第121話 ビキニアーマー?
冒険者協会本部ビルに到着した俺たちは、秋篠唯人が手配した協会職員によって職員用通路からショップへと案内された。
ビルの一フロアを丸々使った広々とした店内には俺たち三人しか居ない。
「店員さんの姿も見えないけど、お会計は大丈夫なのかしら?」
「最近無人レジを導入したから、そっちで済ませてくれってお兄様が言ってたよ」
「へぇ、そういうのもあるのね。それじゃ、心おきなくショッピングさせてもらいましょうか。……で、何を買えばいいんだっけ?」
「琵琶湖ダンジョンはその大部分が水没しているから、まずは水中用の装備かな。こっちだよ」
秋篠さんに案内されてやって来たのは、水中ダンジョン用の装備コーナーだった。並んでいるのは主に全身をピッチリと覆うようなウェットスーツ。どうやら水棲モンスターの素材から作られているようで、着用することで様々な効果を得られるようだ。
「前に来た時にこんなの置いてあったかしら?」
「この時期は水中ダンジョンの攻略が人気だからじゃないかな。やっぱり寒い時期に水の中に潜るのは大変だから」
「なるほどねぇ。あ、ピンク色もあって可愛いわね」
「うん。ピンクイービルフロッグの皮で作られたウェットスーツみたいだね」
「……一瞬で着る気が失せたわ」
新野はウェットスーツに伸ばしかけた手をそっと引っ込めた。どうやらカエルがあまり得意ではないらしい。
「秋篠さん。ダンジョンのほとんどが水没してるってことは、やっぱり潜水時間を延ばす効果がある方がいいよな?」
「う、うん、そうだね。後は体温調節や、水中での移動速度強化もあった方が良いかも」
「となると、この辺りか……」
フロッグ系装備と銘打たれたコーナーには、ちょうど俺と秋篠さんが挙げた効果を満たす装備がずらりと並んでいた。奥多摩ダンジョンで遭遇した時は結局戦わなかったが、せめて皮だけでも剥いでいたらそこそこの値段で売れたかもしれない。
「ちょ、ちょっと冗談よね……? よりにもよってカエル装備とか……」
「大丈夫だよ、舞桜ちゃん。確かに素材はイービルフロッグだけど、ちゃんと加工されて普通のウェットスーツと同じような質感になってるから」
「向こうに試着室もあるし、試しに着てみたらどうだ?」
「嫌よ、絶対に嫌! カエルだけはほんっとうに無理だから!」
どうやら本気でカエルがダメみたいだな。フロッグ装備が着れないとなると、次点で優秀なのはシーサーペントの素材から作った装備だろうか。こちらは防御面と移動速度強化に優れているが、潜水時間の補正や体温調節機能は劣るようだ。
「うぅ……。シーサーペントってようはウミヘビでしょ……? あたし爬虫類全般的に苦手なのよね。ちょっとヌメヌメしそうだし……」
「他に良さそうな効果のウェットスーツもないんだから我慢しろっての。カエルよりはマシだろ?」
「それはそうなんだけどぉ……」
新野は恐る恐るといった様子でシーサーペントから作られたウェットスーツに手を伸ばす。まだ抵抗はありそうだが、フロッグ系装備よりはマシと判断したんだろう。
「もー最悪……って、あら? ねえ古都、あっちに売ってる水着って?」
「ふぇ? なんだろうね、新商品かな?」
ウェットスーツのコーナーから少し離れた所に、カラフルな水着売り場があった。ウェットスーツとは違い、どこでも売られていそうなビキニのラインナップだ。
「なるほど、これが噂に聞くビキニアーマーってやつね」
「ビキニアーマー?」
「秋篠さんは知らなくていいと思うぞ。というか、これもモンスターの素材から作られてるのか」
どうやらウェットスーツの下に着ることで、スーツの効果を増幅させることができるらしい。他にも普段使いが想定されているらしく、凝ったデザインになっているのは女性冒険者へのアピールを兼ねているようだ。
「そうだわ! せっかく琵琶湖に行くんだしこれを着て泳ぎましょうよ! ほら、古都も一着選びましょ!」
「えぇっ!? わ、わたしはいいよ……」
「なに言ってんのよ。せっかくの夏なんだから泳がなきゃ損じゃない! それともまさか、スクール水着で泳ぐつもり?」
「えっ、だ、ダメかな……?」
「駄目よ。マニアックすぎて逆に不健全だわ」
「ええぇ!?」
「そういうわけだから、これとか、これとか、これとか! 古都に似合いそうな水着を選んであげたからさっそく試着してみましょうよ!」
「は、恥ずかしいよぉ……っ!」
「だいじょうぶだいじょうぶ」
新野は自分も何着か水着を選ぶと、秋篠さんの背中を押して近くの試着室へと強引に押し込んだ。新野と秋篠さんはそれぞれ別々の部屋に入ってカーテンが閉じられた……かと思えば新野の方のカーテンが少し開いてそこから新野がひょっこりと顔を出す。
「覗いたら承知しないわよ」
「覗くわけないだろっ!」
いくら何でも信用がなさすぎる。そりゃまあ、年頃の男子としてカーテンの向こう側はどうしても気になってしまうが……。ちゃんと分別はあるつもりだ、うん。
……なんて、思っていたのだが。
「つ、土ノ日くん。その、どうかな……? 似合う、かな?」
その数分後、俺は狭い試着室の中で水着姿の秋篠さんと向き合っていた。
いったい何がどうしてこうなったんだ……?
【next→第122話 「貸しですよ」 2022/6/8更新】
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