第29話 どっちが似合うと思う?

「行ったわよ、土ノ日!」


 新野の〈ファイヤランス〉に追い立てられ、一本角のイノシシ型モンスター〈イービルボア〉がこちらに突っ込んでくる。俺は手に持っていた刀を構え、すれ違いざまに横薙ぎに振りぬいた。


「はぁッ!」


 刀はイービルボアの分厚い毛皮を容易く切り裂き、肉も骨もお構いなくその巨体を上下に斬り分けた。


 血を振り払って腰に携えた鞘に納刀する。既に10匹近いイービルボアを仕留めたが切れ味は落ちる気配もない。安珠は模造品だと言っていたが、十分に名刀の部類に入る切れ味だ。


「これで20本目。依頼は完了かしら」


 〈ファイヤランス〉を器用に使ってイービルボアから角を切り取った新野が尋ねてくる。


 俺たちが請け負ったのは池袋ダンジョン中層に生息するイービルボアの角20本の納品クエストだ。難易度はDランク相当で、報酬は1本につき3000円ほど。これだけで6万の稼ぎになるため、Dランクの依頼ではそうとう割の良い部類に入る。


「だな。明日も早いしそろそろ帰るか」


 明日は新宿ダンジョン中層領域の探索クエストの日だ。明日に備えてここ数日はクエストで資金を貯めつつ必要な装備や物資の調達を行ってきた。あと必要なのは新野のMPを強化する装飾品だな。それも今日のクエスト報酬で何とか買える目途がついた。


 安珠から刀を譲ってもらえたのが、やはり大きかった。このレベルの刀を普通に買おうとすればおそらく1000万円は軽く超える。それだけの業物であることは間違いない。


 無料で譲ってもらえたが、さすがにこのままお返しをしないわけには行かないな。菓子折りか何かを送るべきだろうか。


「ねえ、土ノ日。この後ちょっと付き合いなさいよ」

「この後? 装飾品を選びに行くんじゃなかったか?」


「そうよ。あんたこの後どうせ暇でしょ?」

「そりゃまあ暇だが……」


 あんまり帰りが遅くなると、また小春に疑われそうなんだよな……。両親はそこそこ放任主義だから誤魔化せているが、小春は何かと俺の行動を気にかけてくる。飯食って帰るとでもあらかじめ連絡を入れておくか……。


「わかった。せっかくだからどこかで夕飯も食べて帰ろうぜ」


「奢り?」

「割り勘に決まってるだろ」


 なんて会話をしながら池袋ダンジョンの上層に戻り、ダンジョン内にある冒険者協会の受付でイービルボアの角と引き換えにクエスト報酬を貰う。受け取ったお金を持って、俺たちは池袋ダンジョンを後にした。


 池袋ダンジョンは池袋駅に近いサンシャインビルの地下通路から出入りすることができる。エレベーターでダンジョンから地下通路へと戻った俺たちは、冒険者アプリのショップ検索を利用して近場の装飾品販売店を探した。


 するとちょうど、サンシャインビルのテナントの一つに冒険者向けのアクセサリーショップが入っているようだった。他にも近場に何件かヒットしたが、ひとまずそこへ向かってみることにする。


「なんか思ってたよりちゃんとアクセサリーショップだな……」


 店についた俺は思わずそんな感想を口にしてしまった。白を基調とした高級感溢れる店内には落ち着いた雰囲気の曲が流れ、白い手袋をしたスーツ姿の若い女性の店員が落ち着いた声音で買い物客に商品の説明を行っている。


 客層も学生は居らず、スーツ姿のミドル層や大人の女性が多い印象だ。品ぞろえは宝石が埋め込まれた指輪やネックレスの他イヤリングなど充実してはいるが、どちらかと言えば機能性よりも見た目が重視されているように見えなくもない。


「どうする、別の店を探すか?」


「せっかくだし入ってみましょ」

「マジかよ」


 制服姿の俺たちは間違いなく場違いというか浮いてしまうと思うのだが、新野は臆せず店内へと突入していってしまう。付き合うと約束した手前、このまま外で待っているわけにもいかない。仕方がなく俺も店内へ入ることにした。


 店内に入っただけで漂ってくる上品な香水の匂い。ショーケースの中には俺たちが用意した予算では到底手の届かない装飾品が幾つも並んでいる。


「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」


 俺たちの入店を目敏く発見した店員の一人が話しかけてくる。


「すみません、MPの数値に関連する効果の装飾品を探しています。予算は20万くらいなのですが、そういった品揃えはありますか?」


 新野がそう尋ね返すと、店員は笑顔で店の奥のほうの棚に右手を向けた。


「でしたらあちらの棚の商品はいかがでしょうか? 当店では低価格帯になってしまいますが、ご希望に沿った効果の装飾品がございます。ぜひごゆっくりとご覧になってください」


「ありがとうございます。行きましょ、土ノ日」

「お、おう」


 新野に促され、案内された棚の方へ向かう。入ってすぐのショーケースにあった装飾品と比べ使われている宝石は小さく地味なものばかりだが、俺たちの予算で購入できる装飾品が棚に並べられていた。品数はそう多くないものの、MPの上昇や消費を抑える効果の装飾品もある。


「こういう店にも意外と置いてあるもんなんだな……」


「メインの客層はあくまであっちの高い商品を買う人たちでしょうけどね。性能度外視でデザイン重視だから、あっちは冒険者同士のプレゼント用。でもそんなのだけじゃ冒険者相手の商売としては成り立たないから、こういう実用性重視の商品も置いてあると思ったのよ」


「なるほどなぁ」


「ねえ土ノ日。これとこれ、どっちが似合うと思う?」


 新野が指さしたのは赤い宝石が埋め込まれた指輪と、青い宝石が埋め込まれたイヤリング。どちらも予算内で購入できる金額で、指輪の効能はMP増加。イヤリングの効能はMP消費削減か……。どちらも新野の継戦能力を強化する装飾品だが、性能に大差はないな。


「値段の安い方で良いんじゃないか?」


 指輪は12万ちょっと。イヤリングは両耳セットで18万ちょっと。これなら指輪の方がコストパフォーマンスも良いと思うのだが、


「…………はぁ」


 新野はこれ見よがしに溜息を吐いてジトーと俺を見上げてくる。


「あたしはどっちが似合うか聞いたんですけど?」


 そう言われてもな……。


 アクセサリーを女子に選んだ経験もなければ、自分のセンスに自信があるわけでもない。だから聞かなかったふりをしたのだが、新野はそれを許してくれなかった。


「……じゃあ、イヤリングで」


 三日月を模ったイヤリングには澄んだ青色の宝石が埋め込まれている。なんとなく、その宝石の色が新野の美しさを際立たせるような気がした。


「ふぅーん……。わかったわ、これ買ってくる」


 新野は店員さんを呼ぶとイヤリングを棚から取り出してもらい、レジで会計をし始めた。


 俺が選んだ意味はあったのだろうか……?



〈作者コメント〉

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次の話から新宿ダンジョン攻略編!

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