第28話 技術と想い
ゴーグルとマスクの下から現れた美少女の顔立ちは安音さんにそっくりだった。姉妹……もしくは娘だろうか? 幼い顔立ちだが身長は秋篠さんと同じくらいで、年齢は俺たちとそう離れていなさそうだ。
「ふ、不埒って……! も、もぅ! 安音さんも安珠ちゃんもぉ!」
「なんじゃ、母上にもからかわれたのか。冗談じゃ。それよりさっさと紹介してくれるかのぅ?」
「むぅ……。クラスメイトの土ノ日勇くんだよ」
「土ノ日?」
何かの引っ掛かりを覚えたのか、秋篠さんから安珠と呼ばれている少女は俺の顔をジィッと見つめる。確かに珍しい苗字だと自分でも思うが、そこまで俺の顔を凝視するほどか?
「むむむ……? 偶然かのぅ?」
「どうしたの、安珠ちゃん?」
「いやなに、この者と似た名前の学友が居ての。顔だちも似ているような似ていないような……?」
「変な偶然もあるもんだなぁ」
土ノ日なんて苗字はそうあるものではないし、きっと似た苗字と勘違いしているんだろう。
「まあよいか。儂の名は国友安珠(くにとも・あんじゅ)。第二十九代目の国友家当主になる女じゃ!」
「土ノ日勇だ、よろしく」
安珠と握手を交わすと、少し驚いた。豆だらけの固く分厚い皮膚。俺とそう変わらない年齢で、いったいどれだけ鋼を打ち続けて来たらこうなるのだろうか。パッと見ただけでも手には何か所もの火傷の痕もあり、まだ新しい生々しい傷も残されている。
「さて古都よ。わざわざこの男に儂を紹介したということは、この男は金に困っておるのじゃな?」
「な、なんでわかるの……!?」
「そうでもなければわざわざライバルを増やすような真似をお主がするはずないからのぅ」
「ライバル? どういう意味だ?」
「わぁーっ! 何でもない、何でもないよ、土ノ日くんっ!」
秋篠さんは両手を大きく振りながらピョコピョコ飛び跳ねだした。ここに来てから秋篠さんの挙動がだいぶ不審だ。妙に疲れているようだが大丈夫だろうか。
「安珠ちゃんっ!」
「冗談じゃ。大方、装備を整える金がなくて儂の失敗作をあてにして来たのじゃろう?」
「う、うん……」
「まあどうせ売り物にはならぬし、いずれは捨てる物ばかりじゃからの。こっちじゃ」
安珠は俺たちについて来るよう身振りで示して、小屋の裏手のほうへ回っていく。
小屋の裏側には小さい倉庫があって、俺たちが裏に回るとちょうどその中から一本の刀を持って安珠が出てくるところだった。
「これなんかどうじゃ? 儂が今までで作るのに一番苦労した作品じゃ」
「なあ、どうして持ち手の部分に引き金がついてるんだ?」
まるで銃のように、持ち手の部分につけられた引き金に視線が吸い寄せられる。安珠はよくぞ聞いてくれたとばかりに刀を抜き放って構えると、引き金に人差し指を添えた。
「この刀はいわゆる仕込み銃になっておっての! こうやって引き金を引くと」
バシュンッ!! と発砲音が鳴り響いて刀の刃が天高く飛んで行った。
「こうやって刀身の部分を発射することができるのじゃ!」
……トスッ! と、上空に放たれた刀身が落下してきて俺の足先数センチの地面に突き刺さる。
「……おい」
危うく俺の足の指が持っていかれる所だったんだが。そりゃそんな仕掛けを刀に組み込んだら作るのにも苦労するだろ。
「悪いが他の刀にしてくれ。耐久性と弾数に致命的な欠点がある」
「ふぅむ。ならこんなのはどうじゃ?」
なんて言いながら安珠が倉庫から引っ張り出してきたのは刀身が鉤爪のように二つに裂けて曲がっている刀だった。当然のように却下すると、今度は渦巻きのような刃の刀を持ってくる。
「ガラクタばっかりじゃねぇか!」
「だから失敗作じゃと言ったではないか」
「普通の刀はないのかよ。せめて刀身が真っすぐで発射されないやつ」
「……ないわけではないが、父上に言わせればそれこそガラクタじゃ。そんなので良ければ好きに持っていくがよいわ」
ん、と顎で倉庫の中に入るよう促され、俺は刀だらけの倉庫へと足を踏み入れた。所狭しと並べられた刀の本数は三桁を軽く超えている。だが、そのどれもが普通ではない刀ばかり。倉庫の最奥まで行ってようやく普通の刀が見つかった。
「これがガラクタか……」
確かに、《虎斬丸》ほどの名刀とは言えないかもしれない。けれど、刀としての役割は十分に果たせそうな代物ばかりだった。これを安珠が打ったのだとしたら、いずれは《虎斬丸》にも負けない名刀を打てるようになるのではないかと将来性は十分に感じる。
だからこそ、国友続宗は安珠に厳しい言葉を投げかけたのかもしれない。発破をかけるつもりだったのだとは思うが、それが裏目に出て変な刀ばかり作るようになってしまったのだろう。
とにかく最奥にあった刀の中で、一番心惹かれた刀を手にして倉庫の外へでる。待ち構えていた安珠は俺が持っている刀を見て目を見開いた。
「お主、そんな刀でよいのか?」
「ああ。これが一番、想いが込められている気がしたんだ」
刀の目利きなんて出来ないから、本当に感覚だけで選んだ。刀身も刃紋の美しさも《虎斬丸》には遠く及ばない。けれどそれでも確かに、《虎斬丸》にも負けない製作者の想いが込められていると感じたのだ。
「……その刀は儂が初めて打った刀じゃ。父上の作品を見よう見まねで作った模造品。自分ではそう思っていたんじゃがのぅ。見る目のない奴じゃなぁ、お主は」
「刀の目利きは初めてなんだ。大目に見てくれよ。この刀も好きに持って行っていいんだよな?」
「……そうじゃなぁ。お主がそれを気に入ったのなら儂は構わんよ。お金も不要じゃ。その代わりに条件が二つあるのじゃ」
「条件?」
「一つは、その刀のメンテナンスを儂に依頼すること。これはもちろん有料じゃ。鍛え直すのにも材料費がかかるからの。そしてもう一つが……」
安珠は言いかけた言葉を一度区切って、前髪の分け目を手でちょっと整える。それから口角のあたりを軽くマッサージして、花のような可憐さでほほ笑んだ。
「これからも儂を贔屓にしてくれると、嬉しいのじゃ」
〈作者コメント〉
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