第七話の3
通常、子成しは複数のエーテル生命が己が力を折半して行う。一体の生命が一体の生命を生み出そうとすればもとの存在が消えてしまうのは自明だからだ。最低でも二つの生命が、多ければ五つの生命がエーテルを分け合う。エーテルの形質はまさに多様であるから、多すぎては今度は力の継承が失敗することもあるのだ。
今回将軍たちが集められたのも、子成しの儀式にエーテルを分けるためだと各々考えていた。この二十体から多くて四体を選ぶのだと。
一体誰が選ばれるのか、緊張した気配の中で、レッドカイザーはひとりで儀式を始めた。
「なんとっ」
誰とも言わず声を上げた。
レッドカイザーのエーテルは空間に流れ出し、凝縮されていく。将軍の一体が慌てて手を出そうとして、隣のものに諌められた。杞憂に及ばず、レッドカイザーは難なく生命を作り終えようとしていた。
こうして新たに生まれた生命は凛々しく、力強かった。血気に逸る将軍たちはひと目でこれが尋常の生命でなく、この宇宙を新たに統べるべくして生まれた王たるものだと知ると同時に、その力の大きさを是非とも身に刻みたいと考え始めていた。
「名付けよう。そなたは、ヴルゥだ」
「はっ」
生まれた生命はヴルゥと名付けられ、自分を強靭に生み出した王を敬った。
「そなたは我が後継、宇宙を統べる王として今生まれた。この宇宙の均衡を保つことを任とし、ゆめそのことを忘れぬように」
レッドカイザーはヴルゥに将軍たちを紹介した。そして彼らに新たな王への忠誠を誓わせ、自らは玉座から退くことを宣言した。
「みな、ヴルゥを頼む。ヴルゥ、みなを頼む」
こうしてレッドカイザーは晴れて宇宙の辺境、輝く炎の外壁から宇宙を見渡し、黄昏れながら余暇を過ごす時に恵まれた。かたわらにはダーパルがいて、共に安寧の時を楽しんだ。
ダーパルは時折宇宙の中心へ向かった。それは新しい王が健やかに宇宙を治めているのかを見るためであったし、自分が武闘場で戦うためでもあった。ヴルゥはダーパルを快く迎え、レッドカイザーから力を授かったもの同士意気投合するものがあるようだった。
ヴルゥが宇宙を治めるようになってから、少しずつ綻びが生まれ始めた。辺境の方で私闘がたびたび起こり始めたのだ。それについては適宜制裁が下されるものの、事案が増加の一途をたどっているのは間違いないことだった。少なくとも宇宙の中心でそのようなことが起きているわけではないから、大した問題ではないだろうと誰もが思っていた。
しばらくして、ダーパルがレッドカイザーに持ってきた知らせは驚愕に値するものだった。
「ヴルゥが、下位世界への侵攻を計画しているだと?」
下位世界とは形あるものによって成る物質宇宙だ。エーテル宇宙とは裏と表のように拮抗し互いの存在を保証しあっているが、相反する空間で決して交わらないものでもある。
そしてそのような理屈よりも、レッドカイザーの胸中には妙なざわめきがあった。
下位世界への侵攻など、あってはならないことだ。
「いつからだ」
「近く行うと」
「ならば猶予があるな。私が直接話しをしよう」
「恐れながら、それは控えたほうがよろしいかと。レッドカイザー様は先王でありお隠れになった身、現王の政に口を挟めば厄介事が生まれるやも知れませぬ」
「しかし、黙って見過ごすわけにはいかん」
レッドカイザーは永らくぶりに宮殿へ向かい、ヴルゥと対面した。ヴルゥはレッドカイザーの来訪を快く迎え、自分の方から下位世界侵攻について話したはじめた。
「父上もご存知でしょう、今宇宙は綻び始めている。全ては私の力不足ゆえです。そこで私は、再度宇宙を一つにするためにこの案を思いついたのです。皆で力を合わせ、エーテル宇宙のみならず、物質宇宙をも我が名のもとに統治する。これによって再びの結束を得るのです」
愚かな、と一喝したい気持ちは抑えねばならなかった。宮殿には将軍たちがいて、兵士が大勢いた。もちろん、レッドカイザーが辺境からやってきたことが原因だった。ヴルゥの話を聞き、それに偉大な先王がなんと答えるかを見守っているのだ。これに否を押し付ければ、配下からのヴルゥの信頼は失墜してしまうだろうことは容易に考えられた。
現王には威信が要る。ヴルゥは威信のために、下位世界侵攻を思いついた。それに先王が口をはさんでしまえば、ろくなことにはならないはずだった。
