第122話 貸しですよ(秋篠古都一人称視点)

 舞桜ちゃんから渡された水着を持って、わたしは試着室の中で呆然と立ち尽くしていた。


 ど、どうしよう……?


 どうしようもこうしようも水着を試着すればいいんだけど、生まれてからずっとスクール水着以外の水着を着たことがないわたしには、舞桜ちゃんが選んでくれた水着はちょっと大胆というか……。


 あ、でも、かわいい。


 胸元がフリルで隠れた白色のシンプルな水着。ビキニなことには違いないけど、まだ控えめな方だから抵抗はそこまで感じないかも。舞桜ちゃんってセンスいいなぁ。


 服の上から水着を当ててみる。……うん、いい感じ。ちょっぴり恥ずかしいけど、試着してみようかな。


 服を脱いで、下だけインナーショーツをつけたまま試着してみる。すると自分でもびっくりするくらい良い感じで、今すぐ誰かに見てもらいたくなった。


 誰かに……というより、土ノ日くんに。


 土ノ日くんの感想が聞きたい。そっとカーテンを開けて外を見ると、土ノ日くんは売り場の方へ歩いて行こうとしている所だった。


 あ、ま、待って!


「つ、土ノ日くんっ」


「ん? どうしたんだ、秋篠さん?」


 思わず呼び止めてしまって、あっ、と頭が真っ白になった。わ、わたし、土ノ日くんを呼び止めてどうするつもりだったの……!?


 わたしに呼び止められた土ノ日くんは不思議そうに首を傾げている。ど、どうしよう、このまま黙ってたら変な子だと思われちゃう!


 そ、そうだ! 土ノ日くんに水着を見てもらうんだった!


 ちょいちょいと手招きをすると、土ノ日くんはこっちに近づいて来てくれる。


「秋篠さん、どうかした――」


そんな彼の手を掴んで、わたしは土ノ日くんを試着室の中に引き込んだ。


「お、おぉ!?」


 突然のことに動揺する土ノ日くんの口元を抑えるように手を押し当てて、わたしは自分の口元には人差し指を持ってきて「シー……」と息を漏らした。


「古都? なんか変な音が聞こえたけど何かあったの?」


「う、ううんっ! 何でもないよ、舞桜ちゃんっ!」


「そう。それならいいけど」


 どうやら誤魔化せたようで、わたしは「ふぅ」と胸をなでおろした。


「(あ、秋篠さん……っ!? こ、これはいったい……!)」


 土ノ日くんは目をぱちくりさせて驚いている。普段あんまり見ない新鮮な表情に、わたしはちょっぴり嬉しくなってしまった。


「(つ、土ノ日くん。その、どうかな……? 似合う、かな?)」


 わたしは恥ずかしさを何とか押し殺して、土ノ日くんを見上げながら尋ねた。土ノ日くんは目のやり場に困ったように顔を片手で覆いながら、指と指の間からわたしの水着姿を見てくれる。


「(ど、どうって、に、似合ってるんじゃないか? その、すごく……魅力的、だと思う)」


 魅力的。その言葉の意味を理解したわたしの頭は溶けてしまいそうだった。嬉しさのあまり言葉が何にも出てこない。は、恥ずかしい思いをして本当によかった……!


「(あ、秋篠さん。どうしてこんなことを……!?)」


 嬉しさに飛び跳ねそうになる気持ちを必死に抑えていると、土ノ日くんがそんなことを尋ねてきた。


 どうしてって、そんなに土ノ日くんに水着を見せたいから試着室に連れ込んだだけで…………あれ?


 わたし、冷静に考えるととんでもないことをしているのでは?


「(そ、それは、えっと、つ、土ノ日くんに、その……)」


 ど、どうしようどうしようどうしよう!?


 わたし、土ノ日くんをその、試着室に連れ込んで水着を見せつけてって、痴女だよ! これもう完璧に痴女の行為だよっ!


「(あー……そうか、そういうことか)」


 ほら、土ノ日くんもなんか納得しちゃってる! わたしが痴女だってことを完全に理解しちゃった顔してるもんっ!


 もう終わりだ……。わたしの人生、ここで終わるんだぁ……。


「(秋篠さん)」

「(は、はい……)」


「(いや、今はニーナだな?)」


「(…………へ?)」


 土ノ日くんはこれ見よがしに腕を組んで、大きな溜息を吐く。


「(ったく、秋篠さんの体を使ってふざけるのも大概にしろよ。俺と二人きりで話がしたいからって、よりにもよってこんなタイミングじゃなくてもよかっただろ)」


「(えっ? いや、あの、わたしは……)」


「(言っておくが、もう騙されないからな。初めからおかしいと思ってたんだ。こんなはしたない真似を秋篠さんがするわけがないし)」


「(は、はしたない……っ!?)」


 はしたない、はしたない……、はしたない…………。


「(そ、そうですっ。よ、よくわかりましたね、土ノ日くんっ!)」


 わたしはもうこれ以上、土ノ日くんに嫌われないためニーナさんの振りをすることにした。


『……貸しですよ、秋篠古都さん?』


 どこかからニーナさんの呆れた声が聞こえた気がするけど気のせいだよね、うん!


「(やっぱりな。そんなことだと思ったんだよ。……それで、俺に話ってなんだよ? 新野には聞かせられない話か?)」


「(え、えっと……、そ、それはですね……?)」


 ど、どうしよう!? ニーナさんの振りをしようにも話す内容が何にも思い浮かばないよぉ……っ。


『新野舞桜さんの前世についてです』


「(新野舞桜さんの前世についてです。……って、え?)」


 舞桜ちゃんの、前世……? それってどういう――




「あんたたち、何やってんのよ?」




「「あっ……」」


 その時がばっとカーテンが開いて、そこには腰に両手を当てて仁王立ちする舞桜ちゃんが。水着姿のわたしと土ノ日くんを見て、舞桜ちゃんは土ノ日くんを睨みつけた。


「バカ、変態、色情狂っ!」

「ち、ちがっ! これはニーナが――」


「言い訳なら向こうでたっぷり聞いてあげるからとりあえず試着室から出なさいよ、変態覗き魔!」


「い、痛い! 耳たぶ千切れるだろっ!?」


 舞桜ちゃんは土ノ日くんの耳たぶを引っ張りながら、土ノ日くんをどこかへ連れて行った。残されたわたしは、とりあえず水着から元の服へ着替えることにする。


 それにしても、さっきのニーナさんの言葉って……。


 舞桜ちゃんの前世は、異世界の魔王だったんだよね……? それについての話って何だったんだろう? 


心の中で呼びかけても、ニーナさんは返事をしてくれなかった。





【next→第123話 「指切りげんまん嘘ついたら」 2022/6/10更新】

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