第33話 下層へ
「秋篠さんっ!!」
体が完全に宙へ浮き、ボイドへと吸い込まれるように落下しつつある秋篠さんに、俺は必死に手を伸ばそうとした。
「馬鹿野郎!!」
けれど、背後から浪川さんに羽交い絞めにされて手は秋篠さんに届かない。
くそ、このままじゃ……っ!
「土ノ日、待ってるから!!」
「新野――!?」
ただ秋篠さんが落ちていくのを見ているしかない俺の目の前で、新野が躊躇なく飛び出した。彼女はボイドへと身を躍らせると、空中で秋篠さんの体を抱きしめる。
そして二人はそのまま、暗闇の中へと落ちていった。
「新野!! 秋篠さんっ!!」
二人が落ちていった暗闇に小さな光が灯った。
炎の光……落下の衝撃を魔法で和らげたのか……?
だとしても、炎の大きさからして相当な深さだ。上手くいった保証はない……。
「リーダー急げ! 通路が崩れ始める!」
遠くから聞こえる山田さんの声。俺はボイドの底から視線を外せないまま、浪川さんに引きずられるようにしてボイドの縁を渡り切った。
最後の松田さんが渡った直後に通路は完全に崩れ落ちた。無事に通路を通れた面々が安どの息を吐くことはない。俺はボイドの縁に跪いて底を覗き込んだ。
新野と秋篠さんの姿を捉えることはできない。
「……美奈津、索敵で二人を確認できるかい?」
「だめです……っ。索敵の範囲外で、二人が無事かどうかは……っ。古都ちゃん先輩……っ!」
水瀬の悲痛な叫び声が、ただ空っぽの縦穴に溶け消える。ここから二人の生死を知ることはできない。……新野がこの程度で死ぬはずがない。なんて思ってしまうのは、俺がそうあって欲しいと望んでいるからだろうか。
……いいや、きっと二人は無事だ。今はそう信じるしかない。
「……くそっ。最悪の展開になっちまった」
浪川さんは額に手を当てながら通路の壁に拳を打ち付けると、荷物から地図とコンパスを取り出す。
「どうするよ、リーダー……?」
「まずは何としても協会に報告だ! この異常事態はもう俺たちの手に負えるものじゃねぇ! Aランク……いいや、Sランクを招集するレベルだ……!」
地図をつぶさに確認し、浪川さんは一つのルートを指でなぞった。
「かなりの遠回りになっちまうが、このルートしかねぇ……! 山田、このルートで上層を目指すぞ! 先導しろ!」
「あいよ……っ!」
NWのメンバーはすぐに移動の準備を整えた。……だが、俺たちはそうもいかない。
「……助けに行かないんですか」
移動を始めようとするNWの面々に、水瀬が尋ねる。
「古都ちゃん先輩と新野先輩、助けに行かないんですかっ!?」
「落ち着くんだ、美奈津」
「でもっ、冬華先輩っ! でもっ、でも……!」
水瀬は目尻に大粒の涙をため、そんな彼女を綾辻が優しく抱き寄せる。
浪川さんもまた、表情に苦悩を滲ませていた。彼は慎重に言葉を選ぶように言う。
「嬢ちゃん、気持ちはよくわかる。俺だって助けに行かなきゃなんねぇって気持ちはあるんだ。……けどよ、俺たちじゃ下層は無理だ。わかるだろ……? ヴァンパイアバットも、イービルベアも、俺たちじゃどうしようもならねぇ。二人を助けたければ今すぐ上に戻って協会に報告し、Sランクを中心にした救助隊を組織してもらう。それしかねぇんだよ」
「そんなの……っ」
「理屈では正しいと理解はできるけれどね……」
浪川さんは何も間違ったことは言ってない。それは俺たちも理解できる。……けれど、正しい判断が必ずしも正解だとは限らない。
一度地上へ戻り、冒険者協会に報告。その後Sランク冒険者を集めて救助隊を組織して下層を目指す。その間にいったい、何日の時間が過ぎるだろうか……?
