第25話 卵焼きとだし巻き卵

『新宿ダンジョン中層領域探索クエストへの参加要請』


 午前の授業が終わって昼休みになり、鞄から取り出したスマホの電源を入れると画面にそのような表示がされていた。


 クエストへの参加要請……?


 秋篠唯人が言っていた便宜っていうのは、おそらくこれのことだな。


 俺と新野がDランクへの昇格を果たしたのは二日前の日曜日のことだ。そこから間を置かずにこの参加要請は、初めからその腹積もりだったと見るべきだろう。単なる数合わせか、別の何かを期待されているのかは知らないが。


 とにかく、このことを新野と相談すべきだ。内容も確認したいが、どこかひとけのない所の方がいいな。


 なんて考えながら席を立とうとした俺に、


「つ、土ノ日くんっ! あ、あのっ、えっと……。ちょっといいかな!?」


 声をかけてきたのは秋篠さんだった。


「どうしたんだ、秋篠さん?」

「え、えっとね。その……お、お弁当を作ってきたのっ」


「お弁当? もしかして自分で作ったのか? 偉いなぁ」


「う、うんっ。えへへ……。そ、それでね、ちょっと作りすぎちゃって。も、もしよかったら一緒にどうかな……っ?」


「本当か? それは非常に助かる。今日は母さんの家事休みの日だからお弁当がなかったんだ。購買に行くか悩んでたところだったんだよ」


「ほ、ほんとっ!? よかったぁ……」


 秋篠さんはどうやらそうとう緊張していたようで、安堵したかのように大きく息を吐きだした。誰かに手料理を食べてもらうのってやっぱり緊張するもんだよなぁ。俺もたまに母さんの代わりに料理を作るけど、初めて家族に振舞った時には緊張したものだ。


「あ、そうだ。秋篠さん、ちょうど秋篠さんに相談したいこともあったんだ」

「相談したいこと?」


「それもあるから新野も一緒で構わないか?」


「えっ……」


「……もしかしてまずかったか? 喧嘩中とか……」


「そ、そんなことないっ! ぜんぜん大丈夫だよっ、うん!」


 それならよかった。新野の名前を出した途端に秋篠さんが硬直したように見えたから心配したが、どうやら杞憂だったようだ。


 秋篠さんの了承も取れたので、教室の後ろの方の席に座る新野のもとへ向かう。新野は自分の机の上に3段の重箱を広げてお昼ご飯を食べようとしているところだった。


 魔力を消費するとお腹が減るとはよく聞くが、さすがの量だな……。これを毎日自分の机いっぱいに広げて食べているから、昼休みに新野の元へ来るクラスメイトはほとんど居ない。みんなフードファイターを眺めるような感覚で遠巻きに見つめている。


「……あげないわよ?」


「要らねぇよ。それよりスマホの通知見たか?」

「スマホ?」


 どうやら見ていなかったようで、新野は机の中からスマホを取り出した。画面を確認して「なるほど」と呟く。


「秋篠さんに相談がてら昼飯にしようかと思ってるんだが、新野も一緒にどうだ?」


「わかったわ。せっかくだから場所も変えましょ」

「そうだな」


 新野と秋篠さんが揃っていると、それだけで教室では目立ってしまう。俺たちはともかく、秋篠さんは冒険者をしていることを知られたくないと言っていたし、念のため教室から移動したほうがいいだろう。


 今日はとりあえず屋上へ向かうことにした。給水塔裏の目立たない位置に秋篠さんが持ってきていたレジャーシートを敷いて三人で腰を下ろす。ちなみにレジャーシートはダンジョンでもたまに使うからと常に持ち歩いているという。


 ダンジョンの話はそこそこに、まずは空腹を満たすことにする。


「わぁ、秋篠さんのお弁当美味しそうね!」


 シートの上に広げられた秋篠さんのお弁当もまた、新野と同じ三段のお重だった。作りすぎたとは聞いていたがまさかこれほどだったとは。


 中身は新野に比べて和風寄りで、海老やサザエなどまるでおせちのような豪華な内容になっている。前々から薄々感じていたが、秋篠さんって結構なお金持ちなのでは……?


 一方の新野のお重は洋食メインで、ハンバーグや唐揚げにエビフライなど。重の一つにはギッシリとサンドウィッチが敷き詰められている。


「……あげないわよ?」


 俺が新野のお重を観察していると新野に睨まれた。


「だから要らねぇよ。秋篠さんから貰う分で十分だ」

「え、ずるいっ! あたしも食べたいっ!」


「それだけ食べてまだ足りないのかよ、お前は!」


「あはは……。わたし小食だし、いっぱいあるから新野さんもどうぞ」

「やったぁ!」


「おいこら、自分の分から食べろよお前っ!」


 新野が遠慮のえの字もなく秋篠さんのお重をつつき始めたので、俺も秋篠さんのお重に箸を伸ばす。とりあえず目についた卵焼きを口に運ぶと、口いっぱいに優しい甘みが広がった。


「美味い……っ!」


 まるで料理屋さんで出されるような卵焼きだ。巻き方も上手で断面も綺麗だし、食感もしっとりとしていて、本当に美味しい。


「本当に美味いよ、秋篠さん。毎日食べたいくらいだ」


「ふえっ!? ま、毎日ですかっ!? が、頑張りますっ!」


「あ、いや。別に催促しているわけじゃなくて、それくらい美味しいって意味だからな?」


 何となく毎日卵焼きを作ってくる秋篠さんが容易に想像できたのでいちおうフォローを入れておく。ただまあ、本当に毎日でも食べたい卵焼きだった。


「…………ん」


 次は何を食べようかと考えていたところに、横から箸に刺さった別の卵焼きが視界に入ってくる。気にせずに居ると、


「んっ!」


 目に突き刺さんばかりに箸に刺さった卵焼きが突き出されてきた。


「なんだよ、新野」

「……あげる」


「はあ? さっきまであげないって言ってただろ」


「いいからっ! あげるって言ってるんだから大人しく食べなさいよっ!」


 なんて言いながら口元に押し付けてくるので仕方がなくそのまま頬張った。てっきり甘い味付けがまた口の中に広がるのかと思いきや、口に入れた瞬間にじゅわっと出汁の風味が染み出てきた。これ、もしかしてだし巻き卵か?


「……恋澄に聞いて作ってみたのよ。関西だとそれが主流らしいわ。それなりに美味しくできたと思うんだけど……」


「ああ、美味い! たまにはこういうのもいいな」


 甘い卵焼きは食べなれているから、甘くない卵焼きは新鮮だった。


 子供の頃に家族旅行で関西に行ったとき、旅館の朝食で出てきた卵焼きもたしかこんな味付けだったな。あの頃は甘くない卵焼きに違和感しかなかったが、今はこっちも好きかもしれない。ご飯によく合いそうだ。


「ま、あたしが作ったんだから当然ね」


 と、新野はどこか嬉しそうに胸を張る。新野も意外と料理するんだなぁとそれを見ながら俺がのんびり思っていると、


「か、間接キス……」


 秋篠さんは俺と新野を見ながら震える声で呟く。


「「……あっ」」


 まったく無意識でやっていた俺たちは秋篠さんの指摘でようやく自覚したのだった。


〈作者コメント〉

ここまでお読みいただきありがとうございます('ω')ノ

♡、応援コメント、☆、フォロー、いつも執筆の励みとなっております( ;∀;)

少しでも面白いと思っていただけていましたら幸いですm(__)m


ここからしばらく(29話まで)日常&準備パート。

最近は料理下手ヒロインが主流じゃないと聞いてジェネレーションギャップを感じる今日この頃です('ω')

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