第14話 緊急魔獣災害警報

「どうにかして裏道的なものを見つけられないかしら? Dランクあたりの冒険者に決闘を挑んで実力を示すとか」

「け、決闘は犯罪になるよ、新野さん……」


 口元に拳を当てまじめな表情で考え込む新野だったが、秋篠さんに冷静に窘められていた。


 前の世界ならともかくここは法治国家日本である。新野のアイデアには俺も惹かれるものがあったが、実力を示す機会は訪れなさそうだな。


「くそぅ、地道にやっていくしかないかしら」

「俺たちだってまだまだ実力不足だ。急いでるわけでもねぇんだし、地に足をつけてやっていくには丁度いい機会だと思おうぜ」


「…………はぁ。それもそうね」


 こういうことはえてして近道を探すよりも、地道に真っすぐ進んだほうが事も早く進むものだ。クエストも一つ一つ達成していけば、意外とすぐに昇格できるかもしれない。


 それに何より、クエストの達成報酬でちょっとずつでも稼いで早くこの冗談みたいな装備から卒業しねぇとな。


「クエストはアプリからも受注できるから、今日はこの鉱石採取の――」


 秋篠さんがスマホの画面を俺たちに見せようとした、その時だった。




『ご、ご乗車中のお客様にお知らせいたします! たった今、新宿ダンジョン全域に緊急魔獣災害警報が発令されました! 繰り返します、新宿ダンジョン全域に緊急魔獣災害警報が発令されました!!』




 唐突に鳴り響いた車内アナウンスに、車両内が静まり返った。


 魔獣災害……通称モンスターパレード。ダンジョン内からモンスターが外へと現れ、周辺地域に大きな被害をもたらす災害の総称を指す言葉だ。


「魔獣災害警報ってダンジョンの外で発令される警報よね? ダンジョンの中でどうして発令されたのかしら?」


「……たぶん、関所がモンスターの襲撃にあって突破されそうになってるんだと思う」

「上層に中層のモンスターが現れそうになってるってことか」


 新宿ダンジョンの上層は昨日の俺たちのように、冒険者でなくても入ることができてしまう。駆け出し冒険者や観光目的の人々も多いから、こうやって警報を発令して避難を促しているわけか。




『緊急魔獣災害警報の発令に伴い、新宿ダンジョン全域にDランク以上の立ち入り制限が発令されました。本列車は新宿ダンジョン駅に到着後折り返し運転を行います。Dランク未満の冒険者の方は車両の外へ出ないようご注意ください』




 駅に到着するまで繰り返し、低ランクの冒険者に車両外へ出ないよう注意を促すアナウンスが続けられた。


 俺と新野はGランクだから、このまま折り返す電車に乗り続けなきゃいけないわけだ。


「タイミング悪いわねぇ、まったく。出鼻を挫かれた気分だわ。秋篠さん、新宿以外にもGランクで入れるダンジョンってあるかしら? 近くにあるならそっちに移動しましょ」


「…………ごめんなさい、新野さん」


 秋篠さんは新野に向かって頭を下げると、脇差を抱えたまま座席から立ち上がった。


「秋篠さん……?」

「えっと、ごめんね? 今日はこのままここで解散ってことでいいかな?」


「解散って、ここで?」


 新野が浮かべた疑問符に秋篠さんは首肯する。列車はちょうど減速のブレーキをかけ始め、トンネルの向こうに新宿ダンジョン駅の明かりが見え始めていた。


「もしかして降りるつもりなのか?」


 俺が尋ねると、秋篠さんは扉の前に移動しながら答える。


「このまま関所が突破されたら逃げ遅れた人たちが襲われちゃうかもしれない。それに、応援が来るまで誰かが時間を稼がないと、外にモンスターが出て大変なことになっちゃう」


「…………モンスターパレードか」


 俺たちが乗る列車が通ってきたトンネルは、新宿駅に直結している。モンスターがそのトンネルを通って外に出れば、そこは数千人の人が行きかうターミナル駅だ。いったいどれだけの被害が生まれるか、考えるだけで寒気がする。


「わたしはCランクだから、魔獣災害時の初期対応に参加する義務もあるの。ごめんね、土ノ日くん、新野さん。この埋め合わせは今度するから、また明日学校で!」


 タイミングよく開いた扉の向こうへ秋篠さんは駆け出してく。


 俺と新野が見送る先で、小さな背中はどんどん遠ざかっていった。

 

 …………………………。


「……ねぇ、あんたが考えてること当ててあげましょうか?」


「別にわかってるならわざわざ言う必要ないだろ。それと、付き合う必要もないぞ。俺一人で十分だからな」


「あんたそれ本気で言ってるならとんでもないバカよ。自分のステータスわかってるわけ?」


「お前だけには言われたくないんだが」


 どちらともなく電車から降りた俺たちは、秋篠が向かった方角へ走り出す。


「付き合う必要はないって言っただろ」

「あんたこそ、無理せず電車の中で震えて待ってなさいよ」


「それはこっちの台詞だ。新野の方こそ大人しく待ってろ」

「嫌よ! 秋篠さんには今日のこと、まだありがとうって言えてないんだから!」


「律儀な奴だなぁ、ったく!」


 明らかに初心者丸出しの格好をした俺たちを見て、すれ違った冒険者が何人か声をかけてきたがそれを全部無視してダンジョンを走り抜ける。


 俺たちの今の実力じゃ、電車内に居るべきなのは重々承知している。それでも、俺と新野が秋篠さんを追いかけるのは、この状況に彼女を巻き込んでしまった責任を感じているからに他ならない。


 列車の外へ行く時の、秋篠さんの表情。それを俺はよく知っている。


 前の世界で戦場に散っていった何千何万という兵士たち。彼らが戦地へ赴く時の、死への恐怖を強引に抑え込んだ表情だ。


 応援が来るまでの時間稼ぎと秋篠さんは言った。それがどれだけ危険な行為なのかを想像するのはそう難しいことじゃない。


 俺と新野は、そんな場所に彼女を放り込んでしまった。


 俺たちが彼女を巻き込まなければ、少なくとも秋篠さんは今この場所に居合わせなくて済んだはずだったのだ。


「こんなことになるなら今日は大人しく家に帰るんだったわ!」

「激しく同意だ。今更言っても遅いけどな!」

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