事態は一刻を争う。新野も秋篠さんも水と食料はある程度持っているだろうが、そう何日と持つ量ではないはずだ。何より下層はヴァンパイアバットやイービルベアの生息域。二人がいつまでも無事だという保証はどこにもない。
……二人を残して、俺だけ地上に戻ることなんて出来るかよ。
「俺は、一人で新野と秋篠さんを探しに下層へ向かいます」
「土ノ日先輩……!?」
俺の発言に全員が驚きの表情を見せた。
「おいおい、正気かテメェ……?」
睨みつけるように、浪川さんは俺に尋ねる。
「俺は新野と秋篠さんを置いて地上に戻るわけにはいきません」
「駄目だ、許可はできねぇ。これ以上遭難者を増やせるわけがねぇだろう!」
「なら、ここで俺はパーティから離脱します。クエストを破棄しても構わない」
「調子に乗るなよルーキー!!」
浪川さんは俺の胸倉を掴み上げる。
「テメェだってダンジョンがどれだけ危険な場所か、嫌ってほど理解したはずだ!! ヒーローを気取りたけりゃ勝手だが、テメェの勝手が全員を危険に晒す! わかってんのか、あぁ!?」
「……知っています。だから、俺一人で向かうんです」
浪川さんが声を荒らげる気持ちも理解できる。彼は俺を死なせたくないんだ。どれだけ俺に恨まれようと構わない。そんな気持ちでわざと憎まれ役を買ってくれている。
だからこそ、一歩も引く気はない。
「お願いします、浪川さん」
「…………くそっ! 好きにしろ!」
浪川さんは乱暴に俺の胸倉を放すとソッポを向いた。俺に背を向け、行きたければさっさと行けと背中で語りかけている。
……ありがとうございます。
心の中で礼を言い、走りだそうとして、
「待ってください、土ノ日先輩! 私たちも行きますっ!」
「古都と新野さんを助けたい気持ちは私たちも同じさ。同行させてくれないかな?」
そう水瀬と綾辻さんに呼び止められた。
「……だから行かせたくなかったんだよ」
と、二人がそう言いだすことをわかっていたかのように浪川さんが溜息を吐いた。
俺一人がパーティから抜けるならともかく、綾辻さんと水瀬まで抜けるとなると話が大きく変わってくる。
「……パーティの半数を失って地上に戻っちまったら俺たちNWの名声は地に堕ちたも同然だ。テメェら、責任とれるのか? 俺、去年結婚して先月娘が生まれたばっかりなんだぞ……?」
浪川さんは俺たちを恨めしそうに見つめながら、再び大きな溜息を吐いた。
そして、
「山田、樋笠、松田、坂口。お前らで地上に戻って冒険者協会にこの件を報告しに行け。俺はこの馬鹿どもに付き合う」
「浪川さん……!?」
まさか浪川さんまでそう言い出すとは思っておらず、俺はさすがに動揺した。それはNWの面々も同じだったようで、口々に「奥さんはどうするんだ!」「娘さんは!」と必死に浪川さんを押し留めようとする。
けれど、浪川さんの決心は揺るがない。
「こいつらを置いて帰るわけにはいかねぇだろ。とはいえ、急を要する事態だ。誰かが地上まで報告に戻らなきゃなんねぇ。だからそれをお前らに託す。仮に下層で何かがあったとしても……俺が冒険者である以上、あいつもある程度は覚悟してるだろうさ。それに、俺はこんなところで死ぬつもりなんかねぇよ。帰って娘のオムツを替えてやらなきゃなんねぇし、風呂にも入れなくちゃいけねぇからな」
浪川さんは地図とコンパスを山田さんに押し付けるように渡すと、俺と綾辻さんと水瀬に戦斧を背負った背を向けて、自身の右手の親指で背中を指し示した。
「ついてこい、ヒヨッコ共。俺が下層まで案内してやるぜ」
〈作者コメント〉
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