第55話 兄貴だから

 神殿の通路の先にしばらく進むと、通路の横幅が広がり、壁に沿ってナーガの像が並んでいた。左右にそれぞれ10体ずつ。どの像も剣と盾を構え、ここを通る相手を威嚇するような体勢をしている。


「なにこれ、気味が悪い……」


 小春は俺の腕を抱きしめるように掴んで呟いた。


 ……トラップだな。


 神殿の表にあったナーガ像と、ここに並んでいるナーガ像には明確な違いがある。それは、ここに並んでいるナーガ像が何らかの鉱物で出来ているということだ。


 おそらくは、ヒヒイロカネ。


 魔力に反応するヒヒイロカネで作られたこの像たちは、一体一体の造詣やポーズが微妙に異なる。まるで動いている途中で中途半端に停止してしまったような体勢だ。


 前世の世界で何度か見たことがあるトラップだ。おそらくこいつらは魔力に反応して動く。この場に新野が居たら、間違いなく今の時点で戦闘になっていただろうな。


 幸いにも小春はまだ魔法を使えない。俺も魔法は使えないし、〈魔力開放〉さえ使わなければこいつらは反応しないだろう。


「行くぞ、小春」


 大丈夫だとわかっていても通り過ぎるのは緊張するな……。間違っても魔力を出さないよう、慎重に通路を進んで行く。


 永遠のような長い時間をかけてようやく最後のナーガ像の横を通り過ぎ、俺は小春に悟られないようこっそりと息を吐いた。


 通路はまだ先へと続いている。こんなトラップが仕掛けられている以上、この先に何かがあるのは間違いないだろうな……。鬼が出るか、それとも蛇か。なんにせよ、進むしかない。


 そう思って一歩を踏み出そうとした、その時だった。


『あぁっ! 要救助者発見っ!』


 突如として通路に響き渡った声に、俺はばッと振り返る。


 そこに居たのは、白い髪に制服姿の、半透明の少女だった。


『ようやく見つかったぁ。戻って比呂くんに報告しよーっと』


 少女は俺たちの方へ鼻歌でも口ずさみそうなほど軽いステップで近寄ってくる。


 いや、ちょっと待て。


 その半透明な体が何なのかはわからない。ただ、ただ一つだけハッキリとわかることがある。俺たちの前に現れた半透明の謎の少女は――周囲に魔力をまき散らしていた。


『シャーッ!!』


 少女の魔力に反応し、20体のナーガ像がヒヒイロカネから生身へと変わり、一斉に動き出す。


『えっ!? なに、やばっ!』


 半透明の少女は飛び上がって天井の向こうへと消え、ナーガたちは周囲を見渡す。そして、呆然と立ち尽くす俺たちと目が合った。


「お、おにぃっ!」

「逃げるぞっ!」


 少女を見失ったナーガたちは一斉に俺と小春へ襲い掛かってくる。魔力に反応して動き出したなら魔力を見失ったら戻れよっ!! どうしてこっちを追いかけてくるんだっ!?


 俺は小春の手を引いて全力で通路を駆け抜けた。やがて奥に明るい空間が見えてくる。そこはこの神殿の、おそらく最奥だった。


「なんだ、これ……!?」


 そこにあったのは、全長50メートルはありそうな七つの頭を持つ巨大な蛇の像。


 ナーガラシャか……!


 前世の世界に居た七つ首の巨大な蛇のモンスター。ナーガの親玉のような存在で、イービルベアと同等かそれ以上に人々から恐れられていたモンスターだ。直接戦った経験はないが、どこかの地域では蛇神として崇められ、毎年8人の人間が生贄として捧げられていたと聞いたことがある。


 どうやらここは、ナーガラシャを祀る神殿だったらしいな……!


「おにぃ、来た!」


 振り返るとナーガたちはすぐ近くまで迫っていた。ナーガラシャが祀られている空間は広々としていて天井も高い。だが、ここからさらに奥へと進む道は見当たらなかった。これ以上は逃げ場がなく、袋小路だ。


 ここで迎え撃つしかない! 覚悟を決めろ……っ!


