第89話 呉越同舟

 どうして浪川さんがソフィアと行動を共にしているんだ……!? そもそも、どうしてソフィアがここに居る!?


 次々と浮かんでくる疑問に理解が追い付かずフリーズしていると、追い付いてきた久次さんが亡霊と戦う鬼とソフィアたちの姿を認める。


「彼らは……。……どうやら、助太刀した方がよさそうだね。行こうか、2人とも。まずは亡霊の殲滅からだ」


「えっ? あ、はい……っ!」


 何はともあれ、亡霊に襲われている現状じゃ浪川さんと話をすることもままならない。ソフィアとあと一人の男の存在は気になるが、今は久次さんの指示通りに亡霊を倒しにかかる。


 鬼と戦っていた亡霊の殲滅は久次さんが戦闘に参加したこともあってすぐに終了した。


 久次さんは物理攻撃が効かない亡霊に対し、福留さんを憑依させることで拳に魔力を込めて対応している。さすがSランク……。俺と新野もかなりレベルを上げたはずだが、まだまだ久次さんの領域には足を踏み入れられていない。


 亡霊と戦っていた鬼たちは、亡霊と戦う俺たちを静観していた。敵対する意思はないということだろうか。


 戦闘を終えて、浪川さんたちの元へ向かう。すると俺たちに対し、ソフィアは一歩前に出て頭を下げた。


「助けて頂き誠にありがとうございます。わたくしは高原理恵たかはら・りえと申します」


 ソフィアが名乗った名前は、行方不明とされている西山夏鈴にしやま・かりんではなかった。まったくの偽名だ。ただ、それを久次さんが知る由もない。


「こんな所で人に会うとは思わなかったよ。君達はどうしてここに?」


「わたくしは冒険者のかたわら歴史学者をしておりまして、このダンジョンの歴史的価値について調査していたのでございます。秦の始皇帝が探し求めたとされる不老不死の霊薬。それを追い求めて大陸からやってきた徐福が眠るとされるこのダンジョンの歴史的価値は計り知れないものがございますから」


「なるほど。確かに徐福とこのダンジョンの関わりについては興味深いね。後ろの2人は君の護衛役ってところかな?」


「ええ、その通りでございます」


 そう紹介されて、浪川さんはどこか気まずそうな顔を浮かべた。一方のもう1人……髪を真っ赤に染め、耳や口や鼻にピアスを付けた若い男は軽薄そうな笑みを浮かべながら俺たちへ近づいてくる。


「あんた、めちゃくちゃ強かったなぁ。俺っちと勝負してくれや」


 そう言いながら詰め寄ってくる男に、久次さんは顔色一つ変えない。


「悪いけど、君じゃ僕には敵わないよ。護衛役なら役に徹した方がいいんじゃないかい?」


「あぁ!?」

「おやめなさい、東郷」


 久次さんに突っかかろうとした男は、ソフィアに制されて舌打ちをしながら久次さんから離れる。


「その名前で呼ぶんじゃねぇよ……!」


 東郷という名前で呼ばれることを不満に感じている様子で、ソフィアに対してもガンを飛ばしていた。……彼もソフィアや上野と同じ転生者なんだろうか。


 注意深くソフィアたちの様子を見ていると、不意にソフィアと目が合った。彼女は何か言うわけではなく、かすかに微笑みを浮かべただけだった。


 ソフィアから敵対の意思は感じない。ただこちらのことを認識しているのは確かだろう。


 狙いはなんだ……? 歴史調査なんて真っ赤な嘘に決まっている。きっと何か別の目的があるはずだ。


「お前ら、どうしてこんな所に居るんだ……?」


 久次さんとソフィアが会話をしている最中、浪川さんが俺たちに問いかけてきた。それに対して新野は浪川さんに詰め寄るように答える。


「そんなの、浪川さんを探しに来たに決まってるでしょ!? 奏さんやNWの人たちがどれだけ心配してると思ってるのよ!?」


「……すまねぇ、どうやら手間をかけさせちまったみたいだな。……奏やNWの名前が出るってこたぁ、事情は知ってるのか?」


「はい。結ちゃんを治すために霊薬を探しに行くんですよね? 俺たちも手伝います」


「お前ら…………すまん、力を貸してくれ」


 浪川さんは俺たちの申し出をすんなりと受け入れて頭を下げた。……普段の浪川さんなら絶対に断っていたと思う。よっぽど追い込まれているんだろうな。今の浪川さんなら猫の手すらも借りそうな気がする。


「とにかく、浪川さんが無事でよかったわ。……それで、あいつらは何なわけ?」


 新野は久次さんと言葉を交わすソフィアを警戒するように睨みつけながら、浪川さんに問いかける。


「あいつらは俺の命の恩人だ。不甲斐ねぇ話だが、一人でダンジョンに入った俺は亡霊相手にどうすることもできやしなかった。亡霊対策に清めの塩や亡霊から見えねぇってマントを買ったんだが、どれもインチキ品だったみてぇでよ……。おかげで亡霊に追い掛け回されて、野垂れ死にそうになってたところを助けてくれたのがあいつらだ。歴史学者みてぇだが、腕は確かだぜ」


 どうやら浪川さんはソフィアたちを信用しきっている様子で、久次さんもソフィアたちと共に先へ進む方向で話をまとめようとしている。


 彼女が世界のダンジョン化を目論む連中の一員だと俺たちが話して、信じてもらえるかは微妙な所だな……。俺たちに敵対する素振りもなく、浪川さんを助けてくれさえした。目的がハッキリしない以上、俺たちからアクションは起こしづらい。


「そっちの話は終わったかい? 僕らも高原さんたちと合流して恐山ダンジョンの最奥を目指すことにした。目的地が同じである以上、戦力は多いに越したことはないからね」


「そちらのお2人も宜しくお願いいたしますね。ここは呉越同舟と参りましょう」


 呉越同舟か……。


 含みのある言葉を口にしながらソフィアは俺たちに微笑んで見せる。彼女の目的がなんにせよ、今は久次さんの決定に従うほかない。何より、優先すべきは結ちゃんのために霊薬を手に入れることだ。


 俺たちは霊薬を求め、ソフィアたちと共に恐山ダンジョンのさらに奥深くへ進んでいくことになった。

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