そもそもヴルゥが両界統一へ踏み切ったのは、かつてレッドカイザーがこの宇宙を平定したからだ。それによって偉大な王と認められたレッドカイザーと同じことを使用と望むことの何がおかしなことか。
「思うままになされるがいい」
レッドカイザーはそれだけ言って、ダーパルのもとへ戻った。
「ダーパル、おまえの言うとおりだった」
「滅相もございません。レッドカイザー様が去ってから私も考えるべきことがありました。というのも、ヴルゥ様に下位世界への”門”の開き方を教えたのは私なのです」
「なんだと」
ダーパルがレッドカイザーから授かった力を研究していると、”器”の力が守ることのみならず何かを打ち壊すこともできるほどに強い力だと気づいた。この力が一体どれほどの威力を持つのか試すうち、宇宙に穴を穿つことができるのに気がついたという。そしてこの穴こそが、下位世界へ通じる門だった。
「なぜレッドカイザー様の力で開けた門が下位世界へ通じているのかはわかりません。しかし、大事なのは、もとはレッドカイザー様の力だという言うことです」
それは、レッドカイザーもまた下位世界への門を開くことができるという意味だった。レッドカイザーは器の力などろくに使ったこともなかったので、そのようなことができるとは思いもしなかった。
「ふむ、そうか思いついたぞ。私が下位世界へ降りて、そこを守護する戦士に扮するのだ」
「……あ、その、恐れ入りますが、どういうことでしょうか」
「ヴルゥの計画は止められん。これはヤツなりにこの宇宙を想ってのことだからな。だからこその下位世界だ。余裕綽々と決めてかかった下位世界の攻略に手間取り、それが下位世界の強力な戦士の故にと知れば、潔く諦めるかもしれん」
ダーパルはしばらく言葉を失ったように黙っていた。
「なるほど、それは……恐ろしく、なんと言いましょうか、無謀と言えましょうか本末転倒と言えましょうか、私めには理解の及ばない策ではございましたが……下位世界の強大な戦士を倒すためという目的で団結され気勢を増されるのも、お考えのうちと見てよろしいのでしょうか」
「むっ、それは……いいだろう。私の力であれば如何様にも食い止められるだろうからな。エーテル界再統一を陰ながら支えるのも悪くはないだろう」
「陰ながら、というのは難しいところだと思われます。レッドカイザー様の炎はすべての生命が知るところ。それに暴走の懸念や、その強大なお力が下位世界に落ちてどれほどの質量を受け取るか甚だ不明です」
「ふむ。"器"の力を使うのはどうだ。これはめったに使わないので、ダーパルかヴルゥでもない限り気づかないだろう。いや、ヴルゥが出張って来ない保証はないな」
「いいえ、私やヴルゥ様の力の大きさでは、門を開けるのに意識と力を割かれて、門を開けならが下位世界へ降りることはできません。元々穴が穿たれていればもちろん話は変わりますが」
「そうなると、問題は質量か。ダーパル、おまえの見立てでは私はどれほどの質量を得て現界すると思う」
「星の一つ二つでは済まないでしょう。あまりおすすめはできませんが、器を先に得られてはどうです。限界して器を得るのではなく、器に現界するのです。何を器に現界するのかは、行ってみなければわかりませんが」
「器がほんの小さな粒だったらどうする」
「むしろその可能性が高いでしょう、物質界は微細な粒子によって成っているのですから」
ダーパルは少し間を置いた。
「ここまで話を詰めおきながら正直なところを申し上げますと、私はこれがうまくいくとは思えません」
「しかしやらねばならん」
「何故です、下位世界など我々の預かり知らぬもの」
「分からぬ、だが我が炎がそうせよと求めるのだ。私は、それをせねばならぬと」
そしてレッドカイザーは語った。下位世界と上位世界は表裏一体、一対の宇宙なのだと。力の均衡が崩れたとき、エーテル界に及ぶ影響も計り知れないのだ。
「そう、ヴルゥ様に仰っては」
「それができんから私が戦うのだっ」
レッドカイザーはダーパルに協力してもらい、ある訓練を行った。エーテル界に門が開けられたときの感覚を覚えなければならない。その発端は究極自分の力なのだから、感じられないはずはないとレッドカイザーは考えた。もとより暇に溢れた二つの生命は何度も何度も同じことを繰り返し、ようやくレッドカイザーは門の気配宇宙の反対からでも察知できるようになった。
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