第32話 ダンジョンの脅威
「なんだって中層にイービルベアが居やがるんだよ……!?」
嘆くような浪川さんの叫び。通路を塞ぎそうなほど巨大なイービルベアは、俺たちを認識すると威嚇するような唸り声をあげた。
まさかこんな所でイービルベアと遭遇するなんてな……! これならヴァンパイアバットに追われている方がまだマシだ!
前世の凄惨な記憶が蘇る。イービルベアは前世の世界では獰猛な人食いモンスターとして知られ、魔王を倒すための旅の途中で一度だけイービルベアを討伐したことがある。
あの時は五つの村と一つの町がイービルベア一匹に襲われて壊滅状態となり、命かながら逃げ延びてきた人々に懇願される形での討伐だった。
当時はまだステータスがカンストする前……とはいえ今の俺よりは遥かに高いステースを有していたが、イービルベアの討伐では重傷を負うほどの苦戦をした。
分厚い皮膚に剣を通さない鋼のような筋肉。鋭い爪の一裂きは容易く剣を折り、肉も骨も構わず抉り取っていく。あの時は仲間の魔法使いの機転で事なきを得たが、ともすれば旅の途中で最も苦戦した相手がイービルベアだったかもしれない。
さすがにあの時のイービルベアと比べれば二回りほど小さく見えなくもないが、脅威であることに変わりはない。少なくともこの場に、俺を含めイービルベアを倒せるだけの力を持つ冒険者は居ないのだ。
狭い通路が幸いしたか。イービルベアは全長5メートルを超える巨体が特徴だが、通路内ではその巨体が災いして身動きを取りづらそうにしている。俺たちに襲い掛かってこないのも、動きづらい通路での狩りを嫌ってのことだろう。
……だが、それも時間の問題だ。俺たちがとるに足らない餌だと分かれば、所構わず襲い掛かってくる。そうなれば俺たちに抵抗する手段はない。
「脇の通路に逃げ込め!」
浪川さんの指示に全員が迅速に従い、来たルートとは別の通路に逃げ込む。獲物を追う習性でイービルベアは唸り声をあげながら俺たちを追いかけてきたが、その巨体が突っかかりこちらの通路には思うように入って来れないようだった。
「今の内だ、少しでも距離を稼ぐぞ!」
俺たちは背後から迫る死から逃れるため、一目散に通路を走った。
「少し行けば左に曲がるルートがある! ちと遠回りにはなっちまうが、イービルベアを迂回できるはずだ!」
「――ッ! 止まってくださいっ!!」
何かを察知したのだろう、先頭を走っていた不意に水瀬が叫び声をあげた。彼女の制止に従って足を止めた俺たちは、水瀬の元へ集まる。
「急にどうしたんだ、嬢ちゃん」
「浪川さん、地図を見せてもらえますか!?」
「お、おう」
「変なんです。この先に大きな空間があって…………やっぱり、地図に載ってない」
「どういうことだ……?」
わかりません、と水瀬は首を横に振る。
彼女の視線の先、確かに通路が途切れて暗闇が広がっている。その闇はまるで俺たちを飲み込まんと大きな口を開けているかのようだった。
「お前ら、慎重に進め」
NWのメンバーが先行し、暗闇の向こうがどうなっているのかを確認する。やがて暗闇の間際まで近づいた浪川さんは、呆気に取られたような声を上げた。
「どうなってんだこりゃあ……」
そこにあったのは、巨大な縦穴(ボイド)。通路や壁が崩れ落ち、直径50メートルほどにわたって陥没している。その深さは目視では確認できない。
「これは下層まで達していそうだね……」
「冬華ちゃん、あのヴァンパイアバットやイービルベアはこの穴を通ってきたのかな……?」
「可能性は高いだろうね。それにしても、こんなに大きなボイドがいつの間に出来たのやら……」
ともすれば奈落まで続いていそうなボイドの闇を覗き込んでいた俺たちの後方で、唸り声と地響きを伴った足音が聞こえてきた。
……もう追いついてきたのか!
「ここから向こう側に行けそうだ!」
NWの山田さんがボイドの縁に沿ってかろうじて残っている通路を指さす。道幅は一人が通るのがやっと。薄暗い足元、少しでも足を踏み外せばボイドへ真っ逆さまだ。
それでも行くしかない……。他の道は見当たらず、引き返せば迫りくるのはイービルベア。もはや一刻の猶予もない状況だ。
「落ちるなよ、お前ら……!」
山田さんを先頭に、俺たちは一列になって通路を歩きだした。
……思ったよりも足元が不安定だ。本当に崩れずかろうじて残っていただけのようで、少しでもボイド側に足を置くと地面が滑るように崩れそうになる。慎重に慎重を重ね、息をすることすら忘れてただ前に進む。
「来たぞ、イービルベアだ……!」
殿の位置に居るNWの松田さんが悲鳴混じりに叫んだ。先頭の山田さんは通路の半ばあたり。殿の松田さんはまだ通路に数歩足を踏み入れたばかりの位置に居る。このままでは松田さんがイービルベアに襲われてしまう……!
「急げ!!」
浪川さんが叫び、俺たちは足取りを速めた。もはや足元が多少崩れるのも気にせず、前を行く仲間を追い立てるような勢いで狭い通路を走り抜ける。山田さんがようやく反対側に到着し、続く水瀬や綾辻さんが次々に辿り着く。
残るは浪川さん、俺、新野、秋篠さん、坂口さん、松田さんの順。ふと振り返るとイービルベアは細い通路までは追って来ず、俺たちに見切りをつけて通路を引き返そうとしているところだった。
よかった、これで少しは焦らずに済む。
そう思って足取りを緩めようとした、その時だった。
「あ……」
背後から聞こえてきた小さな声。
反射的に振り返った俺の視線の先で、秋篠さんの小さな体が宙に浮いていた。
〈作者コメント〉
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