第75話 もう二度と

 霧に包まれた稲荷山の山中で、俺と上野は互いに刀と剣を構えて対峙する。


 青白く輝く剣身。魔法剣はリース国教会の教会騎士が使う特殊な武器だ。鋭い切れ味はもちろんのこと、最大の特徴はそれぞれの魔法剣の属性に応じた魔法を放てることにある。


「〈水刃〉っ!」


 上野が剣を振りぬいたと同時、放たれるのは水の刃。咄嗟に地面を転がって回避すると、背後の木が恐ろしい切れ味で切り裂かれた。俺はすぐに起き上がると木々の間を走り抜けて上野に接近する。


 原理は俺がこの前使った〈炎刃〉と同じ。おそらく燃費があまりよくない上に、連射もできないはずだ。その隙に距離を詰める!


「考え直せ、上野っ!」


 斬りかかった俺の刀を、上野は剣で受け止めた。手応えから推測するに、ステータスはほぼ互角。俺と同じく、上野も前の世界のステータスをこの世界に持ち込めていない。


「本当にこの世界に攻め込むつもりなのか!? それじゃ20年前の繰り返しだ! あの戦争で、どれだけの人が死んだと思っているんだ!?」


「知っているよ……! 数千万の人々が平和のための尊い犠牲になった! その犠牲を無駄にしないためにも、ぼくらは平和を勝ち取らなきゃダメなんだ!!」


「その平和のためにまた数千万の犠牲が生まれるんだぞ!?」


 もしかしたらそれ以上に……!


 二つの世界の戦争は、俺が経験した人類と魔族の戦争よりも遥かに大きな規模だ。いったいどれだけの人々が犠牲になるか、想像するだけでおぞましい。


「上野、お前は本当にそれでいいと思っているのかよ!?」

「思っている……わけがないだろっ!!」

「――っ!」


 鍔迫り合いをする上野の顔がすぐ間近にある。その瞳は迷いに揺れていた。


「ぼくだって……ぼくたちの行いが正しいなんて思っちゃいないさ! だけど、ぼくらが戦わなきゃ大勢の人々が死んでしまうだよ! ぼくらの生まれた世界が、国が、故郷が滅んでしまうんだっ!! 君たちの世代だって戦いを選んだじゃないか! 話し合いが無意味だとわかっていたからだろう!?」


「それは……っ!」


 勇者レインがまだ生まれて間もなかった頃。人類と魔族の戦争は当初、戦争回避のための話し合いが模索されていた。それまで人類と魔族は小さな衝突を繰り返しつつも交易や交流を盛んに行い、決して互いを憎しみあって殺しあうような間柄ではなかったのだ。


 けれど、魔族の住む大陸が天変地異に襲われ、魔族は生存圏を求めて人類の大陸に侵攻を開始した。話し合いは魔族側の侵攻によって打ち切られ、血で血を洗う絶滅戦争にまで至ることになった。


「話し合いじゃ何も解決しない。それは君たちの世代が一番よく知っているはずだ! ……土ノ日くん、君もぼくらの世界の人間だったんだよね? なら、ぼくらと共に戦うべきだ! 人々の未来の礎となる勇者として!!」


「俺は……――」


 前世の……勇者レインとして生きた25年間の記憶が蘇ってくる。大切な人を、愛する故郷を、生まれた国を……そこに暮らす人々を救うために戦った。人々の笑顔や、想いを守るために戦った。


 それが正しいと信じて、魔族を殺し続けた。


 ……だけど、


「じゃあどうして泣いていたんだ、あいつは」

「土ノ日くん……?」


 アドラスの亡骸を前に、許しを請いながら涙を流していた新野の姿が脳裏に浮かぶ。


 ……俺たちは戦うしかなかった。どうしようもなく憎しみあっていた俺たちは、互いを殺しあい、どちらか一方が生き残るしかなかった。


 だけど、今なら。


「今なら間に合うはずだ、上野。……いや、ゼノ・レヴィアス! 悲しみと憎しみに縛られていない今なら、平和的解決だって出来るはずなんだ!!」


「……残念だよ、土ノ日くん。そんな理想論で世界は」


「試す前から諦めなくでくれっ!!」


「――っ!」


「……頼む。お願いだ、ゼノ……! あんな悲惨な戦争を、繰り返したらダメなんだよ……!」


「土ノ日くん、君は……」


 ゼノの剣から徐々に力が抜けていく。感情を抑えきれなかった俺に困惑した様子でゼノは数歩後退して、




「苦戦しているようでございますね、ゼノ様」




 そこへどこからともなく、声が聞こえてきた。


 ――しゃらんっ。


 あの鈴の音とともに、赤縁のメガネをつけた巫女装束の少女がゼノの後方に現れる。彼女の手には神楽で見たものと同じ鈴があり、もう一方の手に刀は握られていなかった。


「ソフィア・マモンソ……!」


「助けに参りました、ゼノ様。その邪魔者をさっさと始末してしまいましょう」

「ま、待ってくれ!」


「待てません。これはアクリト様からの命令でございます」

「……っ!」


 ――しゃらんっ、しゃらんっ、しゃらんっ。


 彼女が鈴を鳴らすたび、俺を取り囲むように狐巫女のモンスターが増えていく。集まってきているというよりは、まるで鈴の音で召喚されているようだ。


 ……状況は、かなり不味い。


「……残念だよ、土ノ日くん。ぼくがもっと早くに、君にこの計画を伝えていたら……」

「ゼノ、お前……」


「さようなら、土ノ日くん」


 ゼノが人差し指を俺に向けたと同時、狐巫女のモンスターが一斉に俺へ向かって襲いかかってきた。


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