「小春、俺の後ろに隠れてろ!」


 俺は小春をかばうように前に出て、鞘から刀を抜き放った。安珠が応急処置をしてくれたが、いつ刀の寿命が尽きても不思議じゃない。頼むから今だけは持ってくれよ……!


 俺はナーガラシャが祀られている空間のちょうど入り口でナーガと対峙した。入り口はこれまでの通路よりも狭く、ナーガがここを通るためには一列に並ぶ必要がある。不利な一対多の状況を作らないためにはここしかない。


「はぁああっ!」


 俺が振りぬいた刀をナーガは盾で受け止め、カウンターで剣先が俺の頬を浅く切り裂く。


 ナーガの戦闘力はかなり高い。新宿ダンジョンで戦ったスケルトンとは比べ物にならないレベルだ。ナーガ一体との戦闘がそのまま命を懸けた死合いになる。それを20体、勝ち抜かなければ小春を守れない。


「おぉおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」


 ナーガが器用に操る剣と盾に苦戦しながらも、俺は辛くも勝利を続けていた。ナーガを倒すたびに、全身に三つか四つの傷が刻まれる。焼かれたような痛みが全身を苛み、足元には滴り落ちた血が広がりつつあった。


 入り口を死守しなければならない都合上、俺に下がるという選択肢はない。バックステップで避けることもできず、ナーガの剣は俺の体を容赦なく切り裂いていく。


「お、おにぃ……! 無茶しないでっ! 私のことはいいからっ!」

「いいわけねぇだろっ!!」

「……っ! で、でもっ! おにぃが、このままじゃ……っ!」

「大丈夫だ、小春! 俺が絶対に、お前を守り抜く……っ!!」


 俺は刀の柄を強く握りしめ、ナーガを斬り続けた。全身が痛む。血が流れすぎたのか視界がかすんできた。もう10体以上は倒しただろうか。あと少しだ、最後まで踏ん張れ……!


「おにぃ、もういいっ! おにぃだけでも逃げて……。どうして、どうしてそこまでして私をかばうの!?」


「そんなの、お前の兄貴だからに決まってるだろっ!!」


 前世の記憶だとか、勇者だったとか、そんなこととは関係ない。俺が小春を守るのは、俺が土ノ日勇で、小春が土ノ日小春だからだ。血の繋がった兄妹だからだ! 兄貴が命懸けで妹を守るのは当たり前だろうがっ!


 残り僅かの力を振り絞り、ナーガを斬り捨てる。……残り、1体!


 だがここに来て、体から一気に力が抜けた。血を流しすぎたのだ。もはや視界も定まらず、立っていることすら覚束ない。流れ続ける血が容赦なく俺のHPを削っていく。


 ……まだだ。諦めてたまるかよっ!!


「〈魔力開放まりょくかいほう〉……ッ!!」


 温存していた奥の手でHPを回復し、ステータスを底上げする。だが、俺のMPだけでは程度が知れていた。傷はまったく塞がらず、HPの回復も中途半端。ステータスの上昇も大きく効果が表れるほどじゃない。


 それでも、こいつを倒すには十分だ。


「はぁああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」


 全力で振り下ろした刀はナーガを盾もろとも真っ二つに切り裂く。入り口にはナーガ20体の屍が積み重なった。増援が来ないことを確認し、その場に膝をつく。


 ……くそっ、〈魔力開放〉を使ってもここまで消耗してしまった。傷も完全には塞がっていないし、これじゃ一週間持つかわからねぇぞ……。


 それでも何とか当面の脅威は排除できたと、そう思っていた。


「おにぃ、あれ……」


 小春の震えた声に振り返る。


 そこには像から生身の肉体へと変化し、俺たちを睨みつける七つの蛇の首があった。



〈作者コメント〉

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