第七話の2

 争う中に分け入って、レッドカイザーは炎を噴き上げた。苛烈に競っていた生命は分け隔てなくエーテルへ還る。

 始まりの炎を見たとして、多くの派閥がそれぞれ無数の戦士を携えて宇宙の中心へなだれ込んできた。レッドカイザーはそれを腕のひと凪ぎで無に返す。戦士たちははじめレッドカイザーに果敢に挑んだ。しかしどのような策をもってしても、どのように強力な能力があろうと決して勝てない相手だと分かると、少しずつ辺境へ移っていった。そうして、辺境でまた争いを始めた。

 レッドカイザーはそうした争いを一つずつ、確実に灼き消した。一つ外套を翻せば炎が立ち上がり、数億の生命が消える。

 ダーパルは灼熱が宇宙を覆うさまを、あとに続いて眺めるだけだった。始まりの炎に戦いを終わらせることを願ったものの、それが使命であるとダーパルは感じていた。

 ある戦いの中で、レッドカイザーの炎を奇跡的によけて直近まで寄ったものがいた。それは直ちに灼きはらわれたものの、最後に放った一撃がダーパルに深い傷を与えた。

「これは、もう、助からないでしょう」

「いや、還ることは許さん。お前は私が成すことを見届けなければならない」

 レッドカイザーは自らのエーテルの一部をダーパルへ分け与えようとした。炎は適合せず、ダーパルのからだを蝕みどろりと溶かす。

「むっ」

 ならばなぜ、自分は平然としてエーテル界にいられるのか。そこかしこに充満するエーテルが、この体に触れただけで消え去らないのはなぜか。

 レッドカイザーは今一度力を分け与えた。自分の外郭として覆い、炎を吹きこぼさずにいる”器”の力だ。

 器に閉じ込められた炎はダーパルの体に再び力を与え、強靭な生命として再起させた。

 宇宙を灼く旅の中で、レッドカイザーとダーパルのもとに戦士が集うようになった。宇宙に平定をもたらすため集った戦士たちはいずれも巨大な力を持つ強者だった。彼らは手分けして争いの種を摘み、また力によってねじ伏せた。

 壮絶な戦いは永劫に続くかと思われた。無限に思える広大さを持つ宇宙で起きる諍いを、一つ一つ消していったのだ。

 その果てに、ようやく宇宙が統一される時が訪れた。

 ここに宇宙は一つに成ったと宣言され、その象徴たる玉座にはレッドカイザーがつくこととなった。こうして、始まりの炎は力のもとに秩序ある世を完成させた。




 エーテル宇宙の王にレッドカイザーが君臨して以降、かつてない平安の時代が続いた。

 王といっても、エーテル生命たちのために行われる政などはほとんどなかった。エーテル生命は飢えないし、住を求めもしない、故に働くという概念そのものがない。文化というものもなく、芸術や哲学に精を出すこともなかった。このエーテル界に”作られた”ものはといえば、玉座を覆う宮殿程度のものだろう。その宮殿も、のっぺりとした外壁で囲まれた程度のものでしかない。無論、その素材はエーテルで、そのように凝固できる能力を持ったエーテル生命の作だ。

 レッドカイザーの王としての仕事は、ただ在ることだけだった。力の象徴であり、破壊と平和の象徴である。再び生命が争い宇宙を混乱に陥れるとき、この王は玉座より立ち上がり災いをもたらすもの全てを灼くという抑止力だ。

 王のもとに敷かれた法は、一つだけある。それは私闘を禁ずることだった。エーテル生命は戦いから生まれ、戦いのために進化した。そのような事情から、気性は非常に荒い。気に食わないことがあれば、あるいは一切の理由もなしに、彼らは戦いを望み続ける。戦いは定められた武闘場でのみ許され、それ以外の場所での戦闘が露見されようものなら、拘束され、戦う力を奪われるというエーテル生命にとってこの上なく厳しく無慈悲な罰が下される。その罰もやはり、それに類する能力を持ったものが執行する。

 レッドカイザーが王となってから、多くの戦士がその配下である軍勢に加わった。この王の軍勢は、法に背くものがいないか広い宇宙を見回る任を持つほか、一般の戦士の高揚を武闘場で諌める役目も持っていた。

