第六話の6

 エーテル特性の相性如何では今のようにあっさりと倒せるだろうが、逆もしかりだ。

 アキは空を見た。宇宙からも怪獣は迫っている。百メートル超の巨体は空中で破裂などしたりせず、そのまま地上へ威力を伴い衝突するだろう。それは一体や二体ではなく、宇宙全体からこの星へ殺到するならその数は億にも届く。アキにはそれらすべての力の波動が、天に輝く星のように見えていた。

 今日中にも三体の怪獣が落ちてくるだろう。落下地点から数十キロの範囲は死の荒野となり、地下にシェルターがあったとしても無意味だ。

『アキ、こうなれば私も手段を問うてはいられん。炎の力を下ろす』

『いや、だめだよ』アキは無数の怪獣が近づく気配にさらされながら言った。

『な、なぜ』

『ユイがいたら巻き込んじゃうだろ』

『君は……この期に及んで』

『ユイが助からなくっちゃ、意味ないだろ』

 レッドカイザーはそこから猛然と戦い続けた。目に入った敵を片端から千切り、胸を穿った。強大なエーテルの力の奔流に揉まれながら決して怯まず、如何に不利な戦いだろうと逃げずに挑み続けた。

 戦いながら、少しずつアキの中にあるエーテルが成長していった。炎に薪が投げられ、にわかに勢いを増し、その幾分かを力の担保とした。アキの持つ炎が成長したところで、レッドカイザーの現界できるエーテルの総量は変わらなかったはずだが、赤い巨人が熱を帯びていくさまは星の底から這い出てきた溶岩の怪物が怒りを露にしているが如きだった。

 怪獣を斃すたび、瓦礫が生まれ、土砂に変わり、海のものとも川のものとも知れぬ洪水が一面に広がる。逃げ惑う人々は都度それに巻き込まれ、命を落とす。

 アキは戦い続けた。

 ユイ、どこだ。今、どこにいるんだ。

 まだ生きているのか?

 俺にはまだ、戦う理由があるのか?

 怪獣王を倒せればそれで全て終わるはずだ。誰かが言ったとおり、エーテル界へ行って敵の親玉を直接に叩くのが一番の近道だとアキも分かっていた。しかし、跳躍はやはり成功しなかった。自分の炎が成長しきっていないのか、あるいは物質界の存在には到底無理なのか。

 アキにはレッドカイザーに頼る選択が、すでになかった。ただ一人で戦っている気になっていた。

 空から怪獣が降ってきた。閃光を纏った破壊の権化が、大地を揺らす。命も文明も、草木すらも分け隔てなく灰燼へ変える。

 ユイは無事だ、きっと。

 ユイが生きている限り、俺は戦い続けなければならない。

 怪獣と戦いながら移動を続け、アキは自分が今どこにいるのかも分からない。街から町へ、そして今はどこの山奥とも言えない場所で怪獣と対決していた。

 怪獣の能力で大地から槍がせり上がり、空中からも見えない威力の塊がレッドカイザーを襲った。

『アキ!』

 地に伏しながら、レッドカイザーの声がアキの脳裏にこだまする。

 決定打を打ち込む隙を見つけられず苦戦するさなかにも、数多の怪獣が歩み寄ってきているのが分かった。

 目の前の攻防一体のエーテル特性を持つ怪獣に、アキは十五年前の忌々しい怪獣を思い出す。

 両親とユイを奪った怪獣だ。

 倒れた姿勢から立ち上がり際、レッドカイザーの手が触れた小川から蒸気が上った。

 もう二度と奪わせるものか、俺が何を犠牲にしてきたか、その代償に何を手に入れたか、見せてやる。

 立ち上がり、山腹に何かあるのをアキは見つけた。一見の家のようだった。粗末で、小さな畑がある。怪獣との戦いで精神を燃やすアキは、どうしてこんなものに意識が向いたのか、疑問に思えた。

 人がいる。

 女だ。

 その顔に、見覚えがあった。

『ユ……』

 瞬間、新たなプレッシャーが宇宙に満ちるのを感じた。怪獣王の生み出した空穴を通い、新たな怪獣がまた幾億と生まれ出ようとしている。

『この気配は、モノクか! アキ、援軍だぞ!』

 そんな事は言われずとも分かっていると、アキは殺気立ちながら思い、そして自分のすぐ背後に怪獣が現界する気配に気づいた。

 ただでさえ強力な怪獣を相手にしているのに、二体目が!

 これがもし、周辺環境を書き換えるタイプのエーテル特性を持っていたら。

 事前に相手をしていた怪獣のことは完全に無視し、この新しい怪獣が現界し次第エーテル能力を使う前に斃すとアキは決めた。

 ユイは、生きていた。かつて失ったはずのものはまだある。

 もう奪わせはしない、何に変えても守り抜いてみせる。

 山麓を削り取り、大地を大きく震わせて怪獣が現界した。 

 その怪獣は、青い下半身に白い胴を持ち、腕は直接生えておらず、体の周りをぐるりと回る輪に帯のようなものを四つ垂らした姿をしていた。

 見紛うはずがなかった。

 その姿は、かつてアキの両親とユイを奪った怪獣の威容そのものだ。

 アキの心の頂から火が噴き上がる。忘れたつもりだった憎しみに抑えが効かなくなる。

 この怪獣に負わされた傷という傷が疼いて、もうそれ以上の辛抱はならなかった。

 アキは怪獣の胸に拳を突き入れた。エーテルの熱が怪獣の胸郭を溶解させ、赤灼する溶物が血のように吹き出て大地に散った。

『アキ! なにを、彼は味方だぞ!』

『黙れッ! こいつは、父さんを、母さんを、ユイを! また殺しに来やがった! また……ッ!』

 怪獣の胸を貫いた手で、見えないものを掴むようにレッドカイザーは拳を握り直す。

『そんなに俺から奪いたいのか、そんなに俺が憎いか! だったら、終わりにしてやる。俺が全てを終わらせてやる!』

 赤い巨体から、ついに炎が吹き上がる。途方も無い怒りの力が、アキの炎をエーテル界の力を凌駕する領域まで拡大させる。

 アキはエーテルの帰還する先、上位世界の座標を、これまで以上にはっきりと認識した。

 怪獣の体の崩壊と同時に、アキは跳躍を念じた。

 上位世界、エーテル界へ! 

 熱帯びる手が、エーテル流入源の認知境界を焼失させる。帰還する怪獣のエーテルと混じり合い、それを焼き尽くしながら、アキの精神は、肉体は、上なる世界へと導かれていった。

「アキ!」

 一人の声が、誰にも届かないまま空へ吸い込まれた。

 山間には途方に暮れた様子の怪獣が一体残っただけで、レッドカイザーの姿はどこにもなかった。

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