第56話 通りすがりの冒険者
動き出したナーガラシャを前に、俺たちは蛇に睨めつけられたカエルのように動けなくなった。ナーガを全て倒したことか、俺が〈魔力開放〉を使ったことか。どちらに反応したにせよ、最悪の状況だ。
「小春、お前だけでも逃げてくれ……!」
もはや俺には、逃げるだけの体力すら残っていなかった。立ち上がることすらできず、刀を支えに膝をついているのがやっとだ。
「嫌っ! 一緒に逃げよう、おにぃ……!」
小春は俺を背負って歩き出そうとする。だが、そこへナーガラシャの首の一本が襲い掛かってきた。
「小春っ!」
鋭利な牙を持つ巨大な咢が小春と俺に迫る。せめて小春だけでも……、そう思うのに体が動かない。くそっ……。
眼前に迫る蛇の頭。もう駄目かと思った、その直後だった。
――人影が俺たちの脇を走り抜け、蛇の頭を殴り飛ばした。
「なっ……!?」
蛇の頭は跡形もなく消し飛び、ナーガラシャは他の頭が悲鳴を上げながら後退する。
俺たちを庇う様に立っていたのは、よれよれのスーツを着たぼさぼさの髪の男性だった。そしてその傍らには、半透明の少女が浮いている。
な、なんだ今の出鱈目な攻撃……。殴っただけで、ナーガラシャの頭を消し飛ばしたのか……!?
「ふぅ、ギリギリセーフかな」
『間に合ってよかったぁ……。さっきは本当にごめんねー』
男性は俺たちの傍へ歩み寄ると、片膝をついて尋ねてくる。
「えっと、君が土ノ日くん?」
「は、はい」
「これ、君の彼女から」
そう言って手渡されたのは小さな箱だ。彼女って誰だ……?
「確かに渡したから」
「あのっ、あなたは……?」
「僕は久次比呂。通りすがりの冒険者だよ」
『私の名前は福留(ふくどめ)リイル! 通りすがりの守護霊だよ……って見えないよねーたははー』
「久次さんと福留さん……」
「『見えるの!?』」
俺が福留さんの名前を口にすると、久次さんと福留さんは二人声を揃えて驚いた。福留さんの体は確かに透けてはいるが、白髪も制服も表情も声もハッキリと認識できている。
「参ったな……。僕以外にリイルが見える人が居るなんて思いもしなかったよ」
『他のSランクの人たちでも見える人が居ないのに不思議だねー』
二人はまじまじと俺の顔を見つめ、不思議そうに首を傾げていた。そこまで不思議がるということは、本当に福留さんの姿が見えるのは珍しいんだろうな。
「おにぃ、何の話……? 福留さんって……?」
『ありゃりゃ? そっちの子には見えてないんだね。君だけが特別なのかな?』
「リイル、話は後にした方がよさそうだよ」
久次さんの視線の先、ナーガラシャが起き上がり七つの首がこちらを威嚇するように『シャー』と声を上げていた。……七つ、ちゃんと首があるのはどういう理屈だろうな。
『これあれかな? 頭を同時に全部潰さないと復活しちゃうやつ』
「少し試してみよう」
久次さんはそう言うと、両手の拳を握りしめて胸の前に構え、リズムを刻むように前後にステップをし始める。ボクシングや総合格闘技でよく見る動きだ。
「行くよ」
言った途端、久次さんは凄まじい速さで跳躍し一瞬でナーガラシャの懐に飛び込んだ。そして繰り出される渾身の右ストレートが、ナーガラシャの胴に風穴を開ける。
嘘だろ……。何らかのスキルが発動した感じはなかった。ただ猛スピードで突っ込んで殴っただけだ。それだけでナーガラシャの皮膚を拳が貫通し大穴が開いた。どんなステータスしてるんだ、あの人……!
胴体に風穴が開いたナーガラシャはその巨体を大きくよろめかせ――直後に振りぬかれた尻尾が久次さんの体を恐ろしい速さで弾き飛ばした。
「なっ……!?」
ドゴォ!! という衝撃音とともに、久次さんが凄まじい勢いで壁に叩きつけられる。
「痛た……。やっぱり頭じゃないとダメみたいだ」
『もぉー、比呂くん無茶しすぎ。そんなだからスーツが皺だらけになるんだよ!』
なんて会話をしながら、久次さんは平然と立ち上がる。その背後の壁には放射状にひびが入り、人の形に凹んでいた。壁の染みになっていてもおかしくないのに、無傷なのか……!?
ここまで来るとどっちが化け物かわかったものじゃない。久次さんのステータスはおそらく五桁を超えている。前世の記憶にある勇者レインほどまでは行かずとも、この世界でトップクラスの冒険者であることは間違いないだろう。
……だけど、相性が悪い。
ナーガラシャの胴体に開いた穴は見る見るうちに塞がっている。拳で戦う久次さんでは、ナーガラシャの回復速度に攻撃が追い付かない。パワーもスピードもあるが、手数が足りていないのだ。
「よし、動きは見切った」
久次さんは再び駆け出し、ナーガラシャの懐に飛び込む。その速度はさっきとは比べ物にならない程に速い。目では追い切れず、まるで瞬間移動のようだった。
「はあああっ!」
ナーガラシャの頭が次々に消し飛ぶ。久次さんは拳だけでなく蹴りも織り交ぜ、瞬く間に首の本数を減らしていった。
「ラストっ!」
そして最後の一本を拳で粉砕し、久次さんは着地する。終わったと思った束の間、そこへナーガラシャの尻尾が振りぬかれ、久次さんは再び壁に打ち付けられた。
『比呂くんっ!』
「……参った。頭を潰すだけじゃダメなのか」
よろよろと立ち上がった久次さんの口から、血がわずかに首筋へ伝う。平然としているから気づかなかったが、無傷に見えてダメージは蓄積されていたのだ。
一方でナーガラシャは七本の首を即座に回復させている。
……このままじゃジリ貧だ。俺にも何か出来ることはないのか……。
碌に動かない体がもどかしい。魔力も残りわずかで意識を保っているのがやっと。そんな状態では足手まといにしかならないのはわかっている。
それでも……っ!
無意識に久次さんから渡された箱を握りしめる。その手に感じた確かな熱に、俺はハッとして箱を見た。
包装を開けて箱を開くと、そこにあったのは真っ赤な宝石が埋め込まれた指輪だ。その指輪が火傷しそうなほどの熱を帯びている。
その熱を、俺は知っている。
「……無事だったか、新野」
現在進行形で送られてくる魔力が、俺の背中を押してくれる。
ありがとう、新野。
指輪はサイズ的に薬指にフィットした。右手の薬指に指輪をはめ、俺は泥のように重たい体で立ち上がる。
「小春、少しだけ一人にしても構わないか?」
「おにぃ……?」
「あのバケモノ、ちょっくら退治してくるわ」
〈作者コメント〉
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