第119話 そういうものだよな
「ダメだ」
霞が関にある冒険者協会本部ビル。執務室で秋篠さんの願いを聞いた秋篠唯人は歯牙にもかけず却下した。
……まあ、言われる前から予想していた。
秋篠さんから琵琶湖ダンジョン攻略作戦に参加すると言われた翌日の放課後。俺と新野は秋篠さんから頼まれて冒険者協会本部ビルに同行していた。
目的は秋篠さんの琵琶湖ダンジョン攻略作戦への参加を許可してもらうこと……なのだが、正直に言えば俺も新野もまだ迷っている。秋篠唯人が却下してくれてホッとしたのも確かだ。
「どうしてダメなんですか……? お兄様も報告書には目を通しているはずです! わたしの光属性魔法と回復魔法、それとステータスを強化する魔法はダンジョン攻略できっと力になれます!」
そうなんだよなぁ……。
秋篠さんが使えるようになった三種類の魔法。光属性魔法は言わずもがな強力だし、回復魔法があればダンジョン内で負傷しても安心だ。そして何より注目すべきなのがステータスを強化する魔法〈セイクリッド・エンチャント〉。
前世の記憶にあるニーナの魔法と同じ効果であれば、ステータスはおおよそ1.5倍に強化される。それがどれほどの意味を持つか、冒険者ならわからないはずがない。
琵琶湖ダンジョン攻略作戦に秋篠さんが参加するとしたら、心強い味方なのは間違いない。ただ……、
「古都。君はCランク冒険者だ。未踏破迷宮攻略作戦に参加できるのはAランク以上の冒険者と決定している。この決定にボクは例外を作るつもりはない」
いくら秋篠さんの持つ魔法が有用とはいえ、Cランク冒険者である秋篠さんを作戦に参加させれば問題になる。
冒険者を格付けするランクとはある種のセーフティ機能でもあって、冒険者が実力に合わないダンジョンに挑戦して死亡するリスクを減らすためのものでもあるのだ。
Aランク制限という最上位の制限が設けられた未踏破迷宮にCランクの秋篠さんが立ち入るのは自殺行為とも言える。だから俺も新野も、本音を言えば琵琶湖ダンジョン攻略には参加してほしくない。
「でも土ノ日くんと舞桜ちゃんは特例でAランクに昇格させたんですよね?」
まあそこを突かれると、俺と新野は何も言えなくなってしまうのだが……。
「彼らには恐山ダンジョン攻略という歴史に残る偉業を達成した実績がある」
「つまり、実績があれば良いということですか? 昨日の一件では足りないと……?」
「そ、それは……」
秋篠唯人が言葉を詰まらせる。
ダンジョン化した地域で発生したモンスターを討伐し、〈
それは冒険者協会が報道規制を敷く前に大々的に報じられてしまい、可憐な容姿も相まってたった一晩で秋篠さんは巷で『現代の聖女』と呼ばれるほどの有名人になってしまっていた。
おかげで学校にはマスコミが押し寄せ、俺のモテ期(笑)とは比べ物にならないパニックになったのだが、それはまた別の話か。
とにかく、一般人の評価で言えば俺や新野の恐山ダンジョン攻略よりも遥かに、秋篠さんの活躍のほうが上だ。それを実績と呼べるかはともかく、未踏破迷宮攻略作戦に秋篠さんが不参加というのは世間的に許容されない雰囲気になりつつある。
秋篠唯人は苦虫を噛み潰したような顔でしばらく考え込み、秋篠さんの後ろに控えていた俺と新野に視線を向けた。
「君たちとしてはどうなんだい? 古都の友人として、もちろん危険な目に合わせるべきではないと考えていると思うが」
俺たちにも秋篠さんを説得させたいと思うがあまり、秋篠唯人の本音が漏れてしまっていた。やっぱり秋篠さんを心配しての反対だったのかよ。
「……そうね。正直に言えば、一緒にダンジョンに潜るのは心配よ。だけど、古都がそうしたいって言うならあたしは反対できない。むしろ友達として応援するわ。どうせ言っても聞かないでしょ」
「舞桜ちゃん……っ!」
新野はどうやら腹を括ったようで、やれやれと溜息を吐いてから秋篠さんに微笑みかける。そんな新野の様子を見て秋篠唯人は額に手を当て俺に睨むような視線を向けてきた。
そんな風に威圧されてもな……。
「……俺も、秋篠さんの意志を尊重したい」
唯人が心配する気持ちも理解できる。もしも小春が同じようなことを言い出したら俺だって全力で止めようとするだろう。
けれど俺は秋篠さんの友人であって兄じゃない。友人として、秋篠さんの背中を押すのは当然のことだ。
「お兄様。わたしはもう、待っているだけは嫌なんです。わたしは、10年前のわたしじゃありません!」
「…………どうやら、そのようだ」
唯人は大きな溜息を吐いて、執務机の上に広がっていた書類の中から一枚の紙を引っ張り出して俺たちに見せるように持つ。
「八月の第一日曜日だ。BからCランクの冒険者を対象に、臨時のAランク昇格試験を実施する。試験内容は従来の試験より厳しいものになるが、クエストポイントは問わない。これに合格すれば、琵琶湖ダンジョン攻略作戦への参加を認める」
「い、いいんですか……?」
「……ああ。その代わり、土ノ日勇!」
唯人は椅子から立ち上がると大股で俺の所までやってきて、鼻先がくっつくんじゃないかってほど近くまで顔を寄せてきた。
「ボクは知床ダンジョン攻略の指揮を執るため琵琶湖ダンジョン攻略作戦には参加できない。もしも妹が昇格試験に合格し作戦に参加することになったら、お前が全力で古都を守れ。古都に何かがあってお前がおめおめと生きて帰って来ようものならボクがお前を殺してやる。だから、いいな? 死ぬ気でボクの妹を守ると約束しろ!」
「お、お兄様……っ!」
恐ろしい剣幕で俺に詰め寄る唯人を、秋篠さんは止めに入ろうとする。それを手で静止して、俺は唯人を真っすぐに見つめ返して応える。
「約束する。秋篠さんは俺が命に代えても必ず守る。だからそっちも約束してくれ。生きて知床ダンジョンから帰って来ると。そうじゃないと秋篠さんが悲しむ」
「当然だ。お前に言われるまでもない」
ふんっと唯人は鼻を鳴らすと俺から離れて踵を返した。
もしかしたら、素直に心配だから行かないでくれと唯人が秋篠さんに懇願していた方が秋篠さんの気持ちも揺らいだかもしれない。
だけど、それが出来ない唯人の気持ちもよぉーくわかってしまう。
兄貴っていうのはそういうものだよな。
……だから、唯人との約束は全力で果たす。
安心してくれ。秋篠さんは俺が命に代えても必ず守って見せるよ。
「あらあら。古都ったら顔真っ赤よ?」
「舞桜ちゃぁんっ!」
【next→第120話 「デート」 2022/6/4更新】
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