第31話 ダンジョンの生態系

 広間の天井で蠢く無数の影。薄暗闇に光る眼は、俺たちを確かに認識していた。縄張りにまんまと迷い込んできた、次なる餌として。


「上よっ!」

「来るぞっ!」


 俺と新野が叫んだと同時、天井に潜んでいた無数のヴァンパイアバットが飛び立った。翼を広げると横幅2メートルは超える角を生やした巨大蝙蝠。それが集団で、まるで巨大な黒龍のような群れを形成して俺たちへ襲い掛かってくる。


「おいおい嘘だろっ!? 迎撃だっ!!」


 浪川さんが号令を出す前に、既に綾辻さんと水瀬が動いていた。綾辻さんは即座に弓を構えて正確無比にヴァンパイアバットの眉間を撃ち抜く。


 水瀬もギターケースから取り出した二丁の拳銃を構え、上空のヴァンパイアバットに鉛弾を撃ち込んだ。


「〈炎槍爆撃〉っ!」

「くそったれがぁっ!」


 続いて新野とNWメンバーの坂口さんも迎撃に加わった。新野が放った10本のファイアランスはヴァンパイアバットをそれぞれ正確に撃ち落とし、坂口さんもガトリング砲のような武器で弾丸を上空にばら撒く。


 それでも間に合わない。数が多すぎる……!


 遠距離攻撃が可能なメンバーの迎撃でヴァンパイアバットは確かに数を減らしていったが、いかんせん母数が多かった。空間の天井すべてを埋め尽くさんばかりのヴァンパイアバットは、どれだけ撃ち落としてもキリがない。


 ヴァンパイアバットが持つ鋭利な牙。あれに噛みつかれれば人間は一巻の終わりだ。空中へと連れ去られれば成す術なく全身の血を吸い尽くされ、干からびた死体になってしまうだろう。


 一匹ならともかく、あれだけの数に接近されればひとたまりもない!


「迎撃は無理だ! 全員通路に逃げ込めっ!!」


 浪川さんの判断は早かった。早々に迎撃で全てのヴァンパイアバットに対応するのは不可能だと判断し、接近を許す前に撤退を選択。俺たちは一目散に来た道を引き返した。


「くそっ! なんだってヴァンパイアバットが中層に居やがるんだ!? ありゃ下層に生息してるモンスターだろうがっ!」


 走りながら浪川さんは怒鳴り散らすように疑問を口にする。前世の世界でもヴァンパイアバットの生息地は洞窟やダンジョンの奥地だった。そこから極めて稀に人里や坑道などに出現したヴァンパイアバットが大きな被害をもたらすのだが……正直あれだけの数のヴァンパイアバットは前世の世界でも見たことがない。


「まだ追ってきますよ……っ!?」


 ヴァンパイアバットは狭い通路内でも群れを成して器用に飛び俺たちへ追いすがってきた。その飛行速度はステータスによって身体能力が強化された俺たちと同等かそれ以上。


 ……というより、他の面々に比べてステータスが低い俺と新野は集団から明らかに遅れつつあった。特に新野はステータスがMPと魔力に偏っている。このままではヴァンパイアバットに追いつかれるのは時間の問題だ。


 こうなったら……っ!


「新野! 壁面に〈ファイヤランス〉をぶち込め!」

「――ッ! 〈炎槍爆撃〉!!」


 俺の意図を瞬時に理解し、新野が振り返りざまに〈炎槍爆撃〉を放つ。放たれた10本の槍は迫りくるヴァンパイアバットの横を通り過ぎ、通路の四方の壁に命中。壁は大きな音を立てて崩れ始め、崩落は多くのヴァンパイアバットを巻き込んだ。


 よし、通路は塞いだ。後は……っ!


 崩落に巻き込まれず突っ込んでくるヴァンパイアバットは5体。俺は立ち止まって振り返り刀を構える。


「はぁっ!」


 ヴァンパイアバットの軌道の正面を避けるように足を運び、すれ違いざまに五閃。迫ってきていたヴァンパイアバットを全て斬り落とす。


 土煙が立ち込める通路の向こう、ヴァンパイアバットがこれ以上崩落を抜けてくることはなかった。


「やるじゃねぇか、ルーキーども!」


 その声に振り返ると、浪川さんたちがこちらへ引き返してくる所だった。


「土ノ日くんっ! 新野さんっ!」


 秋篠さんに至っては心配そうにこちらへ駆け寄ってくる。


「大丈夫よ、秋篠さん。あたしも土ノ日も怪我一つないわ」


「それより早めにここを離れたほうがいい。通路は崩したが、いつヴァンパイアバットが抜けてくるかわからない」


 あくまで応急的な足止めだ。通路が完全に塞がっているわけではないだろうし、ヴァンパイアバットの知能であれば崩れが甘い部分から穴を掘って抜けてくる可能性は十分にある。


「息つく暇もねぇぜ……!」


 浪川さんは大きなため息を吐いて移動を指示する。俺たちは休息もそこそこに上層へ戻るため通路を引き返し始めた。


「まさかこんなにも早くクエストを達成できるなんてね」


 弓を手に周囲を警戒しつつ、綾辻さんが俺に話しかけてくる。


「イービルウルフが上層に進出してきたのは、おそらくヴァンパイアバットに生息域を追われたのが原因だろうね。モンスターながらに同情してしまうよ」


「……だとしたら、別の疑問が浮かんできます」


「なぜヴァンパイアバットが、本来の生息域である下層から中層へ進出してきたのか……だね」


 ヴァンパイアバットに追い出される形でイービルウルフが上層へ向かったのはまず間違いないだろう。だとすれば、今回の件の根本的な問題はヴァンパイアバットがなぜ中層に生息するようになったのかという点にすり替わる。


「さすがに下層の探索になると私達には手に負えない。冒険者協会も改めてBランク以上の探索隊を組織するはずだよ。少なくとも私たちと君たちの出番はこれでおしまいだ。あとは無事に上層へ戻れるかだね」


「……何事もなければいいんですが」


 なんて話していた時だった。


「止まってください……!」


 先頭を歩いていた水瀬が俺たちを制止する。場所は三叉路になっている通路で、俺たちはその左の方からやってきた。その左の通路を水瀬は緊張した面持ちで見つめている。


「どうした、嬢ちゃん」


 浪川さんは水瀬を守るように戦斧を構えながら前に出て尋ねた。


「……何かがこっちに来ます。たぶん、モンスターです」

「数は?」


「一体……。だけど、大きい……っ!」


 次第に聞こえてくる地響きを伴った足音。やがて警戒する俺たちの前に現れたのは、額に角を生やし四つの目を持つ巨大な熊のモンスターだった。



〈作者コメント〉

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