第87話 光属性

 恐山ダンジョンに巣くう亡者の群れ。それらは初めて恐山ダンジョンを訪れる冒険者が、このダンジョンを攻略できるかどうかの試金石と言えた。


(さて、どこまで戦えるかな)


 二人の新人冒険者を送り出した久次は、その戦いぶりを見極めようとする。


 亡霊ゴーストは恐山ダンジョンを攻略しようとすれば避けて通れない相手だ。


 このダンジョンでは太古の昔から数えきれないほどの人々が攻略のために中へと入り、生きて帰ることができなかった。彼らの魂はダンジョンに捕らわれ、モンスターへと姿を変えて生者を仲間にしようと徘徊している。


 亡霊に物理攻撃はほとんど意味をなさない。また、魔法の威力も3割ほどにまで減退させられ、並みの魔法使いでは亡霊一体を倒すのにかなりのMPを消費する。


 そんな相手が30体以上。普通に考えれば彼らには荷が重い相手だ。


(これで諦めてくれたらいいんだけど)


 事情が事情だったため断りづらく仕方がなく連れて来たが、このダンジョンの怖さを知れば帰ってくれるはず。久次はそんな腹積もりで土ノ日と新野の二人に戦いを促していた。


『あの2人、大丈夫かなぁ?』


「さあね。亡霊程度に苦戦しているようじゃ、どの道この先に進むことなんかできないさ」


 さて、どう戦ってみせるのか。


「燃やし尽くしてあげるわ! 〈ファイヤランス〉っ!」


 新野が放った炎の槍が洞窟内を明るく照らし亡霊の群れへと着弾する。

 だが、亡霊たちは平然と動き続ける。


(火の魔法は相性が悪いんだ)


 火の魔法攻撃は相手を燃やすか溶かすかのどちらかで、実体を持たない亡霊は燃えもしなければ溶けもしない。まったくダメージが通らないというわけではないが、他の魔法に比べてもダメージの減退率は大きい。


「だったら――」


 新野は再び炎の槍を顕現させる。ムキになってもMPを無駄に消費するだけ。溜息を吐きそうになった久次は、その後の変化に目を細める。


「へぇ」


 新野が顕現させた炎の槍。その炎が、煌々と輝く紅から、静かに揺蕩う蒼へ色を変えた。


「〈蒼炎の槍フレイムランス〉っ!」


 放たれた蒼い炎の槍は亡霊の群れに当たって爆散。亡者たちは蒼炎に巻かれ悶え苦しみながら光となって消えていく。


「魂を燃やす蒼炎か……」


 MPの消費はそこそこありそうだが、亡霊の魂すら燃やす炎は恐山ダンジョンにおいて十分に戦力になる。


 そして、


「〈魔力付与〉」


 土ノ日がスキルを発動させた途端、彼が持つ剣の剣身が白く染まり淡い光を放った。


「あれは……」


 奥多摩でナーガラシャと戦った時に見たスキルと同じだが、剣身を染めた色が違う。あのスキルはおそらく武器に魔法属性を付与するもの。奥多摩の時は刀の刀身が赤く染まり、火の属性が刀に乗っていた。


 今はそうではない。剣身は白く染まり、それを見た亡者たちは慄くような仕草とうめき声をあげる。


「まさか……っ!」

「はぁっ!」


 土ノ日が振るった剣に触れた亡者が、溶けるように消滅する。まるで、長年の苦しみから解放され成仏していくように。


「光属性の魔力……!」


 それは亡霊に最も効力を持つ力。聖なる魔力とも呼ばれ、世界中の宗教で神聖視されている魔力だ。


 その使い手は世界的に見てもごく少数で、日本においては使える魔法使いは片手で数えられるほどしか居ない。


「ふっ……たぁっ!」


 土ノ日の動きは奥多摩で見た時よりも遥かに洗練されていた。レベルがかなり上昇しただけでなく、誰かに戦い方を教わったのだろう。


 光属性の魔力を持つ人間は居る。だが、ここまで戦闘に活用できる人間を久次は知らない。光属性の魔力を武器に付与することができ、高いレベルで戦闘をこなすことができる。まるで恐山ダンジョンを攻略するために生まれて来たとしか思えない。


 土ノ日と新野の戦いぶりは、久次の予想の遥か上を超えるものだった。


「思ったより楽勝だったわね」


 ものの数分で亡者の群れを片付け、新野は腰に手を置いて息を吐く。


「気を抜くなよ、新野。この数に頻繁に襲われたらさすがにMPが持たないぞ」


 土ノ日は剣を鞘に納め、周囲を警戒しながら戻ってきた。


『2人とも凄いねっ! 亡霊があんなに居たのにこんなすぐ片づけちゃうなんてっ!』


 土ノ日と新野の戦いぶりに興奮した様子で、リイルは2人を称えながら彼らの周囲を飛び回る。それを煩わしそうに見つめた新野は、


「ありがとう。でも、さっきのこと忘れてないわよ?」


 そう言いながら手の中に蒼い炎を作って見せる。


『ひぇっ!? ご、ごめんなさい~っ!』


 蒼炎に焼かれて苦しむ亡霊たちを見ていたリイルはすっかりビビッて久次の後ろに逃げ隠れた。


「久次さん、俺たちの戦いぶりはどうでしたか?」


 土ノ日に尋ねられた久次は、観念したとアピールするように両手を挙げる。


「君たちの力ならここでも十分戦力になる。文句のない戦いぶりだったよ。それじゃ、先に進もうか」


 久次は2人を褒め称え、先頭に立ってダンジョンの奥へ足を進める。その足取りは心なしか少しだけ早足だった。


(彼らとならひょっとしたら)


 攻略を始めてもう5年以上。ようやく恐山ダンジョンの最奥に辿り着けるかもしれない。そうしたら――。


 ついに訪れるかもしれない悲願の瞬間を思い描き、久次はひっそりと口角を吊り上げた。






〈作者コメント〉

所用で毎日更新が難しくなってきたので、次話から2日に一回の投稿に切り替えたいと思います。コメントへの返信も滞っていて申し訳ありません。いつも執筆する活力を頂いています。ここまでお読み頂いている皆様、本当にありがとうございます。これからも宜しくお願いいたします(*'▽')

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