第76話 新時代の聖女

「エルフがリース国教会の聖女ですって……?」


 いったい何がどうなったらそうなるのか、あたしは理解に苦しんだ。


 あたしの知るリース国教会は、反魔族反亜人を掲げる人間至上主義の権化のような組織だ。亜人であるエルフがリース国教会の、あろうことか聖女になるなんてあり得ない。


 それに何より、


「あたしが知る聖女はニーナだけよ」


 リース国教会が勇者レインの旅のお供として派遣した聖女ニーナ。彼女は傷ついた魔族すら助けようとする究極のお人好しで、まさに聖人のような女の子だった。そのせいで教会からは疎まれていたようだけど……。無抵抗の一般人を一方的にいたぶって愉しむような奴が彼女と同じ聖女だなんて悪い冗談だわ。


「あらあら、随分と昔の聖女様を知っているのですわね。見かけによらずお婆ちゃまなのかしら?」


「あ? エルフにだけは言われたくないんですけど」


 長命なエルフ族は見た目と実年齢がまったく一致しない。彼女もおそらく、見た目14歳ほどに見えて実際は数百年の時を生きているだろう。


「聖女ニーナでしたら、20年前の栄光戦争で勇者と共に殉死しましたわ」


「なんですって……?」


 聖女ニーナが死んだ? 彼女は魔王と勇者の最終決戦の場には居なかった。魔族軍もほぼ壊滅状態で、魔族軍に聖女ニーナを殺せるだけの余力はなかったはずなのに……。


 そもそも、20年前って……。エルフがどうしてこんな所に居るのかも含めて、理解できないことが多すぎる。


「あんた、いったい何なのよ……?」


「あなたの方こそ何なのかしら? わたくしたちと同じ言語を操り、わたくしたちの世界のことを知る。けれど、わたくしのことを知らないということは、少なくともわたくしが転生させた『新聖勇者』たちではない。つまりはイレギュラー。わたくしたちの計画の障害になる敵ということですわ」


「――ッ!」


 アクリトはあたしに右手を向ける。


「〈ウォーターランス〉」

「〈ファイヤランス〉っ!」


 放たれた水の槍に炎の槍をぶつけて相殺し、あたしは続けざまに魔法を放つ。


「〈炎槍爆撃〉!」


 高々と上空に打ち上げた炎の槍は、上空で先端を下に向け霧を抜けてアクリトに飛来する。


「面白い魔法ですわね。けれど――」


 アクリトが腕を振るうと水が傘のように彼女を覆って炎の槍を受け止める。


「〈ウォーターシールド〉」

「ちっ……!」


 魔力を含んだ水の壁を、あたしの炎の槍は貫けなかった。


 ……認めたくないけど、魔力で押し負けた。伊達に聖女は名乗ってないってわけね……!


「なかなか悪くない魔力ですわね。……けれど、不思議ですわ。あなたの魔力からは不浄なる魔族の力を感じますの。まさか魔族が人間に転生したなんて冗談は言いませんわよねぇ?」


「……さあ、どうかしら。前世なんて興味ないもの」


 幸い、アクリトはあたしが魔王の生まれ変わりだってことに気づいていない。向こうの目的が分からない以上、あたしが魔王で土ノ日が勇者だったことは隠しておいた方がいい。


「くひひっ。久々に楽しめそうですわ。この地に魔力が定着するまでもう少しかかりそうですし、それまで暇つぶしに付き合っていただきますわよ?」


「……この霧もあんたの仕業ってわけ?」


「ええ。正確にはわたくしではなく、わたくしたちですけれど。些末な問題ですわね。あなたはここで、わたくしに始末されるのですから」


「そう簡単にやられると思ったら大間違いよっ!」


 土ノ日がダンジョンに入れない間、古都や冬華たちと一緒に取り組んだレベル上げの成果を見せてあげるわ……!


「〈炎槍多重爆撃ファイヤランス・クラスター〉っ!!」


 発射した10本の炎槍が、空中で複数の細かな槍へと別れてアクリトに向けて降り注ぐ。


「荒っぽい魔法ですわね。〈ウォーターシールド〉」


 アクリトは溜息を吐いて頭上に水の壁を展開する。


 ――かかった! 側面ががら空きよっ!


「〈ファイヤランス〉ッ!!」


 細かな炎の槍が雨のように降り注いだと同時、あたしは渾身の魔力を一本の炎槍に込めて撃ち放った。


 アクリトは側面にも水の壁を展開するけれど……薄い! その程度なら貫ける!


「退屈な戦い方ですこと」


 炎槍が水の壁を突き破り、爆風が水蒸気をまき散らす。霧でただでさえ視界が利かないっていうのに、更に水蒸気が白色を上塗りする。


〈ファイヤランス〉は確かに〈ウォーターシールド〉を貫いた。けれど、アクリトのあの余裕は……!


「時代は変わったのですわ、お婆ちゃま?」

「……っ!」


 水蒸気の隙間から浮かび上がるのは、ぐにゃりと歪んだ人の影。アクリト・ルーシフェルトは体の半分を失ってもなお、口元の笑みを絶やしていなかった。


 それどころか、


「魔法使いが生身の肉体で戦場に立つなど愚の骨頂。魔力がなくならない限り、こうして無尽蔵に回復できる体のほうが便利なのですから」


 失われたアクリトの肉体の断面は透明で、そこへ水が集まって人の形に変形していく。肌の色や服の細部に至るまで、ものの数秒でアクリトは元の形を取り戻した。


 ――憑依系魔法の一種!? だとしても、水に意識を憑依させるなんて!


「今度はこちらの番ですわよ? 生身の肉体で踊り狂いなさい――〈ウォーターランス・ボム〉」


「……っ! 〈ファイヤランス〉ッ!」


 放たれた水の槍を〈ファイヤランス〉で迎撃する。その判断が間違いだったことを、あたしは直後に発生した爆風に吹っ飛ばされて理解した。


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