第126話 被害総額300万円

 地下訓練場で新野と恋澄が相対するのは、四か月前とまったく同じ構図だった。違いを探すとすれば、四か月前より新野が格段に成長したことと、恋澄の入れ込みようだろうか。


「随分と気合が入っているように見えるな、恋澄も」

「う、うん。さっきのはただの挑発だと思ってたけど……」


 秋篠さんも不思議に思っていたようで首を傾げている。


 恋澄は長くて美しい金色の髪を後ろで縛り、目を瞑って意識を集中させていた。ただの模擬戦という雰囲気ではない。


 俺たちの疑問に答えてくれたのは愛良だった。


「……アンヌさんは、悔しかったんです」


「悔しかった?」


「はい。お二人が恐山ダンジョン攻略に参加したことが羨ましくて、自分が久次さんの力になれなかったことが堪らなく悔しいんです」


「それって……」


 さっき言っていた言葉は、あながちただの挑発じゃなかったってことか。たしか、恋澄たちと久次さんは旧知の仲だったな。何かしら思うところがあったんだろう。


「ねえ、そろそろ準備いいかしら?」


「ええで。悪いけど手加減はせぇへんからな。くれぐれも死なんといてや?」


「その言葉、そっくり返させてもらうわ! ――〈ファイヤランス〉っ!」


 先に動いたのは新野だった。炎の槍が放たれまっすぐに恋澄へ飛来する。


「出し惜しみは無しや。来い、〈鬼斬〉〈犬亦〉〈猿彦〉〈雉凰〉!」


 恋澄が胸元から取り出した御札から、四体の式神が顕現する。〈ファイヤランス〉は〈鬼斬〉の巨体によって阻まれ、残る三体の式神が一斉に動き出す。


「これが恋澄の本気なのか……!?」


 式神の四体同時召喚。召喚魔法の一種だとしても、これほどの使い手は前世の記憶にも見当たらない。〈犬亦〉〈猿彦〉〈雉凰〉は一体一体が意思を持っているように、フィールドを目まぐるしく動き回ってから新野へ三方向から襲いかかった。


「数で来ようが関係ない。全部薙ぎ払ってあげるわよっ!」


 新野の周囲の空間がぐにゃりと歪む。彼女から発せられた膨大で濃密な魔力が視界に映って景色を歪めているのだ。



「〈――フレイム・バースト〉ッッッ!!!」



「な――っ!?」


 放たれた膨大な魔力は蒼炎となって、新野に襲いかかろうとしていた式神三体をまとめて吹っ飛ばす。その凄まじい熱風はかなり離れた距離に居た俺たちの元へも届いた。


「秋篠さんっ!」


 とっさに秋篠さんを抱え込むようにして熱風から彼女を守る。


「大丈夫か、秋篠さん」

「う、うん。あ、ありがと、つ、土ノ日くん……」


 秋篠さんは顔が真っ赤に染まっていた。盾になったつもりだったが、かなりの熱量が秋篠さんに届いてしまったようだ。どちらも火傷を負っていないことを確認して振り返ると、新野を襲おうとしていた三体の式神は黒く焼け焦げてボロボロと崩れ落ちていた。


「……なんや、今の。式神を、一瞬で……?」


「勘違いをしているようだから教えてあげるわ。恐山ダンジョンの攻略は、確かに久次さんの功績よ。彼のこれまでの努力と執念がなければ、あたしたちは最奥まで辿りつくことはできなかった。……だけどね、最奥までの道を切り開いたのはあたしと土ノ日よ! あたしはもう、京都の時のあたしじゃない。甘く見られているなら不快だわ!」


「…………どうやらそうみたいやなぁ。辞めや辞め。もううちの負けでええわ」


「はあ!? ちょっと、まだ始まったばっかりよ!?」


 唐突に負けを宣言した恋澄は大きな溜息を吐いて金色の髪を掻き上げる。



「あのなぁ、式神も無限に出せるわけとちゃうねん。御札は特注品で値が張るし、式神呼び出すための式も丁寧に丁寧に書かなあかん。それを三枚同時に……んもぉホンマにどないしてくれんねん! 琵琶湖ダンジョン攻略作戦明後日やんか! こちとら徹夜確定や! これ以上式神焼かれてたまるかぼけぇっ!」



「あ、な、なんかごめん……」

「……ほんま、強なりすぎや。自信なくすわ」


 そう吐き捨てるように言い残すと、恋澄はとぼとぼとこちらへ……愛良の元へ歩いてくる。その様子は、かなり落ち込んでいるように見えた。


「この間からずっといいとこなしや。バトンタッチ。とりあえず見学させてもらうわ」


「お疲れさまでした、アンヌさん。アンヌさんの借りは土ノ日さんに返します」


「なんで俺だよ」


 なんか要らん借りを返されそうになっているんだが……。どうやら恋澄はずっと本調子ではなかったらしい。とはいえ、新野の魔法の威力が恋澄の式神を上回っていたのは確かだろう。あの魔力量は、それこそ前世の魔王を彷彿とさせるものだった。


 …………まさか、な。


「スッキリしないけどとりあえず勝ったわよ、土ノ日。次はあんたの番ね」


「ああ。新野、大丈夫か……?」


「ええ。別に攻撃を食らったわけじゃないし、急にどうしたのよ?」


「いや、何もなかったならそれでいいんだ」


 本当に気のせいだったならそれに越したことはない。とにかく次は俺の番だ。気持ちを切り替えて、集中しないとな。愛良の動きは4月より京都で見たときの方が速く感じた。そして、そこから更に速くなっているはずだ。


 用意されていた木剣と盾を手にして、4月と同じように愛良と対する。


「それでは土ノ日さん、始めま――」




「ちょっと待ったぁああああああああああああああああああああっっっ!!!!」




 愛良の模擬戦開始の合図を遮るように、地下訓練場に声が響き渡った。


 何事かと思って声のした方へ視線を向けると、その声の主は訓練場の入り口で壁に手を置いて肩で息をしている。頭には包帯が巻かれ、服装はどこからどう見ても病院着だった。


「和樹さん……っ!? 病院から抜け出して来たんですか!?」


 どこかで見覚えがある顔だと思っていればやはりそうだった。


 彼は京都で愛良と一緒に俺を助けてくれた男子生徒だ。


 名前は……そう、山本和樹やまもと・かずき


「土ノ日勇くんッスよね? アンナっちと戦いたければ、俺を倒してからにしてもらうッスよ!」




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