第88話 鈴の音

 恐山ダンジョンを奥深くへ進むにつれて、亡霊に遭遇する頻度とその数は比例するように増えていった。おかげで俺と新野のMPはどんどん削られていく一方だ。


 それでも何とか戦えているのは、新宿ダンジョンの下層でのレベルアップのおかげだろう。特に、レベルが50を超えて俺の魔力に光属性が宿ったのが大きかった。


 前世では生まれ持った光属性の魔力。これのせいで俺は勇者なんてたいそうな役目にリース国王やリース国教会から任命されてしまったわけだが、この力には数えきれないほど救われてきた。


 魔族特効があるだけでなく、亡霊に効果があるのも幸いだった。今回もこの力がなければ、早々に恐山ダンジョンの攻略は断念していただろう。


「そろそろ休憩にしようか」


 久次さんの合図で、俺たちは岩陰になった窪地に腰を下ろして体を休ませる。


 ダンジョン内は薄暗いが亡霊はじゃっかん明るく光っているため、近づいてくればすぐにわかる。休憩中は福留さんが周囲の警戒をしてくれるので、しっかりとした休みを取ることができていた。


「……ぷはっ。随分と進んできたけど、今どのくらいなのかしら……?」


 水を飲んで一息ついた新野が疑問を口にする。スマホを確認すれば今は19時を過ぎた辺りで、ダンジョンに入ってから7時間以上は経過している。ちょくちょく休憩は挟んでいたが、かなりの距離を歩いているはずだ。


「君たちのおかげでそこそこのペースで進めているからね。だいだい3分の2と言ったところかな」


 久次さんは携帯食料を食べながら新野の質問に答えてくれる。


 3分の2という数字は、恐山ダンジョンの最奥までという意味ではないだろう。おそらく、現在の探索領域の先端までの道のりを3分の2進んだという意味だ。そこから先、このダンジョンがどこまで続いているかは、久次さん含め誰にもわからない。


 改めて、恐山ダンジョンの巨大さに驚かされる。最短ルートを7時間進んでまだ先が見えない。俺たちは比較的、亡霊と相性がいいからスムーズに戦闘をこなしながらここまで来られたが、他の冒険者じゃこうは行かなかっただろう。


 久次さんが攻略に苦戦していたのにも頷ける。


 だからこそ、


「浪川さん、本当にここに居るのかしら……」

「いっそ居ない方が良いとさえ思えてくるな……」


 浪川さんが弱いとまでは言わないが、少なくとも新宿ダンジョンでの戦いぶりを見た感じではたった一人で奥へ進めるとは思えない。あれからほとんど依頼を受けていなかったとも聞くし、俺たちのように急激なレベル上げをしたわけでもないだろう。


 ここまで出会わなかったということは、既に攻略を諦めて東京に引き返しているのか、それとも……。


「入れ違いになったなら結ちゃんの傍に居てあげて欲しいわ。……せめて、最期くらい」


「……そうだな」


 この世界の感覚じゃ縁起が悪いと言われてしまいそうな新野の発言だったが、前世の戦争の記憶を持つ俺はその言葉に心底同意した。


俺たちは家族に看取られることなく死んでいった人や魔族を大勢見てきた。だからせめて別れの時を一緒に。そう思う新野の気持ちは痛いほど理解できる。


「でも、まだ時間は残っているはずだ」

「そうね。そう信じて進むしかないわ」


 そのためにも今は少しでも休んで回復に努める。


 体力的な疲労は少ないが、やはり精神的な疲労が大きい。恐山ダンジョンに入ってすぐに感じた寒気はだいぶマシになっているが、それでも少し気を抜いただけで凍えてしまいそうになる。常に気を張っていなければいけない分、精神はどんどん摩耗していく。


 福留さんが斥候に出て戻ってから先に進むということになり、俺たちは携帯食料で栄養を取りながら帰りを待つことにした。


それからしばらくして戻ってきた福留さんの神妙な表情に、緊張の糸が張り詰める。


『比呂くん、この先で何かが亡霊と戦ってる』

「何か?」

『うん。鬼みたいな……今まで見たことのないモンスターだったよ』


 福留さんが今まで見たことのないモンスター……。もしかすると、これまで発見されていなかった恐山ダンジョン固有のモンスターかもしれない。未踏破ダンジョンなら、まだ発見されていないモンスターが居てもなんら不思議じゃない。


「わかった。慎重に進もうか」


 久次さんと福留さんを先頭に、俺たちは亡霊と謎のモンスターが戦っているという地点へ足を進める。


 すると。



 ――しゃらんっ。



 聞こえてきた鈴の音に、俺と新野は体を硬直させた。


「土ノ日、この音……っ!」

「ああ、間違いない!」


 俺と新野はどちらともなく駆け出して久次さんたちを追い抜き、やがて広々とした空間に行き着いた。


 そこで眼に飛び込んできたのは、亡霊の群れと鬼の軍勢が戦う地獄のような戦場。鬼の軍勢の背後にはやはり、赤縁の眼鏡をかけた女性――ソフィア・マモンソが居た。


 そして、隣には二人の男性。


 その内の一人は、


「浪川さん!?」

「お、お前らどうしてここに……っ!?」


 浪川さんが無事でいてくれたことへの安堵と、ソフィアと行動を共にしていることへの驚き。二つが同時に脳内に押し寄せてきて、情報の処理が追い付かない。


 いったいどうなっているんだ……!?

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