第19話 冒険者協会
翌日、俺と新野は秋篠さんに連れられて冒険者協会本部ビルの目の前にまで足を運んでいた。さすが霞が関だけあって駅の周辺はスーツ姿の大人が多いが、冒険者協会本部ビルの前には制服姿の学生や装備を着込んだ冒険者の姿も多い。仕事や学校が休みの日にステータス測定や武器などの買い物に訪れているのだろう。
「……ねぇ、本当に行かなきゃいけないの?」
行きの電車の中からずっとごねていた新野が、ここに来てまた俺と秋篠さんの制服の裾を引っ張ってくる。
「呼び出されてるんだから行かなきゃ拙いだろ、さすがに」
「でも、あたしたち頑張ったもん。いっぱいモンスター倒したもん。それで怒られるなんて納得いかないわよぅ」
「それは結果論だしなぁ……」
新野が言いたいこともわかるが、それが許されたら世の中何でもありになってしまう。いちおう冒険者協会からは協力金という形で報酬は支払われているのだ。そのうえでルール違反の罰が与えられるのであれば、それはちゃんと受けるべきだと俺は思う。
「というか、律儀な性格してるくせにこういうことには抵抗あるんだな」
「誰だって怒られるのって嫌でしょ。あたしは怒られるのも怒るのも嫌いなのよ。……ちなみに秋篠さん、あたしたちってどれくらい怒られそう……?」
おっかなびっくりといった様子で尋ねる新野に、秋篠さんは「うーん」と唇に人差し指を当てる。
「わたしもあんまり詳しくないけど、冒険者登録の停止と罰金になるのかなぁ。ただ、二人の場合はその後の活躍があるから情状酌量はされると思うけど……」
「ど、どんどんダンジョン攻略が遠ざかっていくわ……」
新野はがっくしと肩を落として項垂れる。こいつの目的である前世の世界へと戻って、勇者と魔王を殺した奴をぶん殴りに行くこと。その手掛かりを探して俺たちはダンジョン攻略を進めているわけだが、道のりは果てしない。
……ただ、ダンジョンに実際に潜ってみて思ったことがある。
ダンジョンの中でのみ得られるステータス。使える魔法。当たり前の日常としてこの世界に馴染んでいるが、前世の世界を知った今となっては違和感を覚えずには居られない。
ダンジョンはまるで、前世の世界がこの世界を侵食しているみたいだ。
「やあ、古都ちゃん。ようやく来たね」
新野を秋篠さんと引っ張りながら協会本部ビルに入ろうとしたところ、自動ドアが開き中からスーツ姿の若い男が現れた。
……誰だ?
「お兄様!?」
……お兄様?
「ど、どうしてお兄様がここに!?」
「それはもちろん君たちを出迎えるためさ。初めまして、土ノ日勇くん。新野舞桜さん。ボクの名は秋篠唯人。冒険者協会の会長をしている。よろしくね?」
秋篠さんのお兄さん……秋篠唯人は柔和な笑みを浮かべると、俺に向かって手を差し出してきた。
……隙がまったくないな。
一挙手一投足が洗練されている。その物腰の柔らかさとは対照的に、鋭い視線が俺と新野を値踏みするように向けられていた。
「……よろしくお願いします」
「……どうも」
それぞれと握手を交わすと、秋篠唯人は自らが差し出した手を見て微笑む。それに何の意味があるかはわからないが、前世の経験が警戒すべき相手だと訴えかけている。
「あ、あの……。どうしてお兄様が出迎えを……?」
「おや、言ってなかったかな? 土ノ日くんと新野さんの昇格試験をボクが受け持つことになったからね。せっかくだから期待のルーキーに挨拶をしておこうと思ったんだ」
「なるほど、それで…………えっ? 昇格試験ですか!?」
秋篠さんは目を見開きながら仰け反って驚いていた。
……昇格試験? この間の件でお叱りを受けるために俺たちは呼ばれたんじゃなかったのか?
「そうだよ。詳しい話は試験会場に向かいながら話そう。付いてきてくれ」
そう言って踵を返す秋篠唯人を、俺たちは一度顔を見合わせてから追いかける。
「我々冒険者協会は、先の一件での君たちの活躍を高く評価していてね。君たちが居なければ我々が組織した救援部隊は間に合わず、関所の防衛は突破されていただろう。もしかしたら新宿駅構内で魔獣災害が発生した可能性すらあった」
一階のエントランスを抜け、関係者しか通れなさそうなゲートを警備員に顔パスで通る秋篠唯人。俺たちはその後をおっかなびっくりとついていく。
「もしそうなっていたら大勢の人の命が失われ、こういう言い方は嫌われるかもしれないが冒険者協会の権威は失墜していただろう。我々冒険者協会は今、君たちに大きな借りを作っている状態だ。今回の昇格試験はその借りを返す一環でもある」
秋篠唯人が乗り込んだエレベーターに俺たちも入ると、エレベーターはゆっくりと地下へ下り始めた。
「これから行うのは君たちが持つ本来の実力に見合ったランク……Dランクへの昇格試験だ。合格すれば君たちはその瞬間からDランク冒険者というわけだね」
「……それだけってわけじゃないんでしょ?」
ぼそりと呟くように新野が尋ねる。すると秋篠唯人は「もちろん」と答えた。
「君たちの活躍がなければ大惨事が起こっていた。だが、本来ならあの場所に君たちは居るべきではなかった。ルールはルールだ。守ってもらわなければ困る。君たちの前例を知り、無茶をしでかして命を落とす馬鹿が出ないこと限らないからね」
だから相応の罰は受けてもらわなければならない、と秋篠唯人は話す。
「君たちには今回の昇格試験でリスクを負ってもらう。試験に合格できなければ冒険者資格の永久剥奪。そして、試験に合格したとしても協会に便宜を図ってもらいたい」
「俺たちを都合よく使おうってわけか」
「使える人材なら、という話さ」
……借りだなんだと言っておきながら、俺たちの弱みはがっちりと握ってやがる。この昇格試験自体、断った時点で即冒険者資格は剥奪だろうな。
「お兄様、それはいくら何でも!!」
「いいのよ、秋篠さん」
「に、新野さん……?」
兄に食って掛かろうとした秋篠さんを制して、新野は秋篠唯人と向かい合う。
「あたしたちはダンジョンを攻略するわ。その邪魔をしない限り、あんたに協力してあげる。……ただし、邪魔をしたら容赦はしないわよ」
「ダンジョン攻略はボクたちにとっても望むところだ。まずは君たちにその力があるのかを証明してもらおう」
やがてエレベーターが降下を止め、扉がゆっくりと開く。その先は長い廊下になっていて、突き当りには金庫扉のような分厚い鉄製の扉があった。
その扉が開いて中に入ると、体の感覚が一瞬で入れ替わる。
「ここ、ダンジョンか……?」
「新宿ダンジョンの一部がここまで伸びてきているんだ。それを利用してこの先に地下訓練場を作った。君たちにはここで――彼女たちと戦ってもらう」
訓練場で俺たちを待っていたのは、金色の髪の少女と、銀色の髪の少女だった。
〈作者コメント〉
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