第4話 昔とった杵柄は腐っていた

 コボルドは俺たちの姿を発見すると、ガウガウと何やら会話のようなものをし始めた。獲物としてどうか仲間内で話し合いでもしているのだろう。やがて一匹が担いでいたツルハシを両手で持って構えると、ほかの二匹も同様にツルハシを構えた。


 どうやらお眼鏡にかなったらしいな。


「ぜ、前衛は任せるわよ……!」


 いまだ自爆のダメージが抜けきれない様子の新野が俺の後ろに下がる。前世の魔王は魔法特化型だった。最終決戦では俺が決死の覚悟で接近戦を仕掛けたために近距離での戦いとなったが、本来は遠距離からの魔法攻撃が彼女の戦闘スタイルになる。


 まあ、順当だな。そこまでする相手でもないと思うが。


「援護頼む!」


 俺は一足飛びにコボルドへ向かって駆け出した。狙いは三匹の内の中央の一匹。一斉に飛びかかられたら厄介だ。なら、それより先に肉薄する。


〈がう……!?〉


 まさか俺のほうから飛び込んでくるとは思わなかったのだろう、コボルドは面食らったような声を上げた。その喉元を狙って拳を叩き込む。


 振りぬいた全力の一撃。コボルドは「キュゥ……ッ」と喉を鳴らしてその場に膝をつく。


 が、仕留めるまでには至っていない。それどころか、


「いってぇえええええええ!?」


 殴った俺の拳の方がおそらく大ダメージを食らっていた。そ、そりゃそうだ。前世ならともかく、俺はただの男子高校生。それも運動はそこそこ出来るが帰宅部のモヤシ野郎で、これまでの十六年間ろくに体を鍛えた試しもない。


 そんな奴の拳がコボルドの分厚い皮膚と弱肉強食の世界で鍛え抜かれた肉体をどうこうできるはずがない。


「ったく、何やってんのよ勇者のくせに! 世話が焼けるわね!」


 右手を抑えて悶絶する俺を見かねて新野が右手を前に突き出し、コボルドに狙いを定めて魔法を放つ構えに入った。


 この世界にも魔法という概念が存在する。だが、前世の世界とは違ってその発現は限定的で、ダンジョン内に限りごく一部の限られた人間が使用できるといった感じだ。


 彼女の体内から魔力が溢れ周囲に青白い光を放っている。さすが元魔王、この世界でも問題なく魔法が使えるようだ。


「消し飛びなさい! エターナルフォーすぅ~ぁ~――……」


 くらりと、新野は魔法を放つ素振りを見せたままよろめいて地面に倒れこんだ。


「新野!?」


「あ、あれ。どうして……? 魔法を使おうとしただけで全身の力が……ま、まさか魔力が足りない……!?」


 ……そうか、考えてみれば当たり前だ。


 新野の前世……魔王は魔族でも異常なまでに膨大な魔力量を保有していた。それはおそらく生まれ持った性質。幼いころから魔力が足りないという事態を経験してこなかったのだろう。


 だが、今の魔王……新野は人間の普通の女子高生。魔王だった前世と同じ感覚で魔法を使おうとすれば、当然のように魔力が足りない。


 魔力切れ……。ある程度、魔力が回復するまではろくに歩けもしないだろう。


 最悪だ……っ!


 殴りつけたコボルドも、ツルハシを杖代わりにして起き上がろうとしている。他の二匹も、今にも俺に襲い掛かってきそうだ。このままでは一方的にやられる……!


 倒れた新野を背負って逃げるか……? いや、前世ならともかく今の俺の体力じゃ百メートルも新野を背負って走れば体力がなくなってぶっ倒れる。とてもコボルドから逃げ切れる状態じゃない。


 いつ以来だ、ここまで絶望的な状況は……?


「ははっ……」


 思い出した。十歳で故郷から旅立って、初めてモンスターに遭遇した時以来だ。あの時も、今みたいに八方ふさがりの絶望的な状況だった。あの時の俺は、どう危機を乗り越えたんだったか。


 ……そうか、生きるために死に物狂いでモンスターに立ち向かったんだった。


 分析も対策も糞もない。ただ向かってくる相手に、死んでたまるかと立ち向かった。我武者羅に、生存本能むき出しで。


「……やってやる」


 綺麗に勝とうなんて考えない。勇者として幾千のモンスターを討伐してきた経験も必要ない。


 元勇者としてではなく、土ノ日勇として、生きるために死に物狂いで立ち向かう。


 その気概だけあれば十分だ。


「土ノ日……! あんただけでも逃げ――」


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」


「ちょっ……!?」


 新野が何か叫んでいたが、俺は構わず立ち上がろうとしているコボルドに向かって体当たりした。起き上がろうとしていたところに横から衝撃を受けたコボルドは俺ごと地面に倒れこみ、ツルハシが手から零れ落ちる。


 それに俺は迷わず飛びついた。


〈ガウ!〉


 静観していた二匹のうちの一匹がついに俺に向かってツルハシを振り下ろす。だが、


「はぁああああああああああああああああッッッ!!!!」


 俺が横薙ぎに振るったツルハシの先端が深々とコボルドの脇腹に突き刺さる。


〈ガウァアアア!?〉


 コボルドは断末魔の悲鳴を上げながら吹っ飛んだ。まずは一匹!


 続いて飛びかかってきたコボルドのツルハシを躱して、後ろで倒れこんでいたもう一体の脳天にツルハシを振り下ろす。


〈ガ――ッ〉


 頭蓋の割れる感触と、その内側の肉がぐちゃぐちゃになる感触が手の内に広がった。頭にツルハシの先端が突き刺さったコボルドは断末魔の悲鳴を上げることなく地面へと崩れ落ちる。残り一匹!


〈ガウガァ!!〉


 仲間を殺されたコボルドは慟哭し、背後から俺に向かって飛び掛かってくる。それを振り返りざまにツルハシで殴りつけようとして、


 ――体が動かなかった。


 理想と現実。前世と今の感覚の隔離。我武者羅に体を動かそうと気がはやった結果、体の動きが反射的な判断に追いついてこなかった。


「しまっ――」


 ツルハシの鋭利な先端が振り下ろされる。

 間に合わない――ッ!




「〈ファイヤランス〉ッ‼」




 横合いから飛来した炎の槍がコボルドを突き刺し壁に激突して爆散する。コボルドは骨も残さず跡形もなく消し炭になった。


 見れば、新野が倒れたまま右腕をこっちに構えている。


「無理しすぎよ、バカ勇者」

「それは、お互い様だろ」


 俺もその場に倒れこんで言い返す。たった三匹のコボルド相手に、勇者と魔王がこの様とは洒落にもならない。


 ダンジョン攻略は前途多難だな……。

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