという。そして、彼女はと言い──


「──~~~ッ!」


 とんでもない事実に気付いて飛び起きるが、それと同時に激しい頭痛に襲われて、一気に蹲る。

 頭が割れそうな痛みだったが、彼女の膝など借りていて良いはずがない。それだけで重罪だ。下手をすれば極刑に値する。


「ど、どうしたんですか⁉ そんな急に動いてはダメですよ! まだ毒の後遺症が残っているので、安静にしていないと……」


 白銀髪の少女はおろおろとするとするが、アデルは少女以上に狼狽していた。

 今、アデルが膝を借りていた少女。それは──


「ま、待ってくれ。もしかして、あんたはこの国の……⁉」

「え? ……あっ、忘れてました」


 頭を抱えながら何とか体を起こして少女を見るアデルに対して、彼女は素っ頓狂な声を上げていた。

 そして、姿勢をぴっと正したかと思うと、両膝を突いて座り直した。


「申し遅れました。私はヴェイユ王国王女──アーシャ=ヴェイユ、と申します」


 宜しくお願い致します、と白銀髪の少女──アーシャは座ったまま恭しくお辞儀をする。

 アデルを助けた少女……それは、この国の王女様だったのだ。

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