第78話 喪失感
狐の面をつけた巫女服のモンスターが俺に向かって一斉に襲い掛かろうとした、その時だった。
「おぉぉおおおおわぁあああああああああああああああ!!!???」
誰かが悲鳴を上げながら、上から落ちてきた。
な、なんだ……!?
どこかの校章が入ったカッターシャツを着た少年は、受け身をとってそのままゴロゴロと地面を転がる。その少年に続くように、銀色の妖精……に見間違えるほど美しい少女が舞い降りてきた。
その少女を俺は知っている。
「愛良なのか……!?」
「お久しぶりです、土ノ日さん」
スタっと着地した愛良は、前に会った時と変わらない平然とした表情で会釈をした。
どうして愛良がここに……?
そんな疑問を俺が口にする前に、先に落ちてきた少年がガバッと起き上がって愛良に詰め寄る。
「ヘリから突き落とすとか正気じゃねぇっスよアンナっち!?」
「霧の内部がダンジョン化しているのであれば、あの程度の高さから落下しても問題ないと判断しました。現にほら、私は無傷です」
「いやオレ泥んこなんスけど……!?」
真っ白だっただろうカッターシャツを土や草の色に染めた少年は、「まあ怪我はしてないんでいいっスけどね……」と溜息を吐く。
それから周囲を見渡し、目つきを鋭くした。
「これ、どういう状況っスかね?」
「わかりません。ですが、どちらと戦うべきかは明確です」
愛良は腰に携えていた双剣を抜き、少年も刀を構える。
二人の登場を呆然と見つめていたゼノとソフィアはそれを見て気を取り直したようで、鋭い視線を愛良と少年に向けた。
「どこの誰か存じませんが、邪魔が増えたようでございますね。まずはあなた方から、始末して差し上げましょう」
ソフィアの号令とともに、巫女服のモンスターが一斉に愛良と少年へ襲い掛かる。その数は50を超えている。いくらAランクの愛良でも、この数は……!
「動かないでください、土ノ日さん。乱戦では間違えて斬ってしまうかもしれません」
「ここはオレたちに任せて貰うっスよ。行こう、アンナっち!」
「はい……っ!」
二人は一度身を低く沈めると、爆発的な加速で真正面から狐巫女のモンスターの群れへ斬り込んだ。
――速いっ!
愛良の動きは2か月前よりも更に速くなっている。だが、俺がそれ以上に驚いたのが、その愛良の速さについて行く少年の動きだ。
愛良は疾風の如く狐巫女の間を駆け抜けて、次々に狐巫女を切り裂いていく。それに追随する少年は絶妙なタイミングで彼女を狐巫女の攻撃から守っている。
愛良の死角を常にカバーする位置取り。そして攻撃を受け止めるのではなく、刀で往なし受け流す技術。攻撃の一切を愛良に任せ、少年は愛良を守ることだけに集中している。
初めは愛良と少年が阿吽の呼吸で動いているように見えた。でもしばらく見ていたら、それがとんでもない間違いだと気づかされる。
愛良はただ次々に目に入った敵を斬っているだけ。守りに意識を割く必要がないから、トップスピードで動き回れているんだ。当然、連携なんてものも考慮しちゃいない。呼吸を合わせているのは少年だけだ。
あんな滅茶苦茶な動きをカバーできるものなのか……!?
愛良が一切の守りを任せていることからも、彼女の少年への全幅の信頼を感じる。それに答えるように、少年は鉄壁の守りで愛良を守護していた。まるで自動防衛機能を持つ盾だ。あんな芸当、どれだけ研鑽を積んでも出来るようになるとは思えない。
「くっ、手練れの冒険者がこんなにも早く……! 〈水刃〉っ!」
ゼノが愛良めがけて魔法剣を振り抜く。放たれた水の刃は愛良の死角から的確に彼女の首筋めがけて飛来する。
だが、
「アンナっち!」
少年の一声で二人は立ち位置をくるりと入れ替えた。矢面に立った少年は水の刃に向けて刀を構え、
「山本流四ノ型――〈燕返し〉っ!」
刀で水の刃を受け流した!? 刀の上を滑って軌道を変えた水刃は、愛良に向かって刀を振り下ろそうとしていた狐巫女を切り裂き吹っ飛ばす。
魔法の軌道を狙って逸らしたのか!?
「ぼくの魔法を利用した……!?」
狐巫女のモンスターは瞬く間に数を減らし、ゼノとソフィアの守りが薄くなっていた。
その隙を愛良は見逃さない。
狐巫女をまとめて3体斬り飛ばすと、即座に方向を転換してゼノに向かって突き進む。阻むように立ちはだかった狐巫女の顔面を足で蹴り飛ばして跳躍し、そのままゼノに肉薄し斬りかかった。
「くっ……!?」
ゼノは初撃を受け止めたが、くるりと回転しながら繰り出された二撃目と三撃目に耐えられず後方へ吹っ飛ばされる。尻餅をついたところに、愛良の剣が首筋へ突き立てられた。
「あなた方が何者かは知りませんが、敵対するのであれば身柄を拘束して冒険者協会に突き出します。大人しくしてもらえますか?」
「そういうわけにはいかないよ……っ!」
ゼノは首筋に剣を突き立てられているにも関わらず、構わず魔法剣を振り抜いた。
放たれた水刃に愛良は驚いた様子で後退する。幸い、水刃は愛良に当たらなかったが、ゼノとソフィアはその隙に愛良たちから大きく距離を取っていた。
……初めから殺すつもりのない脅しは通用しないか。きっと愛良には対人戦の……殺し合いの経験がない。それをゼノに見透かされたのだ。
「どうやら我々は冒険者協会の即応力を見誤っていたようでございます。よもやこんなにも早く、手練れの冒険者を送り込んでくるとは予想外でございました。……どうやら、ここが潮時でございますね」
「……っ! 待てっ!」
俺が距離を詰めようと駆け出すよりも早く、ソフィアが鈴を鳴らすと俺たちの前に狐巫女のモンスターが立ちはだかった。
「我々の目的は達成いたしました。また後日、どこかでお会いいたしましょう」
「またね、土ノ日くん。……良悟と大塚さんに、よろしく」
「待て、上野……っ!」
霧の中にソフィアとゼノの姿が溶け消えていく。足止めのために残された狐巫女のモンスターは、俺たちを取り囲んで一斉に襲い掛かってきた。
「追うっスか、アンナっち」
「……いいえ。今はこの場を制圧します。その後は一般人の救助が優先です」
「了解っス」
愛良と少年がモンスターの掃討に移る中、俺は刀を握りしめたまま動けずに居た。
「どうしてなんだよ、上野……!」
教室で神田たちと楽しそうに笑いあっていた上野。神田と大塚さんのやり取りをニコニコ見つめていた上野。それが全部、嘘だったのか……?
昨日だってカヌーに乗ったり、カレー作ったり、絵付けをしたり。ついさっきまで、俺たちと楽しそうに修学旅行を過ごしてたじゃないか。それなのに……、それなのにっ!
「くそ……くそっ、くそっ! くそがぁああああああああああああああああああっ!!」
抑えきれない感情のまま叫んだ俺に、愛良と少年がギョッとした顔でこっちに振り返る。俺は刀を両手で握ると、狐巫女のモンスターに斬りかかった。
怒りに身を任せ、刀を振り続けた。
どうしても埋められない喪失感に、胸を痛めながら。
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