第7話 予期せぬ拾い物
「今回のクエストは上層に侵入したコボルドの討伐と、侵入経路の捜索だ」
三人だけの車両内で、綾辻は席に座って長い足を組む。彼女のすぐ隣には猫柄の可愛らしい弓袋が立てかけられていた。
「冬華先輩、侵入経路ですか……? あ、そっか。上層と中層の間には関所がありますもんね。中層に生息するコボルドが上層に出たってことは、関所を突破したか別の道を通ったか」
片手で吊革にぶら下がりながら、水瀬は口元に拳をあてる。彼女は背中にギターケースを背負っており、その中にはギターではなく彼女の愛銃が二丁収められている。
「そ。関所からモンスターの突破を許したという連絡は来ていない。協会は上層と中層の間にボイド(吹き抜け)が発生したと見ているんだ。コボルドを発見し討伐したのち、我々はボイドの捜索を行う」
「うぇ~……。あのだだっ広い上層を美奈津たちだけで捜索するんですかぁ? 朝帰り確定ですよぅ」
「さすがに夜になれば社会人主体のパーティが引き継いでくれるよ。我々はあくまで初動を任されただけだ。ボイドの捜索よりも、コボルド討伐がメインだと考えていればいい」
「なるほど、それで美奈津たちですか」
まだ社会人の終業時間には少し早い時間帯。冒険者協会に所属する冒険者のほとんどが本業や学業の傍らで活動しているために、この時間帯に協会が動かせる冒険者は限られてくる。
今回のクエストで言えば討伐対象がDランクのコボルドであるために、動かせる冒険者もDランク以上に限られる。なおかつ時間帯的に社会人ではないことが条件に追加されるため、真っ先に白羽の矢が立ったのが学生三人組かつCランク冒険者で構成されている秋篠たちのパーティだった。
仮に秋篠たちが断っていたら、協会はきっと大金を払ってBランク以上のプロの冒険者を雇う羽目になっていただろう。
S~Bランクの冒険者は冒険者稼業で生計を立てるプロの冒険者たち。
腕は確かだが、協会からのクエストであっても報酬が低ければ受けてくれない。財政的に厳しいところがある冒険者協会なので、安い報酬でもクエストを受けてくれるセミプロと呼ばれるCランクの冒険者が協会からは重宝される。
Cランク冒険者側としても、Bランクに昇格する条件に協会からのクエスト受注が含まれるため、協会からのクエストは大歓迎だった。
「冬華ちゃん、そのコボルドって何匹確認されてるの?」
「通報では三匹だったらしいけど、それだけとは限らないだろうね」
仮に上層と中層の間にボイドが発生しているのだとしたら、穴を埋めない限り中層からどんどんモンスターが湧いて出てくる。秋篠は抱えていた大太刀をギュッと握りしめた。
電車はものの五分程度でダンジョン内の駅へと辿り着く。車両から降りた三人はさっそくコボルドが目撃されたというエリアへと向かうことにした。
と、その前に。秋篠は二人から少し距離をとって大太刀を鞘から抜き放つ。両手で持って構えると、ダイナミックな動きで軽々と振り回した。
「調子よさそうですね、古都ちゃん先輩!」
「相変わらず見事なものだね」
ぱちぱちと美奈津と冬華から感嘆の拍手を受け、秋篠は照れ臭そうに頬を染めながら大太刀を鞘へと戻す。新宿駅ではあれだけ重そうに両手で抱えていた大太刀を、秋篠は片手で持って仲間たちのもとへ駆け寄った。
ダンジョンが全ての生物にもたらす恩恵――レベルアップによるステータス上昇の効果だ。その効果はダンジョン内でのみ発現し、ダンジョンでモンスターを殺せば殺すほどにレベルが上がりステータスは大幅に強化されていく。
冒険者協会の公式アプリではレベルとステータスが可視化されており、秋篠古都のステータスは以下の通りだ。
秋篠古都(Cランク):レベル28
HP:465 MP:102 攻撃力:437 防御力:344 魔力:0 器用さ:330 素早さ:429
ステータスは魔力以外軒並み300を超え、特に攻撃と速度の値が400越えと突出して高い。Cランク冒険者の中でも秋篠は指折りの実力者の一人である。
秋篠のウォーミングアップも済んで、三人は新宿ダンジョン上層の探索を開始する。
三十分ほど探索したところで、先頭を歩いていた水瀬が立ち止まった。
「美奈津ちゃん?」
「……200メートル先に何かあります。先行しますか?」
「いいや、三人で近づこう」
綾辻の指示で、秋篠と水瀬は各々の武器を構えて慎重に足取りを進めた。
けれど、ほんの十数秒後に彼女たちは拍子抜けすることになる。
「死んじゃってますね、コボルドたち」
既に息絶えたモンスターの亡骸を見下ろして、水瀬はどこかつまらなさそうに言う。
「目撃情報にあったコボルドかな……?」
「おそらくはそうだろうね。どうやら偶然エンカウントした冒険者が討伐してしまったようだ。……けど、少し不自然だ」
コボルドの死骸を注意深く観察していた綾辻は、秋篠の言葉に同意しつつも疑問を口にした。
「見てごらん、こっちのコボルドは脳天に大穴を開けられて、このコボ
ルドは左の脇腹から杭のようなもので突き刺された傷が残っている。そして、三匹目はあれだ」
綾辻が指さした先、ダンジョンの壁に黒い炭のようなものがこびりついていた。その傍らにはぐにゃりと歪に曲がったツルハシのようなものが落ちている。
「あれが三匹目。高温の炎魔法で焼かれたんだろう」
「うげっ!? あれ、コボルドの焼死体ですか!?」
「おそらくね。そして、この二匹の傷跡から察するに討伐に使われた武器はツルハシだと思う」
「わざわざコボルドからツルハシを奪って殺したってことですか? あんな、コボルドを消し炭にできる炎魔法が使えるのに?」
「同一人物の仕業かはわからないけれど、ほら不自然だろう?」
「確かに……!」
水瀬と綾辻はコボルドの死骸を観察しながら、コボルドを討伐した冒険者についてあーでもないこーでもないと議論を始める。
秋篠もコボルドの死骸をより近くで見ようとして、ふと足元に何かが落ちていることに気が付いた。
「これって……」
生徒手帳。それも、秋篠が通っている高校のものと同じだ。
どうしてこんな所に……そう思いながら生徒手帳を開いた秋篠は、飛び込んできた持ち主の名前に目を疑った。
「古都ちゃん先輩見てください! ツルハシが熱で曲がっちゃってますよ!」
「あ、うん! 今いくっ!」
秋篠はとっさに生徒手帳をスカートのポケットにしまい、仲間たちのもとへ駆け寄った。
その後、秋篠たちは上層の探索を続けて無事に上層と中層の間に発生したボイドを発見した。
ボイドは一晩のうちに埋め立てられ、夜通しの捜索でも中層から上層に侵入したモンスターが発見されなかったことから、早朝頃には新宿ダンジョンの立ち入り規制も解除されることになる。
19時頃には社会人主体の冒険者パーティに後を引き継いで帰宅した秋篠は、ベッドに寝転がりながらダンジョンで拾った生徒手帳を手に持って溜息を吐く。
「これ、どうしよう……?」
生徒手帳をもう一度開いて持ち主の名前を確認する。
東京都立夜桜高等学校 2年3組 土ノ日勇
そこには隣の席の気になる男子生徒の名前が記されていた。
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