第二章:新宿ダンジョン探索編

第17話 会議は踊らされる

 東京都千代田区霞が関。


 江戸幕府の迷宮奉行所跡地に建てられた冒険者協会本部ビルのとある一室で、一人の青年が集まった小太りの中年男性たちの前でタブレット端末を片手に報告を行っている。


「昨日、新宿ダンジョンで発生した魔獣災害(モンスターパレード)の発生原因は現在調査中です。Bランク冒険者を中心に調査団を組織していますが、現状の予算では人数が不足しそうですね」


 端末を操作しながらこれ見よがしに溜息を吐く青年……秋篠唯人(あきしの・ゆいと)は理事たちの反応を伺う。


 腕を組んで考える素振りを見せる者も居れば、露骨に目を逸らす者も居る。


(予算の調整は難しそうだね)


 仕方がなく何人かのCランク冒険者をリストアップすることにする。セミプロと呼ばれる彼らはBランク冒険者よりも安く依頼を受けてくれるため使い勝手がいい。


 難点は依頼を頼めば頼むほど彼らのBランクへの昇格が近づいてしまうことだが、今回はそうも言っていられない事態だ。


 長らく安全と思われていたダンジョンで発生した魔獣災害。幸いにも居合わせた冒険者たちによって人的被害はゼロに抑え込まれたが、冒険者協会のお膝元とも言える新宿ダンジョンで発生した異常事態に冒険者協会は早急の対応を迫られていた。


 目下の最優先事項は発生原因の特定。定期討伐が行き届かず、イービルウルフの異常繁殖を招いてしまったのか、それとも別の原因が何かあるのか。


 魔獣災害発生前日には小規模のボイドが発生し、上層に中層のモンスターが入り込むというインシデントも発生している。そちらとの関連も調べたいところだ。


 ……だが、そのためのマンパワーが不足している。万年資金不足だと言われている冒険者協会だが、果たして目の前に集まった理事たちの腹はいったい何で膨らんでいるのだろうか。


(まあ、その辺の粛清はいずれやるとして)


 今は目下の問題と、もう一つの議題について理事会に伺いを立てなければならない。


「それにしても本当なのかね、昨日の魔獣災害でGランクの冒険者が数十匹のイービルウルフを討伐したという話は」


 都合の悪い話を変えようとするように、理事の一人が発言をする。彼はどうも眉唾と思っているようで、言葉の節々に懐疑的な印象が滲み出ている。


「本当ですよ。ボクの妹の報告が信用できないとでも?」


 そんな彼に、秋篠唯人は笑みを浮かべて問いただす。報告元が唯人の妹だとまでは知らなかったのだろう、理事はバツの悪そうに唯人から視線をそらした。


「そ、そういうわけではないが……」


「確かに、妹から報告を受けた時にはボクも耳を疑いました。ですが、既に関所の防犯カメラの映像から報告が事実であることを確認しています」


「冒険者の間でも随分と話題になっているようですねぇ」


 武器や防具の流通部門と太いパイプを持つ理事が発言する。彼の情報収集能力は唯人も警戒しているほどで、冒険者の間で話題になっているのは間違いないだろう。


「彼らの功績は素晴らしい! この件をマスコミに大々的に報じさせれば我々のイメージアップに繋がるのではないか? そうすればスポンサーから資金が得られ、今回の件の原因究明に資金も当てられるようになる。我ながら一石二鳥の名案だ!」


 協会の広報部門出身の理事の発言を、他の理事たちは「それはいい!」と歓迎した。その腹の内は、スポンサーから得られた資金をどれだけ懐に収められるかという算段をしているに違いない。


 だが、その案を通すわけにはいかない。


「冒険者はあくまで個人事業主です。本人たちの許諾もなく客寄せパンダにはできません。そもそも今回の件を大々的にマスコミが報じれば、我々の責任問題を問われる可能性があります。彼らは有名になり名声を得るでしょうが、そのおこぼれを冒険者協会が得られるとは限らない」


「う、うむ……。それは確かにそうかもしれぬな。ただでさえマスコミの報道は反冒険者協会に偏っている節もある」


「件の冒険者のみがスポンサーを得て、我々は非難されて終わることもあるということか……」


 そうなれば理事たちにとっても都合が悪い。今回の魔獣災害は幸い死者が出なかったことで、マスコミもそこまで騒ぎ立てているわけではなかった。藪をつついてわざわざ蛇を出す必要はないと彼らも思っただろう。


(彼らを客寄せパンダにされたらボクにとっても都合が悪い)


 いちおう釘を刺しはしたが、理事の中にはそれでもマスコミにリークしようとする者が居るかもしれない。それを防ぐためには、彼らにとって都合のいい道筋を提示する必要がある。


 端末を操作し、唯人は会議室のモニターにとある資料を表示した。


「数多の冒険者のステータスを見てきた皆様なら、彼らのステータス値の異様さがお判りでしょう。レベル一桁でこの水準は過去記録されてきたどの冒険者よりも高い。現時点でステータスだけならばDからCランクの冒険者に相当している。そんな彼らを、ただの広告塔としてだけ利用するなんて勿体ないとは思いませんか?」


 唯人の問いに、理事たち全員が頷かざるを得なかった。それくらいこの二人のステータスは常軌を逸脱している。


「このままのペースで彼らが成長すれば、ステータス値はすぐにSランク冒険者に匹敵するでしょう。冒険者ランクの上昇と比例しない速さでね」


 その結果どうなるか。


 本来、冒険者ランクはステータスの平均的な成長速度に合わせて設定されている。それは冒険者を不必要な危険から遠ざけるための措置であり、結果的にランク制度を導入してから冒険者の死亡率は大幅に減少するという成果も得られた。


 平均を遥かに逸脱した成長を見せる彼ら二人は、成長速度にランク上昇が追い付かない。その結果生まれるのは、高ランク相当の実力を持つ低ランク冒険者。資金不足に喘ぐ今の冒険者協会にとって最も都合がいい存在である。


 唯人の提案に理事たちは諸手を挙げて賛成した。そして今回の魔獣災害の発生原因究明にも彼らを利用しようという意見まで出てくる。初めからその算段をつけていた唯人は、この無駄に時間を浪費する会議をさっさと終わらせるべくまとめに入った。


 その一方で脳内では様々な策略を巡らせる。


(彼らを利用するその前に。その実力は本物か、試してみる必要があるね)

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