第2話 魔王との再会

「久しぶりだな、魔王。十六年ぶりか?」


 そう口にしてしまってから思った。

 俺、痛すぎるだろ、俺。


 ついついノリでそう返してしまったが、いくら前世が魔王との様々な因縁を持つ勇者レイン・ロードランドだからと言って、今ここに居るのは土ノ日勇だ。どこにでもいる平凡な男子高校生。勇者でもなければイケメンでもない。つまりは様にならない。


 が、言ってしまったものは仕方がない。向こうがこのノリで来たのだ。相手は因縁浅からぬ魔王。ノってやるのが粋というものだ。


「ええ、十六年……ぶり…………」

「おい?」


 魔王……新野舞桜は顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。やがて顔を両手で覆うとその場にしゃがみこんでしまう。


「無理っ! やっぱり無理っ! 魔王とか、勇者とかっ! 十六歳にもなって無理ぃっ!」


「折れた!? おいこら、お前から先にやってきたんだろ!」


「そうだけどっ! そうなんだけどぉっ! だって前の世界ならともかくこの世界でこのノリは……無理ぃっ!」


 魔王……改め普通の女子高生、新野舞桜は真っ赤な顔で長い髪をぶんぶん左右に振りながら身悶える。気持ちはよくわかる。俺も今すぐ顔を枕に埋めてベッドの上で身悶えたい。


「……とにかく! わざわざ追いかけて来たってことは積もる話でもあるんだろ」

「え、ええ。まあ、……そうね」


「喫茶店で話そう。そのほうが落ち着く」

「……賛成だわ」


 新野はよろよろと立ち上がり、赤らんだ顔に手団扇で風を送る。


 そんな彼女を引き連れて、俺は近くの喫茶店に入った。小さい頃から通っている行きつけの喫茶店だ。レトロな落ち着いた雰囲気で、ここでなら冷静に話もできるだろう。


 頼んだコーヒーが来るまで終始無言で過ごし、届いたコーヒーに口をつけてようやく「それで」と切り出す。


「前世の……昔の記憶を俺に思い出させたのはお前か?」


「……違うわ。古典の授業で急に叫びだした時には爆笑したし、ノートに日本語とリース語を書き殴ってるのを見たときにはさすがに引いた。両親の引っ越しも転校も完全に偶然よ」


「ってことは、俺が勇……アレだって気づいたのも偶然だったわけか」


「そうね、あんたが勇……アレだって気づいたのはノートのリース語を偶然見ちゃったから。追いかけたのも、体が勝手に動いちゃったのよ」


「ノリと勢いかよ。前世の意趣返しとかそういうのじゃないんだな」


「記憶を思い出した直後なら、そういう選択肢もあったかもしれないけどね」


 今の生活を捨ててまですることじゃないわ、と新野はストローでアイスコーヒーをかき混ぜながらそう話す。


 俺だって前世の因縁なんてものを持ち出されてここでドンパチする気にはなれない。それは今の生活を壊されたくないから、というのが一番の理由だ。俺がこの世界で土ノ日勇として生きているように、魔王も新野舞桜として生きているということだろう。


「ということは、前世を思い出したのは最近じゃないんだな」


「ちょうど三年ほど前よ。初めは混乱したけど、さすがに落ち着いたわ。今の生活も悪くないし、このままこの世界で平凡な一生を終えるのも悪くないと思ってた」


「……思ってた?」


 引っ掛かりのある新野の言葉に、俺は思わず問い返す。


 新野はミルクとシロップを入れたアイスコーヒーをストローで口に含んで、小さく息を吐いた。


「ねえ、あんたは自分が死んだ瞬間のことを憶えているかしら?」


「死んだ瞬間……? 確か、俺たちは互いに必殺の攻撃をして相討ちになって……」


 俺と魔王の力がぶつかった瞬間、世界が真っ白になった。そこまでは、ハッキリと憶えている。


「だから、あの瞬間に死んだんだろ、俺たちは」

「……違うわ。やっぱり、あんたには見えていなかったのね」


「見えてって……え、なに、見える系の人? こわ……」

「真面目に聞けっ! あんた、人間に殺されたのよ。あたし諸共ね」


「…………は?」


 どうして俺が人間に……Why?


「いやいや、俺勇者だったろ? どうして人間に殺されなきゃいけないんだよ」


「知らないわよ。とにかくあたしが言いたいのは、あんたとあたしの戦いに水を差した奴が居たってこと」

「マジか……」


 それは何というか、ちょっとムカつく話だな。俺は勇者として、人類の命運を賭けて死力を尽くして魔王と戦った。それをどこぞの誰かが背後から俺ともども魔王を殺した? そんなこと出来るなら俺が居ない時に魔王だけやれよバカ。俺が魔王を倒すために十五年もした旅は何だったんだ。


「……思い出しただけでもムシャクシャするわ。あんなに血沸き肉躍る戦いに水を差されるなんて……!」


「おいおいバーサーカーかよ。さすが魔王だな……」

「あんただって納得いかないでしょ?」

「そりゃあまあ……。でも、今更どうにもならないだろ」


 俺が勇者で、新野が魔王だったのは前世の話。俺たちはまんまと二人ともども葬り去られて、今じゃ別世界の一介の高校生。前世の恨みを晴らそうにも、この世界は前世の世界とは違うのだ。


「もしも、前世の世界とこの世界に繋がりがあるとしたら?」

「……どういう意味だ?」


「あたしたちは何かの因果でこの世界に転生した。二人同時に、同じ世界の、日本という限られた地域に。これってただの偶然かしら?」


「…………」


 偶然で片づけるには、少し偶然が過ぎるだろうか。


「きっと何か原因があるはずよ。その原因を辿ればもしかしたら、前の世界に行くことだって出来るかもしれない」


「行ってどうするんだよ」

「あたしたちの邪魔をした奴をぶっ飛ばして帰ってくるわ」


「帰ってくるのか……。魔王に戻るわけじゃないんだな」

「こっちの生活も気に入ってるのよ」

「……そうか」


 それは俺も同感だ。というより、俺はおそらく新野ほど前世に執着していない。確かに魔王ごと殺されたのには納得いかないが、前世の人生の全てと言ってもいい旅の目的はいちおう果たされているわけだしな。


 未練がないといえばウソにはなるが、今の人生を捨てるほどの価値もない。


 ……とはいえ、このまま新野を放っておくのも気が引ける。魔王が前世の世界に戻ろうとしているのを、元勇者として見過ごすわけにはいかない。


「わかった。俺も協力する。そのために声をかけてきたんだろ?」

「話が早くて助かるわ」


「それで、俺たちが今ここに居る原因に目星はついてるのか?」

「ええ」


 新野はストローでコーヒーを吸って、グラスの中の氷がからりと音を立てた。


「ダンジョン。きっとそこに、手掛かりがあるはずよ」

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