第6話 緊急クエスト

 秋篠古都が部室で静かに百合小説を読んでいると、机の上に置いておいたスマホに通知が入った。


『冒険者協会より新宿ダンジョン立ち入り規制のお知らせ』


 ふとその文言を目にした秋篠は、百合小説に栞を挟みスマホに手を伸ばした。


「どうしたんだろう……?」


 新宿ダンジョンは都心にあるダンジョンの中でも比較的安全で、上層だけなら冒険者階級で初心者とされているGランクでも入れる人気のダンジョンだ。立ち入りが制限されるのは珍しい。


 スマホのロックを解除して、冒険者協会の公式アプリを起動する。規制情報を開くと、新宿ダンジョンにおける立ち入り規制の詳細が記されていた。


「上層でコボルドの集団を確認……。Eランク以下の冒険者の立ち入りを規制……か」


 コボルドは狼のような外見をした二足歩行型のモンスター。脅威階級はS~Gの内のD。強靭な肉体でツルハシを振り回す危険なモンスターだ。


 秋篠の記憶では確か、新宿ダンジョンでは中層以降を住処としていたはず。中層を住処としているモンスターの中では弱い部類だが、上層を主に探索している初心者冒険者にとっては脅威以外の何物でもない。立ち入り制限は妥当な判断だと秋篠は思う。


 規制情報からアプリのホーム画面に戻ってすぐに、アプリ内のチャット機能にメッセージが届いた。秋篠が所属するパーティのグループチャットに書き込みがある。



冬華「新宿ダンジョンの立ち入り規制の件は知っているかな?」

ミナミナ「知ってまーす!」



 チャット画面を開いてすぐに二人目の書き込みがされる。冬華はパーティリーダーの綾辻冬華(あやつじとうか)、ミナミナは水瀬美奈津(みなせみなつ)だ。パーティメンバーは秋篠を入れて三人なので、返事をしていないのは秋篠だけとなる。



コト「わたしも確認したよ」

冬華「OK(猫のスタンプ)」

冬華「知っての通り、新宿ダンジョンの上層でコボルドが確認された。この件に関して冒険者協会から我々にクエストが届いている。受注して構わないだろうか?」

ミナミナ「了解(アニメキャラのスタンプ)」

コト「わたしもOKだよ」

冬華「グッド(猫のスタンプ)」

冬華「詳細は現場で話す。三十分後に新宿ダンジョンに集合してくれ」

ミナミナ「了解(アニメキャラのスタンプ)」

コト「了解(百合漫画のキャラのスタンプ)」



 チャットが落ち着いたのを確認して、秋篠は荷物をまとめて足早に校舎を後にした。学校を出てすぐにタクシーを捕まえて新宿駅へ向かってもらう。同時に冒険者協会の本部へ、預けてある装備の一式を新宿駅構内の協会支部まで運んでもらうよう依頼する。


 新宿駅に着いてすぐに協会支部へ立ち寄って装備一式を受け取り、スクールバッグを預けて新宿駅の地下へと続くエスカレーターを早足で下る。


 新宿ダンジョン行きの改札前には既にパーティメンバーの姿があった。


「あ、古都ちゃんせんぱぁーい!」


 改札前で手を振って出迎えてくれたのは、パーティメンバーの水瀬美奈津。あどけなさを感じさせる童顔だが身長は秋篠よりも高く、外はねショートの髪型で活発そうな印象を受ける女の子だ。


 学年は高校一年生で秋篠の一学年下にあたるため、出会った頃から先輩と呼んでくれている。けれど、冒険者としての活動歴やパーティ所属歴は秋篠よりも半年ほど長いため冒険者としては秋篠のほうが後輩にあたる。


「お、おまたせ美奈津ちゃん。…………ふう、ふぅ」

「古都ちゃん先輩、息切れしてますけど大丈夫ですか?」


「ご、ごめんね。装備がその、重くって」


「そりゃまあ、そんなの抱えてたら当然重いでしょうけども。ダンジョン内まで運んでもらえばよかったじゃないですか」


「そ、その発想はなかったかも……」

「えぇー……」


 水瀬は自身の身長とそう変わらないほどの大太刀を抱える秋篠を見て、呆れたように溜息を吐く。


「そういえば冬華ちゃんは?」

「冬華先輩なら向こうで協会の人と話してますよ」


 水瀬が指さした先で、パーティリーダーを務める綾辻冬華がスーツ姿の女性と何やら話し込んでいた。


 秋篠よりも二つ上。大学一年生の綾辻は長身で手足が長く、スラっとしたモデル体型をしている。外見もさることながら内面も落ち着いた性格で、その大人びた容姿と態度から成人済みに間違われることが多いのだが、彼女は遅生まれでまだ十八歳である。


 ちょうど区切りがついたようで、綾辻は秋篠の姿を見つけてこちらへ駆け寄ってきた。


「来たね、古都。時間ぴったりだ。さっそくで悪いけどダンジョンに向かおうか。クエストの詳細は電車の中で話すよ」


 ホームで待機していた車両に、秋篠たちは冬華の先導で乗り込む。その時、ちょうど反対のホームに入ってきたダンジョンから戻ってきた車両の中に、秋篠は見知った顔を見かけたような気がした。


「あれ……?」

「どうしたんですか、古都ちゃん先輩?」

「あ、ううん。何でもないよ」


 隣の席の気になる男子生徒が居たような気がしたが、おそらくきっと気のせいだろう。

 三人が車両に乗り込むと、地下鉄はゆっくりと動き出す。

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