第5話 おんぶ
コボルドとの戦闘を終えて地面にぶっ倒れていた俺たちだったが、早々にダンジョンから引き上げることにした。たった三匹のコボルド相手にこの体たらくだ。このまま先へ進むのは自殺行為以外の何物でもない。
無理に体を動かした代償だろう、全身に鈍い痛みと疲労感が圧し掛かっている。そんな状態の体に何とか鞭打って立ち上がり、倒れたままの新野の元へ向かう。
「いつまで寝てるつもりだ、新野。さっさとここを離れるぞ」
「……無理」
「は?」
「もう無理ぃ! 一歩も動けないわよぉ~!」
新野はまるで駄々をこねる子供のように五体投地で手足をばたばたさせた。
お前なぁ……。
「ノンビリしてたらまたモンスターに襲われるかもしれないだろ」
「それくらいわかってるわよぅ」
「じゃあ――」
「おんぶ」
「は?」
「あたしはもう一歩も歩けません立てません動けません。おんぶしてくれないと死んじゃいます」
「…………」
勝手に死んでろ、と前世ならそう吐き捨てて帰るところだが……。
新野舞桜は魔王であって魔王じゃない。前世が勇者だっただけの普通の男子高校生である俺と同じ、前世が魔王だっただけの普通の女の子だ。こんなところで見捨てて帰ったら後味が悪い。
「……駅までで勘弁してくれ。俺も今にも倒れそうだ」
「……本当におんぶしてくれるんだ?」
「は? 一歩も動けないなんて言い出したのはお前だろ」
「そうだけど、蹴り飛ばされるかと思ってたわ」
「……前世の俺ならそうしたかもしれないけどな」
勇者レイン・ロードランドは魔王を憎んでいた。前世の俺が抱いた憎悪の気持ちが今の俺の中に全く残っていないとは言い切れないが、その対象はあくまで前世の魔王だ。新野に向けるのはお門違いというものだろう。
「ほら、さっさと掴まれ」
「ん」
新野は気怠そうに起き上がると、しゃがみ込んだ俺の背中に覆いかぶさった。
思ったよりも軽い。それに、どこからともなく甘い香りが俺の鼻孔をくすぐる。背中に感じる柔らかな感触は……あまり深く考えるのはよしておこう。
「しっかり掴まってろよ」
「あ。待って、土ノ日。あれ」
「あれ?」
新野がおもむろに指さしているのは、コボルドのツルハシだった。
「このまま何の収穫もなく帰るなんて馬鹿みたいでしょ。せめてあれ持って帰って売り払ってやりましょうよ」
「なるほど。いい考えだな」
せっかく苦労して倒したコボルドだ。解体して素材にするのは面倒だが、ツルハシを持って帰るくらいならそこまで手間でもない。どれだけの値で売れるかわからないが、小遣い稼ぎにはなるだろう。
一本は新野がコボルドごと消し炭にしてしまったので、俺は残る二本のツルハシを拾って、新野を背負ったまま駅の方角へと歩き出した。
「それにしても、まさかコボルド三匹に苦戦するなんて。あまりにも予想外だったわ」
「今になって考えてみれば当たり前だよな。俺たちは勇者でも魔王でもなく、ただの高校生なんだから。どうにも、前世の感覚で動こうとしてしまう」
前世では長い旅でレベルアップを重ね、魔王と戦う頃にはほぼ全てのステータスがカンストしていた。その感覚で動こうとするものだから、体の動きがどうしても脳内で描くイメージに追いつかない。
「あんたはまだ戦えていた方でしょ。あたしなんてろくに魔法も撃てずにぶっ倒れてたんだから。情けないったらないわよ……」
「それでも、最後は魔法で助けてくれただろ」
「低級の初歩の初歩の炎魔法なんかでね。しかもアレで完全に魔力を使い果たしちゃったわよ。もう無理、魔法の魔の字も出やしないわよぅ」
新野は俺の背の上でくたぁと脱力する。力を抜かれると急に重みを感じるからやめてほしいんだが。首筋に新野の息がかかって妙にむず痒い。
「……血と汗の匂い」
「悪いな。もうしばらく我慢してくれ」
「昔を思い出すわね、勇者」
「…………新野。前世にあまり引きずられるな」
喫茶店で話していた時から感じていたが、新野はどこか前世の魔王と自分を同一視している節がある。俺も人のことは言えないのだが、少なくとも俺自身が勇者レイン・ロードランドだとは思っちゃいない。俺は土ノ日勇であって、勇者レイン・ロードランドはあくまで前世の俺だ。
気を抜くとその線引きがあやふやになりそうになるが、新野は俺よりもその線引きが曖昧になっているのではないかと言葉の節々に感じることがある。
「………………」
「新野?」
「……すぅー…………すぅー…………」
背中から規則正しい穏やかな寝息が聞こえてくる。どうやら相当な消耗だったらしい。睡魔に耐え切れず眠ってしまったようだ。
……まったく。
仕方がなく、眠ったままの新野を背負って駅に併設されたショップに立ち寄る。
そこでツルハシを換金したところ、一本三万円という予想外の高値がついた。なんでも、コボルドのツルハシはそれなりに希少な品らしい。そのわりには結構簡単にエンカウントしたけどな……。
それから俺は眠った新野を背負ったまま地下鉄で新宿駅まで戻り、寝起きでボーっとしている新野をタクシーに乗せて帰らせた。さっそく臨時収入を使ってしまったが、それでもまだ二万五千円以上残っている。
とりあえず、俺の帰りが遅くなって不機嫌になっているだろう妹のためにケーキでも買って帰るかと、なんて考えながら俺は最寄り駅行きの電車に乗り込んだのだった。
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