第120話 デート

 未踏破迷宮攻略作戦が一週間後に迫ったその日。俺は炎天下の中を近所の喫茶店へ向かって歩いていた。家から歩いて五分ほどの距離ではあるが、額からは汗が滴ってくる。蝉の大合唱に煩わしさを感じながら喫茶店の前に着くと、窓際の席で新野がこっちに手を振っていた。


 ノースリーブの紺色のカットソーにジーパンというシンプルないで立ちながら、新野本人の素材の良さも相まってファッション誌のモデルのような華やかさがあった。まるでドラマか何かの一場面のような絵になる光景だ。


 心なしか普段より喫茶店が繁盛して見えるのは気のせいじゃないだろうな……。


 俺が店内へ入るとちょうど新野が席を立ってレジで会計を終えたところだった。


「約束の時間まで少し早いけど、古都の家行きましょっか」


「おい、少しは俺に涼ませようって考えは浮かばなかったのか?」


「え? うーん……?」


 どうやら少しも浮かばなかったらしい。……まあ、秋篠さんとの約束もあるし別に良いんだが……。


 テイクアウトで水出しコーヒーだけ購入して、俺と新野は並んで秋篠さんの邸宅に向かう。今日は三人で琵琶湖ダンジョン攻略作戦に必要な装備を買いに行くことになっていた。


「よかったわね、古都も一緒に行けることになって。あのシスコンのことだから昇格試験で古都を不合格にしないか不安だったけど」


「シスコンってお前な……。まあ、考えなくはなかったと思うぞ」


 きっと最後の最後、時間のギリギリまで秋篠さんを合格させるべきか悩んだに違いない。妹を持つ兄貴として秋篠唯人の葛藤は痛いほど理解できてしまう。


 悩みぬいた末に秋篠さんの合格を取り消さなかったのは、俺たちを信頼してくれたんだろうか。だとしたら、あの約束はきっちり果たさないとな。


「昇格試験の古都の成績、参加者の中でもトップだったって話よね。この前更新したステータスを見せてもらったけど、しょーじき別人としか思えないわ。元々の魔法の素質が開花したなんて説明じゃ納得できないわよ」


「やっぱりニーナの影響か?」


「そうとしか考えられないわ。あいつが何を考えているか知らないけど、古都を利用しようとしているのは確かよ。もしかしたら、琵琶湖ダンジョン攻略作戦に古都を参加させるために何か仕組んだのかも」


「だとしたらその目的は何だと思う?」


「さあね。皆目見当がつかないわ。……というか、ニーナのことならあんたの方が知ってるはずでしょ? なんたって勇者パーティの聖女様なんだから」


「まあそれは確かにそうなんだが……。それは前世の話であって、俺も前世の記憶を全部思い出したわけじゃないからな……」


「そうなの?」


「ああ。妙にもやがかかったような……曖昧な部分もあるんだよ」


 旅の思い出や仲間たちとのやり取り。その細部を思い出そうとしても、思い出せない場面がそこそこ多い。戦った魔族や他の異世界の人々とのやり取りは思い出せる所も多いんだけどな……。


「だから、ニーナの目的が何かまでは流石に俺もわからん」


「ふぅーん、そうなんだ……」


 とにかく、今はニーナの出方を待つしかない。秋篠さんによれば呼びかければ応じてくれることもあるらしいのだが、基本的には今も秋篠さんの中で魔力の回復に努めるため眠っているらしい。まったく、いつになったら魔力が回復するんだろうな。


 それから他愛のない話をだらだら続けながら歩いていると、十分ほどで秋篠邸に辿り着いた。顔馴染みになった警備員さんに声をかけて門を開けてもらい、秋篠さんが住んでいる母屋のほうへ向かう。


 するとちょうど母屋の玄関が開いて秋篠さんが出てきた。


「お、おはようっ、土ノ日くんっ、舞桜ちゃんっ!」


「おはよう、秋篠さん」


「おはよ、古都。あっ! その服可愛いわねっ!」


 玄関から出てきた秋篠さんは、白地のシャツにライトグリーンのキャミワンピースという姿だった。見慣れた制服や家での和装姿と違って新鮮に映る。


「あ、ありがと、舞桜ちゃん。舞桜ちゃんも似合ってるよ。モデルさんみたい」


「ふふーん。ま、素材がいいから当然ね」


 自分で言うのかよ。


「あ、そう言えばまだ土ノ日に服の感想聞いてなかったわね。ほら、どーよ? これからデートに行く美少女二人の服装は」


「ま、舞桜ちゃん恥ずかしいよぅ……」


 新野に肩を組まれて恥ずかしがる秋篠さん。別にデートに行くんじゃなくてダンジョン攻略のための装備を買いに行くだけだろ……。


「……まあ、似合ってるんじゃないか? 新野は自分でも言ったとおりに素材がいいし、シンプルな感じがそれを引き立ててる。秋篠さんは可愛さの中に清楚な感じっていうか、落ち着いた感じがピッタリ合ってると思う。……これで満足か?」


「え、ええ。まあまあ悪くない感想ね」

「う、うんっ。ありがと、土ノ日くんっ」


 気恥ずかしそうに口元を覆う新野と恥ずかし気にはにかむ秋篠さん。照れるなら聞かなきゃいいだろうに。


「……ったく。そう言えば秋篠さん、神田はもう来てるのか?」


「あ、うん。ついさっき来て、もうお父様と稽古場に向かったよ」


 秋篠さんのお父さん、秋篠育人さんの指導を神田が受けるようになったのはつい先日のことだ。俺が週に4日、育人さんから指導を受けていることを話すと「俺も頼む!」と言ってきたので、秋篠さんにも相談して俺から育人さんに紹介した。


 今では俺や新野が琵琶湖ダンジョン攻略作戦の準備で忙しい日は、育人さんが神田の指導をしてくれている。育人さんも神田の一生懸命な所を気に入ったようで、指導にはかなり熱が入っているようだ。


「そっか。顔を出すと邪魔になるかもしれないな」


「それならそろそろ行きましょ」


「う、うん。車の準備はできてるから、こっちだよ」


 秋篠さんに案内されて、俺と新野は秋篠家専属ドライバーが待つ高級車に乗り込む。俺と新野が秋篠邸を訪ねたのは、この車で直接冒険者協会の本部ビルへ向かうためだった。


 先月の文京区の一部のダンジョン化とそれに伴うモンスターの発生。〈魔獣災害〉を八面六臂の大活躍で未然に防いだ秋篠さんは、お茶の間からすっかり英雄視されてしまっていた。


 秋篠さんが未成年ということもあり冒険者協会からの要請でマスコミが常に張り付くという事態は無くなったのだが、街を歩けば騒ぎになる状況は変わっていない。


 『現代の聖女』という称号は老若男女に浸透していて、サインまで書かされそうになる始末だ。


 そんな事情もあって、秋篠さんは気軽に外へ出られなくなってしまった。今日も本来なら現地集合で良かったのだが、騒ぎを避けるため車での移動だ。


 ちなみに俺と新野が同乗する理由は、何でも秋篠唯人が気を回して冒険者協会本部ビルのショップを今日の昼まで貸し切りにしたらしく、秋篠さんと一緒に裏口からでなければショップに入れないからである。


「さすが冒険者協会の会長様よねぇ」

「あはは……」


 新野が呆れたように言うと、秋篠さんは困ったような表情で笑うのだった。




【next→第121話 「ビキニアーマー?」 2022/6/6更新】

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