第127話 嫉妬

 山本は壁に手をつきながら息を整え、俺たちの方へと歩いてくる。だが数歩進んだところでよろけてしまうほどに、調子はかなり悪そうだ。よく見れば頭だけでなく病院着からも包帯が覗いている。満身創痍といった様子だった。


「和樹さん……っ!」


 見かねた愛良が山本に駆け寄る。俺たちも一旦模擬戦は中断して、彼の元へ集まった。


「どうして病院を抜け出してきたりなんかしたんですか!」


 腕を肩にかけて支えながら愛良は山本を叱責する。彼は「ごめん、アンナっち」と謝りながら、俺の方へと視線を向けた。


「ずっと戦いたかったんスよ、君と。四月にアンナっちが東京に行って、帰ってきたら君の話ばっかりするもんだから。……まあ、嫉妬ッスね」


「そ、そんなことで病院を抜け出してきたんですか……!?」


「男にとっちゃそんなことじゃ済まないんスよ、アンナっち。だから、土ノ日くん。オレと勝負してくれないッスか?」


「いや、勝負どころじゃないだろ……」


 どこからどう見ても怪我人だ。とても本来の実力が出せるような状態じゃない。


「そうです。お医者様からは絶対安静だって言われてるのに……!」


「これくらい平気ッスよ。心配しなくても、ダンジョンに入ったらステータスの恩恵も受けられるんで随分とマシになったッスから」


「やせ我慢じゃないですかっ!」


 愛良はすぐに病院へ戻るよう山本に説得するが、彼はそれを聞き入れようとはしなかった。支えてくれていた愛良を優しく遠ざけて、俺の元へと歩いてくる。


 その様を見て、恋澄は大きな溜息を吐く。


「……はぁ、しゃーない。こうなったらテコでも動かんで、そいつ。アンナちゃん、とりあえず病院に連絡して迎え寄越してもらい。たぶん10分そこそこで来てくれるやろ。その迎えが到着するまでや。好きにやらしたったらええねん」


「アンヌさんっ! ですが……っ!」


 山本の怪我はかなり深刻なようで、愛良は恋澄に言われても食い下がらない。けれど恋澄はお構いなしに、模擬戦用の木刀を武器庫から持ってきて山本に渡している。


「見た感じかなり深刻そうだけど大丈夫なのかしら……?」


 山本の様子を見て心配そうな表情で新野が話しかけてきた。


「とても戦える状態じゃないのは確かだな」


 足取りは不安定。模擬戦用の木刀を握る手は震え、目の焦点は合っていないようにも見える。……だけど、その瞳からは確かな闘志が感じられた。


 愛良とは四月の模擬戦とこの間の京都の件でしか接点はないから、嫉妬されるのはまったくのお門違いだ。……とは言え、山本の気持ちはわからないでもない。


 好きな女の子が別の男の話をしていたら、いい気がするわけないもんな。


「秋篠さん、頼めるか?」

「う、うん。任せて、土ノ日くんっ」


 俺の頼みに秋篠さんは頷いて、山本の元へ駆け寄っていく。


「〈ヒール〉」


 秋篠さんの手から淡い光が放たれ、山本の体の中へと吸い込まれていく。すると山本の顔色が格段に良くなっていった。それでも本調子とは程遠いだろうが、戦える程度には回復したはずだ。


「ど、どうですか……?」


 秋篠さんが尋ねると、山本は手を軽く握って開いたり、足を動かしたりして感覚を確かめた。歩くのがやっとだったさっきより、動きは見違えるほど良くなっている。


「す、すごいッスね! 回復魔法なんて初めて体験したッスよ! 痛みも随分とマシになったし、これなら戦える! ありがとう、えっと……」


「あ、秋篠古都です」

「ありがとう、秋篠さん!」

「い、いえ……っ」


 爽やかな笑顔でお礼を言う山本に、秋篠さんは照れたようにはにかむ。そんな二人の様子を見ていた愛良はムッとした表情を浮かべ、山本のお尻に蹴りを入れた。


「痛った!? 何するんスか、アンナっち!?」


「元気になったようで何よりです。ですが、くれぐれも無理はしないでください。二日前まで意識不明の重体だったんですから」


 そんな病状でよく病院からここまで来れたな……。


「わかってるッスよ。心配かけてごめん、アンナっち」

「まったくです。仕方のない和樹さんですね」


 愛良に送り出されて、山本は俺の所へ歩いてくる。その足取りはさっきよりもずっとシッカリしたもので、手の震えも治まっていた。この様子なら大丈夫そうだな。


「アンナっちとの模擬戦を邪魔して申し訳ないッスけど、オレとの勝負を受けてくれるッスよね?」


「ああ、もちろんだ。京都で助けて貰った時からずっと、山本とは手合わせしたいって思ってたんだよ」


 ソフィアが召喚した大量のモンスターを相手にして、あの乱戦の中で縦横無尽に動く愛良をフォローしながら守り抜いたあの剣技。あれは並大抵のものじゃなかった。


 秋篠さんのおかげで怪我の具合も随分とマシになったようだし、手加減をする必要はないだろう。心置きなく、全力で戦える。


「光栄ッス。そんじゃ、始めようか! いつでもかかって来て良いッスよ!」

「なら、遠慮なく行かせてもらう!」


 俺は一気に山本との距離を詰め、上段から斬りかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る