第95話 霊薬

「何なんだよ、あの滅茶苦茶な戦い方はよぉ!」


 東郷が苛立ちと戸惑いを含んだ声で叫ぶ。この場に居合わせた誰もが、目の前に広がる光景にただただ戸惑い、唖然としていた。


「そこを退けぇえええええええええええええっっっ!!!!!!」


 咆哮が響き、閃光が瞬く。


 久次さんとリッチの戦闘は俺たちの介入を一切許さないほどの次元で行われていた。魔法と拳の戦い。一見すれば前者の圧倒的有利で、実際に久次さんは追い詰められている。


 ……いや、追い詰められているはずだった。


「はぁああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」


 リッチの放った魔法を、久次さんの拳が殴り飛ばして爆散させる。次から次へと。放たれる魔法を久次さんは全て拳で受け止め、魔法は容赦なく炸裂した。


 生身で魔法を受け流す技術は、京都で愛良と一緒に居た和樹と呼ばれていた少年が使っていたが、久次さんのこれは違う。拳で魔法を真正面から受け止めている。


 当然、魔法を拳で受ければただでは済まない。それも高位のリッチが放つ闇魔法だ。久次さんの拳は皮膚が割れ、夥しい血が舞っていた。痛々しさに目を背けたくなる。


 だが、逆に言えばそれだけだった。出血しながらも、久次さんは魔法を殴りながらリッチへ近づく。魔力障壁に拳を阻まれ、魔法に吹っ飛ばされ、それでも久次さんは何度も突撃を繰り返す。


 何度も繰り返されるそれは、もはや無謀を通り越していた。


 圧倒的なステータスがあるからこそ成立している力業だ。援護しようにも、そんな隙すら存在しない。やがて久次さんの突撃が、リッチを圧倒し始める。


 久次さんはどうしてここまで……。


 鬼気迫る戦いぶりに浮かんだ疑問符。


 俺たちは結ちゃんを救うために霊薬を求めて恐山ダンジョンの最奥を目指している。


 なら、久次さんは? 久次さんはなぜ、恐山ダンジョンの攻略を一人でしている?


『人間、何故我らの安寧の邪魔をする』


「君たちの安寧なんて知ったことか! 後少しなんだ、ここまで来て諦められるものか!!」


 久次さんが拳を突き出した直後、ガラスが割れるような音が響き渡った。ついに、拳が魔力障壁を突き破ったのだ。


『馬鹿な……』


「邪魔だぁあああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」


 放たれた渾身の一撃が、リッチを粉々に粉砕する。


 直後、キョンシーたちは糸が切れた操り人形のように崩れ落ち、やがて急速に腐敗して骨すら残らずに塵となった。俺たちの行く手を遮るものは、なに一つ残っていない。


『比呂くん……』


 福留さんは痛みに耐えるような表情で久次さんを見つめていた。


「……」


 久次さんは一言も発さず、奥へ向かって歩き出す。その背中を呆然と見送っていた俺たちだが、やがて誰からともなくその後を追った。


「ねぇ、久次さんどうしちゃったのかしら……?」


 何も寄せ付けないような雰囲気で先頭を歩く久次さんを見ながら、新野が不安そうに首を傾げている。


「さっきの、明らかに普通じゃなかったわよ……? 結ちゃんのためって雰囲気でもないし……」


「…………俺は、間違ったのかもしれない」

「土ノ日?」


「すまん、何でもない。それより急ごう。たぶん、この先が恐山ダンジョンの最奥だ」


 新野を促し、先を急ぐ。それからしばらく進み、俺たちは辿り着いた。


「ここが恐山ダンジョンの最奥か……!」


 そこは淡い光を放つ鍾乳石が点在する広々とした鍾乳洞だった。その中央には中華風の装飾が施された祭壇があり、ひときわ大きく光り輝く鍾乳石の真下に緑色の宝石で作られたさかずきが置いてある。


 その中には液体がたまっているようだった。


 液体からは、恐ろしさすら覚えるほどの魔力を感じる。


「もしかしてあれが、霊薬なのか……?」

「ええ。間違いございません」


 本当に存在していたことへの驚きと安堵が一緒くたに押し寄せてくる。


 だが。


 抜けてしまいそうになる力を必死に押さえつけ、鞘に納めた剣に手を当ててソフィアと向き合う。


 最奥に到達したということは、これまでの共闘関係は終了したいということだ。


「答えてもらうぞ、ソフィア・マモンソ。お前たちの目的は何だ?」


「我々の目的は霊薬……その器でございます」

「器……? あの杯のことか……?」


 緑色の宝石で作られたと思われる杯は確かに高価そうだが、それ以上の価値があるとは思えない。


 だが、微かに魔力を感じる。


 あの杯は、もしかしたらアーティファクトの一種なのかもしれない。


「ええ。ですから、取引と参りましょう」

「取引……?」


「我々はアレの中身には興味ございません。移し替えるなり、この場で使うなり、ご自由になさってくださいませ。その代わり、器はわたくしたちが頂戴いたします」


「……器を手に入れてどうするつもりだ?」

「我らが大義に必要とだけ、申させて頂きましょうか」


「…………」


 あの杯が、連中がこっちの世界へ侵攻するのに必要なアイテムってことか。それを奪われれば、連中の計画を進めることになる。


 ……だが、この場を見逃せばおそらく戦闘にはならない。


 ソフィアも東郷も道中でかなりMPを消費しているはず。だからこその提案だろう。そうでなければ、俺たちを始末して強引に奪い去ってしまえばいい。


 消耗しているのは俺たちも同じ。ここでソフィアたちを倒しても、今度は来た道を戻らなければならない。キョンシーはもう居ないが、亡霊はおそらく今も恐山ダンジョンを徘徊しているはずだ。MPを使わないに越したことはない。


 ……それに何より、今は一分一秒を争う。できるだけ早く、霊薬を結ちゃんに届けてあげたい。


「……わかった、取引成立だ」

「……今は結ちゃんが最優先ね」


 俺の隣で様子を伺っていた新野も同意してくれる。これでひとまず、ソフィアたちと戦わずには済みそうだ。


「ええ、わたくしたちとの交渉は・・・・・・・・・・・成立でございますね」

「――っ!」


 含みのあるソフィアの言葉にハッとして前を見る。


 俺たちの行く手を……霊薬への道を遮るように、そこには久次さんが立っていた。


 ……ああ、やっぱりこうなってしまうのか。


「悪いけど、君たちに霊薬は渡せない。頼むから、僕の邪魔をしないでくれるかい?」

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