第18話 怪しいバイト疑惑
新宿ダンジョンでの騒動から数日後の金曜日の夜。リビングのソファに座って映画を見ていると、ローテーブルに置いておいたスマホに通知が入った。
冒険者アプリの通知だな。
対面のソファに寝転がっている妹の小春に、スマホの画面を見られないように注意しながら通知を確認する。どうやらチャット機能に新野からメッセージが届いたらしい。
マオ『今日も付き合ってくれてありがとう。明日は9時半に新宿駅集合と決めたけど、問題なかったかしら?』
帰り際に決めた明日の予定を確認したかったようだ。相変わらず律儀な奴だな。
イサム『大丈夫だ。明日も頑張ろう』
マオ『OK(パンダのスタンプ)』
新宿ダンジョンでの騒動の翌日から、俺と新野は冒険者ランクを上げるためのクエストを受け始めた。Gランクで受けることが出来るクエストの内容はダンジョン内に生成される鉱石や薬草の採取が主になる。
難易度が低い分、得られるクエストポイントは少ない。一日3件のペースでクエストを達成してきたが、Fランクまではまだまだ時間がかかりそうだ。
そんな中で明日は念願の土曜日。学校がないから丸一日ダンジョンに潜っていることができる。これまでの依頼達成のペースを考えれば、明日明後日で20件はクエストを達成できるだろう。
冒険者アプリからは今募集されているクエストの一覧も見れるので、手頃そうなクエストを幾つかブックマークに保存しておく。Gランクは恒常クエストが多いため、これらは明日になって募集が締め切られる心配がほとんどない。
これまで新宿ダンジョンだけで活動してきたが、明日は池袋ダンジョンに入ってみるのもありかもしれないな……。
他にも霞ヶ浦や小田原などへの遠征も視野に入れていいかもしれない。これはゴールデンウィークあたりに計画を立ててみるのもありだな。明日、新野に相談してみよう。
なんて考えながらスマホを弄っていると、
「おにぃ、もしかしてこの間の彼女?」
ペンギンのぬいぐるみを抱えてちょこんとソファに座った小春に尋ねられた。
「いや、いつの彼女だよ。新野のことを言ってるならあいつは彼女じゃない」
「え、そうなの!? 彼女じゃないのに家まで迎えに来てごはん食べて行ったんだ、あの人……」
「あれは父さんと母さんが悪い」
新野もさすがにはじめは遠慮していたらしいからな。父さんと母さんに押し切られて断り切れなかったそうだ。
「まあ、あんなに綺麗で美人な人がおにぃの彼女なわけないもんね」
「その俺が傷つくだけの納得の仕方やめろ?」
確かに新野は俺も時々目を奪われるほどの美少女だが、俺とまったく釣り合っていないかといえばそうでもないはずだ……た、たぶん。
ただまあ、前世のこともあって新野を恋愛対象として見られるかといえば難しい気がする。前世に引きずられないように、と注意しながら生活してはいるが、こればっかりはどうにもこうにもといった状態だ。
「そっか、あの人は彼女じゃないんだ……。じゃあおにぃ、最近帰りが遅いけどどこ行ってるの?」
「どこって……」
ダンジョン……なんて小春の前では口が裂けても言えない。冒険者になったことを知られたらいったいどんなことになるか。
「あやしい」
「そ、そんなことはないと思うぞ……?」
「そういえば最近ケーキもよく買ってきてくれるし、妙に羽振りがいい気もする」
「ぐっ……」
クエストでそれなりの収入ができたから財布の紐が緩んでいるのも確かだ。特にこの間の新宿ダンジョンの騒動では、騒動解決への協力金として二十万もの大金が協会から口座に振り込まれていた。気を付けているつもりだったが、不審がられても仕方がない。
「おにぃ、もしかして変なバイトに手を染めたんじゃ……?」
「……そ、そんなわけねぇだろ。け、健全なバイトだよ」
「やっぱりバイト始めたんだ……! どこで? なんのバイト?」
「そ、それはだな……」
興味津々な様子で尋ねてくる小春になんと答えていいものかと四苦八苦していると、手に持っていたスマホが振動してお馴染みの着信音が鳴り始めた。
「おっと店長からだ!」
「あ、ちょっとおにぃ!」
これ幸いとリビングから逃げ出して急いで自室に戻る。スマホの画面を確認すると、着信の相手は秋篠さんだった。
「もしもし秋篠さん? ありがとう、ナイスタイミングだ」
『もしも――ふぇっ? ど、どういたしまして?』
通話口の向こうで首を傾げている秋篠さんが安易に想像できる。
「ところで、こんな時間にどうしたんだ?」
『え、あ、うん。夜遅くにごめんね。いま大丈夫だったかな……?』
「ああ、問題ないよ」
むしろ小春の追求から逃れることができて助かったくらいだ。
『よかった……。それじゃあ、えっと……。新野さんには先にもう伝えたんだけど、土ノ日くんと新野さん宛に冒険者協会の人から言伝を頼まれたの』
「言伝? 冒険者協会からか?」
『うん。この前の新宿ダンジョンでの一件のことで話があるから、冒険者協会に来てほしいって』
「…………やっぱりまずかったか、あれ」
『……たぶん』
あれとは、ダンジョンへの立ち入り制限を無視して電車内から飛び出した件のことだ。防犯カメラにはばっちり映っていただろうし、途中で何人もの冒険者とすれ違った。そしてイービルウルフの大群を倒した後には、救援に来た冒険者とも言葉を交わしている。
あの後、冒険者協会の施設でシャワーを借りて血まみれになった制服のクリーニングまでしてもらった。言い逃れができる状況じゃ間違いなくない。
音沙汰がなかったので不問にされたかと思っていたが、……そう甘くはないよなぁ。
『明日、わたしも同行するから三人で冒険者協会の本部に行こう……ね?』
秋篠さんの声音は、逃亡犯に自首を促す人のそれだった。
〈作者コメント〉
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