第94話 写真
土ノ日から恐山ダンジョンに向かうと知らせが届いてから一日が経とうとしている。古都は既読がつかないチャットメッセージを見つめて小さく溜息を吐いた。
「ダンジョンの中だから……だよね」
新宿ダンジョンの上層などを除けば、ほとんどのダンジョンは圏外だ。きっと送ったメッセージを見ることなく、土ノ日たちはダンジョンに潜ってしまったのだろう。
土ノ日から送られてきたチャットを見たとき、古都はすぐに連れ戻すため追いかけようと考えた。始発の新幹線に乗れば、ギリギリ追いつけるかもしれない。そこまで考えたところで思い直したのは、チャットの文面に見知った人物の名があったからだ。
(久次さんが一緒ならきっと大丈夫……)
兄の古くからの友人であり、大切な仲間だった人。
日本に7人しか居ないSランク冒険者の第4位。その実力は古都もよく知っている。かつて唯人や久次が組んでいた冒険者パーティは、幼い頃の古都にとって身近な
(だけど……)
喉に刺さった魚の骨のように、古都の心をチクリと刺激する不安の種がある。
勉強机の引き出しから、一枚の写真を取り出した。そこに写っているのはまだ幼かった頃の古都と、四人の冒険者たち。
まだ十代だった頃の唯人や、久次。そして今は唯人の秘書をしている早乙女雅と、――福留リイル。
この写真が、四人が揃って写った最後の写真だ。
今から10年前。ちょうど唯人たちが富士ダンジョン攻略作戦に出発するその日の朝に撮られた写真だった。
富士ダンジョン攻略作戦。国家プロジェクトとして政府主導のもとかつてない規模で行われたダンジョン攻略は、攻略隊の壊滅という多大な犠牲を払って失敗に終わった。
作戦に参加した多くのS~Aランク冒険者が死に、政府と冒険者協会の権威は失墜。当時の内閣は総辞職に追い込まれ、後の選挙では与党の大敗を招いた。当時の冒険者協会の会長だった秋篠育人は責任を問われ、表舞台からの引退を余儀なくされた。
……そして、
(富士ダンジョンで、久次さんはリイルさんを……)
あの日。
富士ダンジョンから戻ってきた久次比呂は壊れてしまった。
福留リイルの御葬式にも出席せず、彼は唯人たち仲間の前から姿を消した。それから半年近く失踪し、戻ってきた彼はリイルの幻影を見るようになっていた。
心配した唯人や雅が精神科を受診させたが症状は改善せず、むしろ悪化する一方だった。
そしていつしか、彼は一人で恐山ダンジョンを攻略するようになった。
(それはたぶん、リイルさんを……)
久次と共に居る限り、土ノ日と新野は無事だろう。ともすれば、3人なら恐山ダンジョンを攻略してしまうのではないかとさえ古都には思えてしまう。恐山ダンジョンに巣食う亡霊も3人の実力なら何とかなるかもしれない。
だけどそうなったら、
(恐山ダンジョンの最奥に、到達してしまったら……)
最悪の想像が頭をよぎり、古都はその想像を追い出すように頭を振る。
「土ノ日くん、舞桜ちゃん……、久次さん……」
どうか3人とも無事に戻ってきて欲しい。そう願うことしか、古都には許されない。
この件は浪川のことも含めて、雅を通じて唯人に報告してある。二人ならきっと、土ノ日たちの力になってくれるはず。
(わたしはせめて、自分の出来ることを……)
明日は日曜日で学校は休みだ。奏に連絡をして、明日は朝から結が入院する病院に行くつもりだった。何が出来るというわけではないが、せめて奏と結の傍についていてあげたかった。
もう一度、チャットに既読がないことを確認してベッドに横たわる。少し早いが寝てしまおうと、瞼を閉じたその時だった。
『……い……、…………を……して……い』
「え……?」
どこからともなく、聞こえてきた声に古都は驚いてベッドから起き上がる。当たり前だが部屋の中に人の姿はない。使用人の声かと思って窓の外や、廊下を見てみたが、人の姿はどこにもなかった。
それなのに、声はどこからともなく聞こえて、次第に明瞭に、ハッキリと聞こえるようになっていく。
その声には不思議と気味の悪さを感じなかった。
むしろ、どことなく懐かしさすら感じる声が脳に直接響いてくる。
『お、お願いしますっ! わたしに力を貸してくださいっ!』
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