第六話の5

 のしりのしりと足を運ぶレッドカイザーの巨体が、静かに熱を帯び始めた。漲る力の奥底から新たな原動力が湧いて、アキの心を突き動かす。ほのかに速力が上がり、爆発的に膨れ上がった闘争心が殺意と変わって怪獣へ投射される。

『そうか、あれが! あいつを倒せばユイが助かるんだな!』

 怪獣はじっとその場にとどまっていた。そして獣じみた本能を剥き出したような醜態を一息笑ったーー怪獣に顔はないから笑うはずはないのだが、アキにはそう見えたーーかと思うと、その場から姿が消えた。

 アキは殴られた、気付くのに時間がかかった。仰向けに倒れ込んでいる最中で、怪獣の王が拳を上向けに振り抜いたのが見えた。レッドカイザーがエーテル操作で空気抵抗を完全に消してしまっていたなら、どこまで遠くまで吹き飛んでいたか分からない。

 動きがまるで見えない。レッドカイザーと同じ力のはずだが、出力があまりにも違う。どこかの守りを薄くして一箇所の防御を高めるだとかの小細工など必要ないのだろうが、アキには二打目は閾値を超える威力で殴られる確信があった。そうなればこれまで無敵を誇ったレッドカイザーの防御も“一貫“の終わりだが、アキはそこに勝機を見出した。

 敵の拳を見切り最大出力で攻撃を当てれば勝てる。

 ――待てよ、なんで俺は今無事だったんだ?

 いかに強化されているとはいえ、レッドカイザーの通常出力が怪獣王の通常出力に拮抗するはずがない。アキが今の一撃で沈まなかった理由を考えながら、レッドカイザーの背中が地についた。

 ――炎か?

 怪獣王とレッドカイザーの有するエーテルの違いに気づきながら、アキは上体をわずかに起こす。そのまま起きあがろうとしたが、体にうまく力が入らない。これまでの怪獣の攻撃は痛みがあるだけだったが、怪獣王の攻撃は明らかにダメージがある。

 怪獣王に見下され、アキは憎悪を膨らます。

 今余裕をぶっコいてるこの瞬間なら、確実に一撃当ててやれるはずなのに……!

 怪獣王は、地に伏した敵に手を下すことはなかった。レッドカイザーが動けないことが分かると、その場で宇宙を抱くように両腕を大きく広げ始めた。

 無数の巨大なエーテルの塊が怪獣王から発射され、宇宙へ広がっていく。光を越え、空間を越え、怪獣王は自らのエーテルを使い宇宙を改造していく。

『まずい』

 レッドカイザーは怪獣王が何をしているのか分かるらしい。

 徐々に体の自由が利くようになり、アキは地を殴るように弾みで立ち上がると、勢いのまま怪獣王の胸元を穿った。両腕を広げ無防備だった怪獣王は、一切の抵抗なくそれを受け入れる。いや、違う。エーテルの流入源はすでにそこにはなく、アキが穿ったのは力を使い果たした残骸のみだった。目も鼻も口もない顔に見つめられながら、アキは敵が微笑んだような気がした。

『私の勝ちです』

 そのような声と共に、怪獣王は瓦礫へと還った。

 だが、アキは肌で感じていた。レッドカイザーもそうだった。

 終末の時が今始まったことを。

 この星に、いや宇宙に、あなたの空洞が生まれて巨大な力の塊が幾億と流れ込んでくる。息苦しくなるような重圧感に晒されて、赤い巨体はどこを見るともなく、あるいはその向こうにある暗澹とした宇宙を見透かすように曇天を仰いだ。

 幾億という力の塊が物質界へ流れ込んでくる。その一つ一つが強大なるエーテル生命であり、一体一体がこの星を平らげる力を持っている。

 エーテル生命はエーテル生命によってしか倒せない。この無数のエーテル生命と対峙するのはレッドカイザーだけだ。この星に現界したぶんだけでも千は下らない。

 レッドカイザーが振り返った先で、三体の怪獣が現界していた。

 大地を、山を、海を、街を、人を、この星のありとあらゆる物質が器と変えられ無機質な巨獣へ変えられていく。

『ははっ』

 アキは怪獣へ向かって駆け出していた。

 一体の怪獣は地面に手を押し入れたと思うと、すぐに引き上げた。両手に棒のようなものが握られている。もう一体は歩くたびに周囲の建物や木がふるふると揺れる。もう一体は振った腕がまっすぐレッドカイザーまで伸びてきてその体を捕らえようとした。

 伸びてきた腕を掴み返し引っ張ると、怪獣の腕は更に伸びるばかりだ。本体を引き寄せられない。棒を持った怪獣が襲い来るのを距離をとってかわす。足が水たまりにはまったように沈む。もう一体の能力は液状化の類のようだが、足が抜けない。固形か液体か非常に曖昧な状態になってしまっている。

 最も離れた位置にいる怪獣が再び腕を投げて寄越し、レッドカイザーの体に巻き付くようにして今度こそ拘束した。棒を持った怪獣が得物をレッドカイザーに叩きつける。レッドカイザーは身を捻って自分に巻き付く怪獣の腕を叩かせた。ただの棍棒にみえたそれはあっさりと怪獣の腕を切断し、敵の体勢が崩れところへレッドカイザーは拳を打ち付けた。胸部めがけた打撃は使えるだけのエーテルを集約させた一撃で、エーテル生命を貫通できるだけの威力はなかったが、怪獣は堪えたようによろける。液化怪獣がすぐ後ろにいるのを確認するとエーテルを沈んだ左足に集中させ、一息に抜き出すと右足で器用に後方へステップを踏んで、エーテルの集中した左足を液化怪獣の胸元へ突き出した。水のようにぱしゃりと大きく変形した怪獣は、もとに戻ることはなく瓦礫へ変わる。

 ――このときアキは、一つの思いつきを試していた。怪獣の帰る先、エーテルの戻る座標を認識し、自分の力での跳躍を試みた。この日最初の怪獣で得た気づきは結局活かせず、怪獣から全てのエーテルが失われる。

『……一体目ッ』

 離れた怪獣が再生した腕を伸ばしてきたので、これをまだエーテルの再配分の済んでいない左足で迎撃する。怪獣の細い腕は足底に触れたところから虚空へ消えるように無くなっていく。遅れてもう一本の腕が来たが、エーテルが全身に戻ったのでレッドカイザーは右手で掴み返す。

 棒持ちの怪獣が迫ってきた。レッドカイザーは武器による攻撃を絶妙の足さばきで避けながら、捕まえたままの怪獣の腕を絡ませる。怪獣を翻弄するように三回転ほどすると、武器を持った腕も含めてがんじがらめにしてみせた。

 レッドカイザーは無力化した怪獣の胸元に拳を突き入れた。

『二体目!』

 まんまとレッドカイザーを手伝っただけになってしまった三体目の怪獣へ向き直る。

 地平線が揺らいだ。

 アキは今一度巨体を巡らし、周囲の状況を確認した。怪獣が四方八方から寄ってきている。目視できるだけでも四体が新たに接近してきていた。

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