第24話 唯人の期待

「わざわざ呼び出して悪かったね」


 冒険者協会ビルにある秋篠唯人の私室。革張りのリクライニングチェアに座りながら、テスクを挟んだ向こう側にあるソファでくつろぐ愛良と恋澄を唯人は労う。


「ホンマやわ。新幹線のグリーン席用意されてへんかったら断っとったで」

「アンヌさん『タダで東京行けるわ!』って喜んでませんでしたか?」


「ちょっ! それは言わんでいいねん、アンナちゃん!」


「なんにしても来てくれて助かったよ。彼らの実力はあまりこちらの冒険者に知られたくなかったからね。関西で活動している君たちが適任だったんだ」


「知られたくないって、もう関西まで聞こえてくるくらい噂なっとるで?」

「だが、噂以上だっただろう?」


 唯人の問いに恋澄と愛良は無言で頷く。


「あれでDランクなんて笑けてくるわ。どう低く見積もってもBランクやろ」


「……土ノ日さんからはレベルやステータスとは別の高い技術や経験値の高さを感じました。まるでベテラン冒険者を相手にしているような感覚です」


「うちもや。舞桜ちゃん、あれそうとう場馴れしとるで? ただただ高飛車で自信過剰な女やないわ。結構な修羅場潜って来とるやろ、絶対」


「なるほど」


 新進気鋭かつ経験豊富な同世代のAランク冒険者である愛良と恋澄から見ても、土ノ日と新野はかなり異色な存在だったようだ。自腹を払ってまで彼女たちを呼んだ意味があったと唯人は内心ほくそ笑む。


「うちらとしてもええ刺激にはなったわ。あの二人、そこそこのレベルになったらこっちに派遣してや。琵琶湖ダンジョン攻略にもきっと戦力になってくれるわ」


「そうですね。土ノ日さんにはぜひ和樹(かずき)さんと手合わせしてもらいたいです」


「この前の報告にあった山本和樹(やまもと・かずき)くんか。彼のお陰で琵琶湖ダンジョンの攻略は順調だそうだね」


「まあ相性がええからなぁ。ほかのダンジョンなら戦力になるかわからへんけど」


「和樹さんなら大丈夫です。きっと他のダンジョンでも活躍してくれます」


 まるで自分のことのように胸を張って言い切る愛良に、恋澄はどこか複雑そうな表情をする。そしてわざとらしく咳ばらいをして、話題の転換を図った。


「……まあ、それはそれとして。うちらを呼んだ理由、関東の冒険者にあの二人を隠したかったからってわけやないんやろ? ほんまはうちらと顔合わせさせるんが目的やったんちゃうか?」


「どうしてそう思うんだい?」


「日本最大の未踏破迷宮、富士ダンジョン。あんたの最終目標はそこの踏破や。琵琶湖ダンジョンはその前哨戦。ダイダラボッチ伝説があるように琵琶湖と富士山には密接な関係がある。富士ダンジョン攻略には、琵琶湖ダンジョンの攻略が必要不可欠やって冒険者の頃から協会に訴えかけてたのはあんたやろ。……あの二人が琵琶湖と富士、二つのダンジョンを攻略するジョーカーになると踏んどるんちゃうかと思ってな」


「……さぁ、どうだろうね。そうなってくれたらボクとしてもありがたいかな」


 あえてハッキリと明言はせず、唯人は肯定的な返事をする。実際のところ、恋澄の推測は半分正解だった。


 日本に残る未踏破迷宮は残り5つ。北海道の知床ダンジョン、青森県の恐山ダンジョン、山梨県と静岡県にまたがる富士ダンジョン、滋賀県の琵琶湖ダンジョン、そして熊本と大分にまたがる阿蘇ダンジョン。


 その内、最も攻略が進んでいないのが琵琶湖ダンジョンと富士ダンジョンの二つだ。この二つのダンジョンは古事記に記されているほど古くから攻略が始まっていたダンジョンだが、1300年以上が経った今でも全体のおよそ五割しか攻略が進んでいないとされている。


 特に琵琶湖ダンジョンは湖の底にあるため水没している箇所も多く、攻略には冒険者だけでなく様々な物資や機材が投入されている。


「ま、琵琶湖ダンジョンの攻略に協会が本腰入れてくれるならうちらも万々歳やけどな。今は人も物資も足りてへん。っつーわけで、そこら辺の支援頼むわ」


「検討しておくよ」


 お偉いさんたちは喉元の贅肉のせいで首を縦に触れないだろうがね、と心の中で付け足しておく。


「そんなら仕事も終わったし、うちらそろそろ行くわ。この後、舞桜ちゃんたちと夢の国行く約束しとるし。あ、あんたの妹も一緒やで」


「そうなのか。妹と仲良くしてあげてくれ。ホテルの予約は必要かい?」


「そこまで世話にはなれへんて。後で帰りの新幹線代だけ請求させてもらうわ」


 そう言って去っていく恋澄と愛良を見送った唯人は、タブレット端末を手にして先ほどの模擬戦闘の映像を見る。繰り返し、何度も巻き戻し、脳に焼き付けるように見るのは土ノ日勇と愛良アンナの一戦だった。


「……琵琶湖ダンジョンも富士ダンジョンも通過点だよ。君ならダンジョンの先に広がる世界へボクを連れて行ってくれるんじゃないか……?」


 淡い期待を抱きながら、唯人はタブレット端末の画面に映る少年へ熱い眼差しを送り続ける。



〈作者コメント〉

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