第128話 主人公 VS 主人公
「はぁっ!」
「……すぅ」
俺が剣を振り下ろすと同時、山本は小さく息を吐いた。刀を斜めに構え、俺の剣に沿わせる。すると僅かな抵抗と共に、剣が刀の表面を滑っていく。その間に山本は左に半歩動いてするりと脇へ逃げて行く。
受け流された。力感のない動き。剣に反動はほとんどなく、まるで落ち葉を斬ったような感触だった。
「まだだっ!」
間髪入れず、振り返りざまに横薙ぎの斬撃を放つ。だが予測されていたようで、軽くバックステップで躱されてしまう。
「京都の時よりエグイくらいスピードとパワーが上がってるッスね」
「あれからレベル上げに勤しんだからな。そっちこそ、怪我人とは思えない身のこなしだよ」
「秋篠さんの〈ヒール〉のおかげッスよ」
すっかり元気になったようで何よりだが、おかげで勝ち筋が見当たらない。
「ふっ、はぁっ!」
レベルアップで強化されたステータスの恩恵を最大限に活かして剣を振るう。前世の勇者レインにはまだ程遠いが、それでも剣の腕には相応の自信があった。
育人さんとの鍛錬や、恐山ダンジョンでの戦い。それらを経て深めた剣への自信が、山本には一切通用しない。山本の構えには隙がなく、どんな攻撃をしても軽く対応されてしまう。
まさか、これ程なんて……っ!
「……まさかこれ程なんて驚いたッスよ。アンナっちが君に興味を持つのもわかるッス。実戦の中で鍛え抜かれた剣術。そこに柔軟な発想と技術がプラスされてる。ステータスに頼り切って力任せに剣を振ってるわけじゃないッスね」
「俺の方こそ驚いたさ。ここまで剣を振っていて手応えが無いのは初めてだよ。それは何かの剣術なのか?」
「山本流護衛剣術。俺の先祖が、もう二度と大切な人を失わないために編み出した、守りに特化した剣術ッス」
「守りに特化した……、道理で反撃が来ないわけだ」
さっきから何度か故意に隙を作って反撃を誘ってみたが、どれもあっさりスルーされた。もちろん見抜かれていたんだろうが、そもそも山本に攻撃する意図がなかったわけか。
「山本流は専守防衛が信条ッスから」
「でもどうなんだ、それは。このままじゃ決着つかないぞ、この試合」
「それじゃ、スキルの使用もアリってのはどうッスか? つっても、俺の方はろくなスキルなんて持ってねぇッスけど」
「いや、それじゃさすがにフェアじゃないだろ」
「いやいや。土ノ日くんがスキルを使って、それでもオレが防ぎきったらオレの勝ち。オレが防ぎきれなかったら土ノ日くんの勝ち。その方がわかりやすいじゃないッスか」
「本当に良いんだな?」
「もちろん。本気で来てもらっていいッスよ」
山本の目つきが細く鋭いものに変わる。どうやら本気でスキルを使った俺を迎え撃つつもりらしい。
……悔しいが、このまま模擬戦を続けても俺の剣は山本には届かないだろう。せっかく向こうから申し出てくれたんだ。ここはその申し出に甘えさせてもらう。
「〈魔力開放〉!」
MPを消費しステータスを強化するスキルを発動。新野からの魔力供給は受けていないが、それでも俺のMPはレベルアップによってそこそこの量になっている。
「はぁっ!!」
強化されたステータスを駆使して一気に山本との距離を詰める。振りぬいた剣に山本は即座に反応するが、その表情は先ほどよりも遥かに切羽詰まっていた。
「くぅっ……!」
斬り結ぶつもりで振りぬいた剣はやはり受け流されてしまう。だが、先程までとは違う明らかな手応えが確かにあった。間髪入れずに反転し追撃。フェイントやリズムを変えて、山本に息をつかせないように攻め立てる。
「これは、ちょっとヤバめッスね……っ!」
「これでも決めきれないのかよっ!」
山本の顔からは余裕が完全に消えているが、それでもあと一歩が届かない。往なし、躱され、受け流される。〈魔力開放〉を使っても攻撃が決めきれないなんて、山本は今までどれだけの研鑽を積んできたんだ……!?
「はぁああああああああああっ!」
「ぅぉおおおおおおおおおおっ!」
息つく間もない剣戟の応酬。ともすればこのままずっと俺の剣は山本に届かないんじゃないかとさえ思えた。けれど、終わりの時は唐突に訪れる。
「……っとと!?」
ふらりと、山本がバランスを崩してよろけた。それはこれまで山本が見せなかった明確な隙。その千載一遇のチャンスを見逃さない。
「俺の勝ち……か?」
首筋に剣を突き立てはしたものの、山本は額から大粒の汗を流して顔を顰めていた。顔色はあまりよくない。おそらくは怪我が完治していない状態で無理をしたからだろう。
山本はそのままふらりとよろけて、その場に座り込んでしまう。
「和樹さんっ!」
慌てて愛良や他のみんながこちらに駆け寄ってくる。山本は顔を上げると額に脂汗を浮かべながら気丈に笑って見せた。
「ごめん、アンナっち。負けちゃったッス」
「当然です! 怪我人の癖に調子に乗ってスキルなんて使わせるから……!」
「いやぁ、それでも勝てると思ったんスけどね」
……実際、山本が本調子であったなら、あのまま押し切れたかどうかと言えば微妙なところだろう。スキルを使っても決めきれなかった。試合に勝って勝負に負けたようなものだ。
「ありがとう、土ノ日くん。本気で戦ってくれて嬉しかったッス」
「俺もだよ、山本」
「和樹で良いッスよ。オレも勇って呼んで良いッスか?」
「もちろんだ。よろしくな、和樹」
和樹に手を差し伸べる。和樹は俺の手を掴んで、ゆっくりと立ち上がった。
「和樹さん、大丈夫なんですか……?」
「心配しすぎッスよ、アンナっち。というか、琵琶湖ダンジョン攻略作戦までもう時間がないッスよね? いつまでも寝てるわけにもいかないッスから」
「え……?」
「まずは入院生活で落ちた筋肉を取り戻して、装備の見直しも必要ッスよね。それから」
「あの、和樹さん。琵琶湖ダンジョン攻略作戦に参加するつもりなんですか……?」
「へ? 何を言ってるんスか、アンナっち。そんなの当然じゃないッスか」
和樹がそう答えると、恋澄が「このアホ……」と片手で顔を覆う。事情がよくわかっていない俺と新野と秋篠さんは顔を見合わせる。
愛良は小さく溜息を吐いて、まるで子供に言い聞かせるように和樹へと語りかけた。
「和樹さんはBランク冒険者なので、琵琶湖ダンジョン攻略作戦には参加できませんよ?」
「…………………………へ?」
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