 王の軍勢で将軍を務めるハンバスが、全身から眩い光を放ち対峙する戦士を下した。

「一体ではならぬぞ、ハンバスにはまとめてかからねばな!」

 ダーパルが言うと、武闘場にぞろぞろと戦士たちが上がっていった。これを好機と見た軍勢配下の兵もハンバスと向かい合う。ハンバスは王の軍勢の中でも切っての戦士で、その力はレッドカイザーの炎の力を受けたダーパルにも勝る。

 ハンバス将軍は観戦するレッドカイザーとダーパルに向き直った。

「我が勇姿をとくとご照覧あれ!」

 ハンバスは輝く剣を無数に生み出し、五十近い対戦者たちを蹴散らしていった。武闘場では対戦する生命をエーテルへ還してしまっても構わない事になっているが、ハンバスは圧倒的な威力の飽和攻撃を放ちながら一つの生命も還すことはなかった。威力に加え精密さも併せ持つその勇士は、レッドカイザーがいなければ宇宙の王として君臨できていただろうが、どういう因果か己より強い王に心酔していた。

 ハンバスの勝利を見届け、レッドカイザーとダーパルは宮殿へ戻った。宮殿は広々としていて、兵士としてもわざわざ寄ってくるものもいないから、いつも静かだった。

「ハンバスの願いを聞き届けられなかったのは、いささか不憫に思われましたが」

 ダーパルが言った。ハンバスは無数の戦士に御前で勝った褒美として、レッドカイザーとの戦いを所望した。レッドカイザーはそれを断ってしまったのだ。代わりにダーパルが戦うと言ったが、それはハンバスから断られた。ハンバスはダーパルの手の内を知っているからだ。

「ふむ」レッドカイザーは少し考えてから言った。「受けてやろうとは思ったのだが、万が一を恐れてな。ダーパル、そなたには言っておこうと思う」

「なんでしょう」

「実は、炎の制御が甘くなってきているように感じるのだ。はじめは違和感に過ぎなかったが、今では自信がない。細やかな制御ができず、威力のままに溢れ出してしまうのではないかと思えば、ハンバスのような勇猛な戦士を手違いで還すわけにもいかないだろう」

「ふむ、なんと。ハンバスであれば王の炎に灼かれることは本望でしょうが、いささか懸念すべき事案ではありそうでございますな」

 エーテル生命が、時間をかけて自分の力をより詳細に発揮できるようになっていくというのは常だが、その逆はこれまでに一例としてなかった。つまり、”老い”という概念だ。不朽不滅のエーテルより生まれたエーテル生命と最も縁遠い概念が、この宇宙で最も強い力を持つレッドカイザーには適応されているらしいのが、ダーパルの興味を引いた。

「私はかつて宇宙を灼いたこともある。力を使わなければ暴走することもないだろうが、この先どうなるかは分からん。つまり、このようにじっとしている状態から突然炎を噴き出す時が来ることもありうるだろうということだ」

「極端な発想ではございますが、最もです」

 特にここは宇宙の中心で、多くの武闘場があり多くの生命がいる。こんなところで炎が上がろうものなら、大戦時代の再来もかくやの惨事になるだろう。

「して?」

「うむ、王を退こうと思う」

 ダーパルはさして驚かなかった。王は辺境、特に宇宙を囲う炎の壁のほとりに行きたがっていた。そこでその身が炎に呑まれてしまうまで黄昏れようとしているのだが、エーテル生命たちには王が要る。戦いを統べるもの、平和をもたらすものである王だ。

「後継が必要になりますな、誰かお考えがございますか」

 言いながら、ダーパルは自分ではないだろうと確信していた。もしそうであっても、自分の信頼できるもの、例えばハンバスなどに任を投げてレッドカイザーについていこうと思っていた。

 レッドカイザーのこたえはダーパルの予想を越えていた。

「子を成そうと思う」

「なんと」

 それから時間をおいて、宮殿に将軍たちが集まった。二十体の将軍たちはいずれも平定戦争でレッドカイザーに味方した者たちで、エーテル宇宙の平和を実現させた信頼できるものたちだった。

 レッドカイザーはダーパルと将軍たちの前で、子成しの儀式を始めることとした。

 子成しの儀式とは、エーテル生命の一つの進化の形である。単一の個が存在として完成されているエーテル生命には種の存続という意味での繁殖は必要ない。死ななければ無限に生き続けるからだ。子成しの儀式とは、戦士が還ってなお、その強さを宇宙に残すために行う。将軍たちのいくつかも子を成している。

「さて、始めよう」

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