第96話 拒絶
「なんの冗談だよ、おい……」
「ちょっと、何なのよいきなり……。冗談だったら笑えないわよ!?」
俺たちの前に立ち塞がる久次さんに、浪川さんと新野は動揺した様子で言葉を投げかける。それに対し、久次さんは落ち着いた様子で首を横へと振った。
「冗談なんかじゃないよ。僕はずっと、この日のために恐山ダンジョンを攻略してきたんだ」
「じゃ、じゃあ久次さんの目的は……っ!」
「畜生っ、霊薬だったってぇのかよ……っ!」
久次さんがあそこまで鬼気迫る様子で必死に戦っていた理由。それは久次さん自身が、恐山ダンジョンの最奥に到達することを望んでいたからに他ならない。
もっと早くに気づくべきだった。
……いいや、違う。
頭の片隅では、とっくに気づいていたはずだった。霊体である福留さんを連れた久次さんが攻略する恐山ダンジョンに、霊薬伝説があると知った時から。その可能性に気づきながら、ずっと目を背けてきた。
「君たちを騙すことになったのは謝るよ。だけど、感謝もしているんだ。ありがとう、君たちのおかげでようやくここまで辿り着くことができた」
「……久次さん、話し合いの余地はありませんか」
「無いよ。君だって理解しているんじゃないかな、土ノ日くん。僕と君たちは相容れない。僕は霊薬を使って、リイルを蘇らせる。そのためにずっと、恐山ダンジョンを攻略してきたんだ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! 霊薬でリイルを蘇らせるって、霊薬は万病に効く不老不死の薬って話でしょ!? 死んだ人間を蘇らせる力があるっていうの!?」
「さあね」
「さあ……って!?」
「そもそも霊薬の効能が不老不死とか、万病に効くとか、誰が言ったんだい? 効果なんて飲んでみなくちゃわからないじゃないか」
「それは……、だ、だったら死者を蘇らせる力なんて!」
「あるかもしれないし、ないかもしれない。だから飲んで確かめるんだ」
「そんなの……」
誰にも無いと言い切ることはできない。久次さんの言葉は滅茶苦茶なようで全て正しい。俺たちは霊薬伝説という曖昧な伝承に、わらにもすがる思いでここまで来た。
久次さんも同じだったのだ。福留さんを蘇らせるため、蜘蛛の糸のような細い可能性に賭けて霊薬の元へ辿り着いた。
「交渉の余地なんてないんだよ。君たちじゃ僕には勝てないんだから」
久次さんの力は圧倒的だ。リッチとの戦闘で消耗し怪我を負ったとは言え、Sランク冒険者の底力はこんなものじゃない。
俺と新野もMPを消耗している。仮に万全の状態で新野の〈魔力付与〉と俺の〈魔力開放〉でステータスを底上げして、ようやくイーブンといった所だろう。今のMPでは、勝てるビジョンは浮かばない。
「ここまで来て諦めるしかねぇのかよ……」
浪川さんは立ちふさがる久次さんを前にして膝から崩れ落ちる。ともすれば恐山ダンジョンよりも強大で絶望的な壁。
このまま、諦めるしかないのか……?
結ちゃんを治す手立ては霊薬しかない。それが目の前にあるのだ。ここまで来て、あと一歩のところで、諦めたくはない。
……たとえ、久次さんと福留さんの望みを奪うことになったとしても!
「新野、力を貸してくれ」
「勝算があるんでしょうね?」
「ねぇよ、そんなの。だけど、ここまで来て何もせずに諦めきれるわけないだろ」
「ええ、そうね。あんたの言う通りだわ。……それに、ここまでさんざん利用されぱなしっていうのも癪だもの」
「……君たちはもう少し賢明だと思っていたよ」
戦闘の構えを見せる俺と新野に対し、久次さんもまた拳を握って構える。
「手加減は苦手なんだ。殺してしまっても、化けて出ないでくれるかい? また蘇りの薬を探すのには手間がかかるからね」
「約束は出来ません。殺されるつもりないんで」
一触即発。どちらかが少しでも動けば戦いが始まる。
張り詰めた緊張の中、真っ先に動いたのは浪川さんだった。
「や、やめろお前らっ! もういいっ! お前らがこれ以上命を張ることはねぇ!」
浪川さんは俺たちと久次さんの間に割って入り、手を横に大きく広げて俺たちを制止する。
「浪川さん……っ! でもっ!」
ここで命を張らなきゃ霊薬は手に入らない。それなのに、浪川さんは俺たちに背を向けると、久次さんに向かって深々と頭を下げる。
「霊薬はあんたに譲る! だから、こいつらを許してやってくれ!」
「なに言ってるのよ、浪川さん……! それじゃあ結ちゃんがっ!」
「……ありがとよ、結のために。でも、これ以上お前らに迷惑はかけられねぇ。きっと結も許してくれるはずだ」
「……っ」
浪川さんは、俺たちを守るために諦めた。
俺たちの弱さが、浪川さんに霊薬を諦めさせてしまった。
……くそっ、俺たちがもっと強ければ……!
「……すまない」
久次さんは浪川さんへの謝罪の言葉を口にし、福留さんの方を見る。
「リイル、ようやく君を取り戻せる。行こう」
久次さんは福留さんに右手を差し伸べた。
その手を、福留さんは取ろうとはしなかった。
「リイル……?」
事の成り行きを見守っていた福留さんは、やがてゆっくりと首を横に振る。
久次さんを、拒絶するかのように。
『比呂くん。わたしは、誰かを犠牲にしてまで生き返りたくない』
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