第79話 敗北感
「出番や、
恋澄が胸元から取り出した三つのお札が、それぞれ猿、犬、雉の式神に姿を変える。
これが、恋澄の本来の力なの……!?
式神はたぶん、一種の召喚魔法。おそらく一体の召喚でもかなりのMPを消費するはず。それを4体同時なんて……!
『なるほど。これがソフィアさんから報告のあったこの世界独自の召喚魔法ですわね。実際に見ることができて幸運でしたわ』
「感心してるみたいやけど何言ってんのかサッパリわからへんわ。とりあえず捕まえたるから大人しくしときや! 行けっ!」
恋澄の指示で猿、犬、雉の式神が一斉にアクリトへ襲いかかる。
『〈ウォーターランス・ストーム〉』
アクリトは水の槍を大量に展開して式神の攻撃を迎え撃った。
「雉凰、犬亦!」
豪雨のように飛来する水の槍に対し、雉凰は翼をはためかせ、犬亦は口を大きく開いて火炎球を放った。雉凰の巻き起こした突風は水の槍をまとめて吹き飛ばし、残った水の槍は犬亦の火炎球が撃ち落とす。
そしてその隙に猿彦がアクリトへ肉薄する。
「今や、猿彦!」
猿彦はアクリトを捕まえようと両手を伸ばした。大きな猿の手に掴まれたアクリトは、――パシャッと風船が割れるように弾け飛ぶ。
「あかん、殺してしもた!?」
「違うわ……! あそこよっ!」
魔力を追うと社の屋根の上に水が集まってアクリトの体が出来上がりつつあった。
「なんやあれ……。変わり身の術やんか!」
「……おそらく憑依魔法の一種よ。本体はここには居ないわ……!」
「はあ!? そんなん捕まえられへんって! しかも、水に憑依するとかありえへんやろ……」
……恋澄が驚くのも無理はないわ。憑依魔法はそれ単体で扱いが難しい魔法だもの。なのにアクリトは水魔法で自らの分身を作って、それに意識を憑依させながら戦っている。
それもおそらく、本体は異世界に残りながら。
魔法に精通したエルフだから出来る芸当……? だとしても、いったいどうやって……。
ここまでの実力者がエルフに居たことを前世の魔王シノは知らなかった。あの戦争ではエルフは早々に中立を宣言して、魔族と人類が争いあうのを傍観していた。もしもエルフが戦争に参戦していたら、戦争はもっと早くに終結していたかもしれない。
…………。
「本体を何とかせん限り倒してもきりがないって詰んどるやんか……! ……いや、待てよ? あの体が水で出来とるってことは……」
何かを思いついたのか、新野がにやりと口元に笑みを浮かべる。
「雉凰!」
いったい何をするつもりかしらと考えていたら、雉凰がこっちに戻ってきて起き上がれずにいたあたしを手で掴んで空中に持ち上げた。
「きゃあっ!? な、なにするのよっ!?」
「寝転がっとったら危ないから避難させてあげたんや。そこで見とき、舞桜ちゃん。うちのとっておきを見せたるわ」
「――っ」
恋澄の体から、とんでもない量の魔力が溢れ出す。その量は彼女の周囲の空間をぐにゃりと歪めるほどで、徐々に恋澄の周囲の地面が氷に覆われ始めた。
この魔法は……っ!
『へぇ。この世界にもなかなか優秀な魔法使いが居るんですのね』
「何言うてるかわからへんけど、そのすまし顔を驚きに歪めたるわ」
恋澄は白い息を吐き、右手をアクリトへ向ける。
「〈
魔力が解き放たれたと同時、世界が氷に閉ざされた。
恋澄を中心に一瞬にして地面が、草木が分厚い氷に覆われる。そのまま寝転がっていたらあたしもその氷の中に閉じ込められていた。氷はアクリトの元へ向かっていき、彼女が立っていた社を巨大な氷柱に作り変えてしまう。
そしてアクリトもまた、氷のオブジェへと姿を変えていた。
「どうや、これで逃げれへんやろ!?」
アクリトを形作っていた水はカチコチに凍ってしまって、彼女は手足どころか口も眉一つも動かせない。
そのはずなのに、
『悪くない威力の魔法でしたけれど、この程度では魂を凍らせることはできませんわ』
「――っ!」
頭に直接、アクリトの声が響き渡る。
直後、凍り付いていたアクリトの体にピシッとヒビが入った。そのヒビは彼女の体にどんどん広がっていって、やがてアクリトの姿の氷は粉々に砕け散る。
『この地に魔力は根付きましたし、これにて失礼させていただきますわ。暇つぶしの相手をしてくださり感謝いたします。このお礼はいずれどこかで』
「ま、待ちなさいっ!」
あたしが叫んだ時には既に、アクリトの魔力はどこかへ消え失せていた。
「…………くっ」
逃げられたというより、見逃された。
その事実にホッとした自分が居ることを自覚して、心の奥底から怒りが込み上げてきた。
悔しい。
アクリト相手に、手も足も出なかった!
「くそ……っ! くそっ、くそっ! …………くそっ」
涙がぽつり、ぽつりと滴り落ちる。
雉凰はあたしを掴んだまま徐々に高度を落としていき、地上で待ち構えていた恋澄はあたしが泣いているのを見てギョッとする。
あたしは歯を食いしばって、両手をギュッと握りしめて、その涙を拭わずにずっと見続けた。
この悔しさを忘れないために。
いつか絶対に、この借りを返すために。
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