第16話 躍動する元勇者と元魔王

「そんなの、秋篠さんが心配だったからに決まってるだろ」

「…………っ」


 かっこいい。


 思わず脳が蕩けそうになった秋篠は、いやいやいやと頭を振る。


「だ、ダメだよ早く逃げて!」

「秋篠さんを背負って逃げれるならそうするけどな……」


 既に二人の周囲はイービルウルフに囲まれている。土ノ日は一瞬の隙を突いてこの包囲網を突破してきたが、さすがにこの状況からの脱出は望めないだろう。


「まずはこいつらの数を減らす。それまで待っていてくれ」

「ま、まさか戦うつもりなの!? そんな装備じゃ無茶だよっ!」


 頭には鍋。胴と背中にはまな板。手に持っている武器はヒノキの棒とフライパン。無茶というよりもはやギャグでしかない格好で、土ノ日は右足を引いて半身の体勢を取る。


 それが戦い慣れした者の構えだと、秋篠は瞬時に理解した。


「この程度の無茶なんて、無茶の内にも入らないさ。素手でサラマンダーに挑んだ時よりはずっとマシだ」


「え、さらまん……え?」


 何を言っているのかまったく理解できなかったが、とにかく土ノ日が戦う気だというのは伝わってきた。無茶というより無茶苦茶だ。


(どうしよう……!?)


 土ノ日を巻き込むつもりはなかった。秋篠は必死にこの状況を打開する策を考える。


 だが、イービルウルフたちは待ってくれない。突然の乱入者の登場に警戒していた彼らだったが、その内の一匹が土ノ日へ向かって飛びかかった。


「土ノ日くん!」

「はぁあああああああああああああああああああああっっっ!!!」


 イービルウルフに向かってヒノキの棒を振りぬく土ノ日。イービルウルフの頭部に殴りつけたヒノキの棒はパァンッ‼と銃声のような音を立てて根元で粉砕された。


「やばっ……!?」


 さっそく武器を失った土ノ日に別のイービルウルフが襲いかかる。その黒い毛皮を、炎の槍が貫いた。


 ゴォッ!!っと全身を燃え上がらせたイービルウルフは仲間の一匹を巻き込んでぶっ飛んでいく。その光景を何が起こったかわからず見つめていた秋篠の耳に凛とした声が届いた。


「ったく、走るのが早すぎるのよあんたはっ! ようやく追いついたと思ったらピンチに陥ってるし、本当に世話が焼けるわね!」


「に、新野さんまで!?」


 土ノ日に続いて新野まで現れて、秋篠にはもう何が何だかわからない状況だった。夢でも見ているのではないかとさえ思えてくる。


(というか今のなに……!?)


 燃え盛る肉塊と化した二匹のイービルウルフ。炎の槍が貫いたように秋篠には見えたが、ここまでの威力の魔法を秋篠は見たことがなかった。


「数が多いけど、強力な魔法は魔力(MP)が足りないし……。〈ファイヤランス〉! 面倒くさいけど一体ずつ倒すしかないわね……!」


 そう独り言を口にしながら放たれた炎の槍でまた一匹のイービルウルフが吹っ飛ばされる。その威力に、秋篠は開いた口が塞がらなかった。


「秋篠さん、これ借りるぞ!」

「へっ?」


 新野の魔法に目を奪われているうちに土ノ日が秋篠の落とした脇差を拾い上げる。彼は脇差を持って軽く何度か振るうと、


「良い感じだ」


 そう呟いてイービルウルフに斬りかかった。


 新野の魔法に注意を引かれていたイービルウルフたちは、突如として斬りかかってきた土ノ日に混乱する。そこへさらに炎の槍が飛来し、秋篠の目の前でイービルウルフはどんどん数を減らしていった。


「どうなってるの……?」


 思わずそう呟いてしまうほどに、目の前の光景は異様だった。今日ついさっき冒険者登録をしたばかりの素人が、Dランクの立ち入り制限がある中層に生息しているイービルウルフをバッタバッタと薙ぎ払っている。


 新野の魔法もそうだが、秋篠の目を惹いたのは土ノ日の動きだ。彼は一切の抵抗もなく脇差を振るい、イービルウルフを次々に斬り続けている。それはおよそ常人にはできないことだ。


 モンスターといっても生き物。冒険者がまず初めにぶつかる壁は、いかに生き物を殺すことへの躊躇いを無くすかという点だと言われている。特に銃や弓ではなく刃物をメインの武器とする場合、モンスターを斬れるようになるまで随分と時間がかかることも少なくない。


 土ノ日の動きは秋篠の目に、慣れた者の動きに映った。


 モンスターと戦い慣れている。


 刃物を扱い慣れている。


 生き物を殺し慣れている。


 いったいどこで、いつ、身に着けたのだろうか。


 どんどん数を減らしていったイービルウルフだったが、ようやく混乱から立ち直って他の冒険者を襲っていたイービルウルフたちも土ノ日と新野に狙いを集中させるようになった。


 二人はそれぞれ迫りくるイービルウルフたちを蹴散らしながら合流し、互いにもたれかかるように背中を預ける。


「おい、魔王。そろそろ魔力が尽きて来た頃じゃないか?」

「あんたの方こそ息が上がってるわよ、バカ勇者」


 二人とも肩で息をして辛そうに表情をしかめながら軽口を叩きあう。


(まおう? ゆうしゃ……?)


 お互いのあだ名か何かだろうかと秋篠は首を捻ったが、今はそれどころではないと頬を叩いて関所の施設の方へ走った。


 土ノ日と新野がイービルウルフを引き付けてくれている内に武器を取りに向かうためだ。関所の防衛に努めていた冒険者たちも、今のうちにポーションで回復を行って反撃の機会を伺っている。


 秋篠は施設に余っていた剣を借り、他の冒険者たちと共に土ノ日と新野が引き付けていたイービルウルフたちに斬りかかった。


 それから十数分後、最後のイービルウルフがBランク冒険者の斧で首を落とされ倒れたのを見て、戦っていた全員がその場に倒れこんだ。


 秋篠も仰向けに倒れながら荒れた息で呼吸を繰り返す。噎せ返るような血の匂いが立ち込める周囲には無数のイービルウルフの死骸が転がっており、時折肉が焼けた匂いも漂ってくる。


 秋篠はゆっくりと上半身を起き上がらせて、どこよりもイービルウルフの死骸が積み重なっている場所を見やる。


 その中心には大の字で寝転がる土ノ日と新野の姿があった。


「ねぇ、勇者」

「なんだよ、魔王」


「あんたに付き合ってたら命がいくつあっても足りないわ」

「ダンジョン攻略に付き合ってるのは俺の方だけどな」


 ダンジョンの天井を見ながら、土ノ日と新野は互いの拳を打ち付けあう。


 そんな二人を、秋篠は何とも言えない表情で見届けるのだった。



〈作者コメント〉

ここまでお読みいただきありがとうございます('ω')ノ

♡、応援コメント、☆、フォロー、いつも執筆の励みとなっております( ;∀;)

少しでも面白いと思っていただけていましたら幸いですm(__)m

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る