第3話 いざダンジョンへ

 ダンジョン。人類の歴史を紐解くと、人類とダンジョンには密接な関係が伺える。世界史を学ぶ上で一番初めに教わる四大文明は、それぞれ大きな河川の流域と巨大なダンジョンの傍で発展した。黄河文明しかり、メソポタミア文明しかり、エジプト、インダスと。


 古くから人類と密接な関係にありながら、未だにダンジョンの全容は解明されていない。ただ、21世紀を迎えた人類はダンジョンとの付き合い方にもだいぶ慣れ始めていた。


 喫茶店から新宿駅へと移動し、エスカレーターで地下へと降りる。改札にスマホをタッチしちょうどホームにやってきた『新宿ダンジョン行き』の地下鉄に乗り込む。


「前の世界にもダンジョンはあったけど、何というか……凄いわよね、地下鉄で行けるって」

「つい午前中まではそれが当たり前すぎて疑問も浮かばなかったけどな」


 前世でダンジョンといえば踏み込むのは命がけ。ダンジョン攻略を生業とする冒険者は命を代償に莫大な富と栄誉を集める花形の職業だった。魔王軍との戦争が始まるまでは俺も冒険者に憧れたものだ。


 それがこの世界では、ダンジョンに遊び感覚で入ることができる。車内には学校帰りの学生や仕事終わりの社会人が、ダンジョンで小遣い稼ぎをするために大勢乗り込んでいる。


 1億総冒険者時代とは、どの総理大臣が言った言葉だっただろうか。田中だか、吉田だか、そんな感じだった気がする。とにかく戦後日本は、国力回復を狙いダンジョンへの立ち入り自由化に舵を切った。


 ダンジョン内には当たり前のようにモンスターが存在し、定期的に駆除をしなければ繁殖しすぎたモンスターがダンジョンの外へと溢れて被害をもたらす。それを一般的には魔獣災害(モンスターパレード)と呼ぶが、その対策に軍隊を使っていてはあまりにも費用が掛かりすぎてしまう。


 そこで戦後日本は国民にダンジョン攻略を競わせた。ダンジョンから得られるモンスターの素材や古代文明の遺物――アーティファクトを冒険者協会が買い取り、各企業や研究機関へと流通させる。その仕組みを作ったことで、日本は世界屈指のダンジョン攻略国となったと同時にモンスター駆除費を大幅に削減することに成功した。


 今では欧米各国や中国なんかも日本に倣ってダンジョン攻略の自由化を進めているという。


 この世界において……特に日本という国においてダンジョンとは、日常生活に馴染んでいるものなのだ。


「ちなみにあたし、ダンジョンに入った経験がないんだけどあんたはどう?」

「俺もこの世界じゃ初めてだな」


 前世では何度か入ったことがある。魔王に対抗する力を得るために、剣や防具を探しに入ったんだが、正直に言えば二度とあんな経験はしたくない。何度死ぬかと思ったことか。


「まあ、俺たちなら何とかなるだろ」

「そうね、なんてったって………………だし」


 ぼそぼそと小さな声で「魔王と勇者」と呟いた新野は顔をまた赤らめている。巻き添えは食らいたくないので同意も否定もせず黙っていることにした。


 それにしても、


「ねえ見て、この銃。新モデル買っちゃったぁ! まじアガるくない?」

「いいねぇ~! うちの剣も見てよ、この柄の部分のアクセいいっしょ?」

「かわいいねぇ~!」


 女子高生が電車内で銃と剣を見せ合って盛り上がってるのシュールだな……。


 初めてダンジョン行きの電車に乗ったが、こんな感じなのか。確かダンジョン内で使用する武器は基本的に、ダンジョン外での所持が禁止されている。専用のケースなどに入れて持ち運ぶのが義務化されていて、外で出せば銃刀法違反で即お縄だ。


 この電車内はもう既にダンジョンということなのだろう。座席に座って武器の手入れをしている人も多い。スーツの上から皮の防具を着込むサラリーマンの姿もあった。


「素手でダンジョンに向かってるの、俺たちくらいだな」

「ショップで短剣の一つでも買ってくるべきだったかしら?」


 まあ、大丈夫だろ……。なんてちょっぴり心配を覚えている内に、電車はダンジョン駅のホームに滑り込んだ。


 電車から降りて、改札にスマホをタッチして駅の外へ出る。そこはもう既に洞窟となっていて、空洞が地底の奥深くへと続いていた。


 とはいえダンジョン内部にそれほどの閉塞感は感じない。それは空洞がとんでもない広さであることもさることながら、壁がほんのりと光を放っていて視界が確保されているからだろう。


 ダンジョンの壁に生息する苔の一種が淡い光を放っているのがその大きな要因だ。ところどころに松明も設置されているが、なくても十分に視界が通る。確かこの苔がある範囲を一般的にダンジョンの〈上層〉と呼ぶんだったな。


「あたしたちも行きましょ」

「そうだな」


 既に電車に乗っていた人々は思い思いの方向へと歩き始めている。ものの五分ほど歩いただけで、俺たちの周囲から人の気配はまったくと言っていいほどになくなった。


 新宿ダンジョンは都心のど真ん中にあるだけあって人気のダンジョンなはずなのだが、こうも人が居なくなるとは。ダンジョンの広さがうかがえるな。


「土ノ日、気づいているかしら?」

「……ああ、三体だな」


 近くに感じるモンスターの気配。岩陰から飛び出してきたのは、ツルハシを担いだ二足歩行の狼のモンスター。


「コボルドか……!」


 前の世界でも炭鉱に住み着く迷惑なモンスターとして有名だった。ダンジョンに出るとは聞いていたが、こんな上層に現れるものなんだな。


「丁度いい相手ね。魔王と勇者の実力を見せて…………ッ~」


 モンスターが出てきてテンションが上がったんだろうな。新野が盛大に自爆して悶えていた。


 とにかくまあ、この世界での初戦闘だ。気合い入れて行くとするか!

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