第15話 関所への襲撃
新宿ダンジョンを全力で走り抜けた秋篠は、ものの5分ほどで上層と中層を隔てる関所へ辿り着いた。
(よかった、防壁が崩れたわけじゃない……!)
目に見える範囲でコンクリート製の分厚い防壁が崩れた様子はない。だが、施設からはところどころ黒煙が上がり、関所の内部では各所で駐留していた冒険者と黒毛の狼型のモンスターとの戦闘が発生している。
関所を襲ったのは中層に生息する狼型のモンスター、イービルウルフ。
秋篠も何度かクエストで討伐したことのある、中層では比較的脅威度の低いモンスター……単体ならば。
(数が多すぎる……!)
関所に侵入したイービルウルフは、ざっと見渡しただけで五十~八十匹。防壁の向こう側にはさらに多くのイービルウルフが居るかもしれない。
関所には協会が契約したBランク冒険者が交代制で常に五人以上駐留しているが、彼らはその圧倒的な物量に圧し潰されようとしていた。このままでは関所を突破されるのも時間の問題だった。
(それでも!)
秋篠は脇差を腰の位置に構えて鯉口を切る。
この事態を受けて協会が冒険者に応援要請をし、その第一陣が到着するまでにかかる時間は少なくとも一時間。それまでにこの場で出来る限りの足止めをすれば、それだけ被害を最小限に抑えることができる。
(最後に土ノ日くんと過ごせてよかった)
人知れずこの世を去る冒険者は大勢いる。そんな中で、少なくとも秋篠がこの場に居合わせたこと、大勢のモンスターに立ち向かったこと、それを知ってくれている人が居る。ほんの些細な救いだけれど、それだけで十分だと秋篠は思う。
「迷宮奉行魔獣討伐頭筆頭――秋篠家二十八代目当主が娘、秋篠古都。推して参ります!!」
鞘から刀身を抜き放ち、向かってくるイービルウルフを切り伏せる。
(軽い……っ!)
黒色の毛皮と中の肉を切り裂いた秋篠は全身にまとわりつく違和感に眉を顰めた。
いつもダンジョンで振り回している大太刀とはあまりにも感覚が違いすぎる。
日本刀に比べて刀身が短い脇差は確かに小柄な秋篠には扱いやすい。スペアの武器として周囲から勧められたのも納得がいく。だが、いかんせん扱いなれた武器との違いがありすぎてどうにも体が馴染まない。
ならば同じ大太刀を用意すればよかったかといえばそれも違う。寸借から重さまでまったく同じ大太刀ならば問題ないが、少しでも違いがあればこれまで作り上げてきた感覚に狂いを生んでしまう。
感覚の狂いを避けるためには、普段の大太刀とまったく違う武器を使う必要がある。そのために選ばれたのが、刃渡り二尺(60cm)に満たない脇差だった。
扱い慣れていない脇差を振るい、秋篠は飛び掛かってくるイービルウルフを次から次へと斬っていく。一振りで止めまでは刺せないものの、秋篠は着実にイービルウルフの数を減らしていった。
刀の扱い方は子供の頃から叩き込まれている。それを思い出しながら、秋篠は刀を振るい続けた。
そうして、何体のイービルウルフを斬った頃だろうか。
「あ、れ……?」
周囲に群がるイービルウルフたち。その数は、いつしか秋篠が到着した頃よりも増えているような気がした。無我夢中で襲ってくるイービルウルフを斬り続けた秋篠だったが、ふと我に返ってその事実に気づいてしまう。
その絶望的な光景に、張り詰めていた緊張の糸が一瞬だけ途切れる。
「しまっ――」
正面から飛びかかってきたイービルウルフを斬った瞬間、ほぼ同時に背後から飛びかかってきたもう一匹への対処が遅れた。鋭い爪と牙が秋篠を捉えることはなかったが、一メートルを超す巨体が秋篠に圧し掛かるように激突する。
「が、はっ……!」
衝撃に吹っ飛ばされた秋篠は地面をゴロゴロと転がった。幸いにも致命傷は受けていない。ステータスが強化された肉体はこの程度では悲鳴を上げず、秋篠はすぐさま起き上がろうとして、
「え……?」
手に持っていたはずの脇差がどこにもないことに気が付く。視線を向ければ、二メートルほど先に脇差が落ちていた。
手を伸ばせば届きそうな距離。だが、それがどうしようもなく遠く絶望的な距離だと秋篠は理解していた。
この隙をイービルウルフたちは逃さない。武器を失った秋篠は彼らにとって、ただの餌へと成り果てた。
「……あ、あぁ」
一体のイービルウルフが秋篠へ向かって飛びかかる。その光景はスローモーションのようにゆっくりと流れて、秋篠の脳裏にはこれまでの人生で体験した出来事が幾つも浮かんでは消えていった。
両親や兄たちとの厳しい鍛錬の日々、綾辻や水瀬とダンジョン攻略に勤しんだ日々、そして土ノ日と新野と過ごした今日の出来事。
それらの光景が走馬灯のように脳裏を駆け抜けて、秋篠はギュッと目を閉じた。
「たすけて……、助けて、土ノ日くん……っ!」
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
ドゴッ……と鈍い音が秋篠の耳朶に響く。
いつまで経っても訪れない痛みに秋篠がおそるおそる目を開くと、そこにはまな板を背負った背中があった。
「無事か、秋篠さん?」
「つ、土ノ日くん……?」
そこに立っていたのは、鍋を頭に被って二枚のまな板を前と後ろに装着した想い人。
どさりと一体のイービルウルフが血の泡を吹きながら倒れる。土ノ日の持つヒノキの棒で殴り飛ばされたのだ。
「ど、どうして土ノ日くんが居るの……?」
Dランク以下の冒険者にはダンジョンからの退避が勧告されている。今日冒険者登録をしたばかりの土ノ日がこんな場所に居るはずがなかった。
秋篠の疑問に、土ノ日は周囲のイービルウルフに注意を向けながら素っ気なく答える。
「そんなの、秋篠さんが心配だったからに決まってるだろ」
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