第93話 リッチ
キョンシーの動きは思いのほか俊敏だった。2千年以上もダンジョンを徘徊し続けた影響か、肘や膝などの関節が固まりぎこちない挙動をしている。それにも関わらず、キョンシーは素早い動きで俺たちに襲いかかってきた。
「出番でございます、ヨモツイクサ」
――しゃらん、と鈴の音が鳴り響き、召喚されたヨモツイクサがキョンシーたちを足止めする。だが、数はキョンシーの方が圧倒的に多い。ヨモツイクサの合間をすり抜けるように迫るキョンシーに、俺たちは各々で対応する。
「くそっ、ほとんど人間を斬ってるのと同じじゃねぇか……!」
「躊躇ったら死ぬわよ、浪川さんっ!」
「わかっちゃいるけどよぉ! ……というか、お前らの方こそ平気――」
「〈ファイアランス〉っ!」
「はぁああああああああっ!」
「……どうやら、自分の心配をした方がよさそうだなっ!」
浪川さんは苦戦しつつも、何とかキョンシーと戦えていた。肉を斬る感触が手に伝わってくる。モンスターを殺すのとはまた違う抵抗感。浪川さんが苦戦するのも、俺たちを心配するのも無理はない。
だが、俺と新野はこの感触に慣れてしまっている。前世の凄惨な戦争の記憶……たとえ同族であっても立ち塞がる相手は容赦なく斬り捨てなければあの戦争では生き残れなかった。俺がそうだったように、きっと新野も……。
肉体がある分、キョンシーの相手は亡霊の相手よりも容易だった。数は多いものの、ソフィアのヨモツイクサが良い壁にもなってくれている。久次さんや東郷も個々に戦い、キョンシーは着実に数を減らしていった。
この調子ならほどなくこの場のキョンシーは殲滅できる。そう思っていた、矢先のことだった。
『比呂くん、みんなっ! 奥から何か来るっ!』
福留さんの声が響き渡った直後、膨大な魔力の奔流がこの場を支配した。
「ぐっ……!? なんだ……っ!?」
心臓を鷲掴みにされたかのような、息苦しさを感じる重圧。新野と久次さんも表情をしかめ、通路の向こうからやって来る存在に意識を向ける。
やがて姿を見せたのは、紫のローブを身に纏ったミイラだった。窪んだ眼孔の奥に赤い光が宿り、手には杖が握られている。四肢は乾燥して痩せ細り、枯れ枝のように細く脆そうに見える。
だが、そんなミイラから放たれる魔力の重圧に、俺たちは圧倒されていた。
「……何なのよ、あいつ!」
「見たところリッチのようでございますね」
冷静そうに言うソフィアだが、頬から顎にかけて汗が滴り落ちる。彼女もまた、リッチの放つ魔力に気圧されているようだった。
「魔導を極めた魔法使いが、死後も魔力によって意識を保ち続けやがてモンスターと化した姿。よもや実物と遭遇しようとは、思いもよらぬ出会いでございますね」
「……まさか、こっちの世界でその領域に至った魔法使いが居るなんて……!」
前世では何度か魔王軍のリッチと戦ったことがある。魔導を極めた者の桁違いの威力の魔法には随分と苦しめられた。魔王に比べれば大したことはなかったが、今の俺たちで対処できる相手かといえば微妙な所だ。
『去ね、我が安住の地を侵す者共よ』
「――っ!」
頭に直接、声が響いた。念話まで使えるのか……っ!?
『ここより先に往くことは何人たりとも許さぬ』
リッチが持つ杖に魔力が集中する。――来るっ!
「〈フレイムシールド〉っ!」
咄嗟に新野が展開した蒼炎の壁に、漆黒の魔力の奔流が激突した。衝撃波が周囲に吹き荒れ、俺たちは軽々と吹っ飛ばされる。
それでも何とか受け身をとって着地。周囲を見渡せば、全員何とか無事のようだった。新野が守ってくれなければどうなっていたか。
「平気か、新野っ!」
「ええ、何とかね。でも、そう何度も受け止められないわよっ!」
「……ここが正念場か」
リッチを倒さなければこの先へは進めない。出し惜しみはなしだ。俺も新野も、MPは残り少ない。それでも、二人分を合わせれば押し切れる……!
「行けるな、新野! 俺たちで――」
「邪魔をするな」
「……えっ?」
不意に聞こえた声の方へ目を向けると、久次さんがたった一人でリッチの方へ向かって歩いているところだった。声をかけようと手を伸ばしかけたが、その背中から漂うただならぬ雰囲気に自重する。
『去ね。さもなくば――』
「黙れ。僕の邪魔をするなっ!!」
久次さんはただ駆けた。地面を抉り、音を置き去りにするほどの速さでリッチに拳を叩き込んだ。凄まじい衝撃がダンジョン全体を揺さぶる。
奥多摩ダンジョンで見た時よりも遥かに速い本気の一撃。
だが、それを――
『効かぬ』
リッチは見えない壁で受け止めていた。
「魔力障壁……っ!?」
高密度の魔力を展開することで剣や矢などを受け止める魔法だが……、久次さんの拳を受け止めるなんて!
『死ね』
リッチの杖から魔力が放たれ、久次さんが吹っ飛ばされた。
「久次さんっ!」
久次さんは地面に何度もバウンドし、壁に激突してようやく止まる。
『比呂くんっ!』
福留さんの悲痛な声が響く中、久次さんは口から血を流しながらよろよろと立ち上がった。
「……ここまで来て、諦めてたまるか。ここまで来て、邪魔をされてたまるか!!」
喉を引き千切るような絶叫とともに、久次さんは再び突貫する。
その様は、まるで獣のようだった。
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