第六話の2

 レッドカイザーの正体は、すでに全世界に暴露されていた。はっきりとした出所は不明だが、怪獣教の仕業だろうとジローたちは思っている。なんにせよ、レッドカイザーは一国の所有物で、個人の力によって発揮が左右されていることが知らされてしまった。もちろん政府は白を切り続けているが、カルトの流した噂を信じた人間があまりにも多すぎたのが問題だった。

 アキは怪獣と戦う時を除いて、ずっと外に出ていない。移動は常に軍関係者と一緒か、レッドカイザーの姿で行っている。顔も割れていないから誘拐の危険はないが、それに関する情報のリークは何度かジローのもとへ届いた。大国の特殊部隊が、護送中の要人を襲撃し攫う計画を実行するらしいとか、そんな具合だ。

 そのような事情もあって、複数ある街の国家運営施設の前にはずっと人だかりができている。一日に十人は侵入を試み、非殺傷性の武器で速やかに無力化される。

 崩壊区域につくられたこの街は世界一安全だというたれ込みだが、来る終末を目前にあらゆる過激派組織や宗教団体、彼らに扇動された民衆が、狂気を獲得し混沌を生み出している。

 彼らが施設の前でやっているのは、怪獣を鎮めるためにアキを処刑しろと言うバカげた要求だった。無論、怪獣教の差し金だ。一方で、怪獣に唯一対抗できるアキは絶対に生かし続けなければならないと主張する者も大勢いる。千人以上の人だかりに施設を包囲されながら、彼らが一度になだれ込んでこないのは、戸外でそのような二勢力が対立しているからだということもある。

 アキはそういった事情をすべて把握していたし、ジローからも何度か聞かされている。

 だが、一度も外へ顔を出したことはない。アキの移動は海路か空路で、この日も屋上から建物に入っている。

 外で何が起こっているのか、アキには興味がなようだった。大勢の人に死ねと言われても、何も感じていないらしい。

 ジローは、無言を通し無気力極まって見えるアキをちらりと見た。

「かつての君だったら、人のエゴに対して激しい憎悪を抱いたろうにね。俺は正直そんな君が怖かった。言っちゃ悪いだろうが、彼女には感謝しているよ。君の恋人の……えぇと、何と言ったかな。まあ、彼女のおかげで君は変わってくれた。怪獣を倒すのは慎重に、かつ迅速に。元々の所属が長かったらかもしれないけど、以前のように感情を剝き出しにするより、今のようなやるべき責務をひたすらこなす姿勢の方が俺には好ましいんだ。そうだ、彼女には会えないが、似た女の子を手配しようか。歳は低くてもいいぞ、十代か……うーん、一桁は同僚に付け入られる危険があるけど、用意できなくもない。もちろん飛び切りの美人だ」

 ジローは屈託のない顔をアキに向けるが、アキは何も言わない。そして返事の代わりと言わんばかりに、ずっと手に持っていたグラスをテーブルに置いた。

 ふむ、とジローはアキの横顔を観察した。

 死んだように見えるが、死んでいない。何かを虎視眈々と狙っているのが分かった。肉食獣が獲物を待ち構えているのとは違う。そのような貪欲さではなく。例えば、自分の右目を打ち抜いた猟師を探して方々彷徨うようなどう猛さだ。それ以外には興味がないのだ。

 なるほど、戦士だ。

 ジローはかつてこれと似た雰囲気を持つ男と会ったことがある。現役の戦闘隊員として海外へ遠征を行った時出会ったその男は、現地の兵士だった。男は家族を虐殺され、その復讐に命を懸けていた。終わらない戦いに絶望を滲ませたような顔をして、誰よりも敵を殺すことに使命感を燃やしていた。男はジローが任務を終え帰国した後、敵の捕虜にされ厳しい拷問の末に殺されたらしい。

 男は惨い目に遭いながら決して自分のしたことを後悔しなかっただろうという確信が、ジローにはあった。

 アキもまたそうだろうとも。

「レッドカイザーだがね」

 ジローは自分でも気づかないで言葉を紡いでいた。

「いずれ彼と戦うことはなくなると思う」

 テーブルに置かれている赤いおもちゃを見る。未だ新品同然なのは、ジローたちのバックアップで何度となく製造メーカーに可動部の整備や塗装の再塗布などを行ってもらったからだ。

「理由はたくさんあるがね、一番は信頼がおけないことだ。君からの報告であったアバンシュと言う言葉、いや名前かな。彼はそのことに決して口を割らないし。言ってることもきな臭い。怪獣はエーテル界の王の力で現界してる、ならレッドカイザーはどうやって我々の世界へ来ているんだ? 多勢に無勢とこの世界で戦うことを選んだのに、エーテル界のお尋ね者になってからも随分と余裕に構えて見える。あの炎の力だって、どうしてあれほどの威力があるのか。彼は我々に話すべきことを意図して隠しているのは間違いない」

 ジローは両足をテーブルに置いた。

「各国の要人や有力者は今、地下都市計画に心血を注いでる。この君の部屋のように、地下深くに居を構えれば怪獣の恐怖はいったん忘れることができるからね。そこに人を住まわせようって考えは実に合理的じゃないかい? 少なくとも、レッドカイザーを信頼し続けるよりかは。彼がいつまで我々のために戦ってくれるのか、そもそも敵であるエーテル界の一員なのに突然寝返らないとなぜ言い切れるのか。解決しようのない不安要素は置いておいて、まず自力で解決可能な問題から取り組むべきだろう」

 ジローはグラスを回しながら、再びアキを横目に見た。

「ま、アキ君がどうしても怪獣を殺したいのなら、いずれくるタイムリミットまでにやってみることだね。対症療法ではなく、原因療法というのをね」

 ジローは残っていた酒を一息で飲み干して立ち上がった。

 アキに短く別れを告げて、上機嫌で部屋を去る。

 アキはしばらくじっとしたままで、ジローが置いていった自分のグラスに目を落とした。それからふと目を背けて、睡眠をとるためにリビングの暗がりの奥にあるドアへ向かった。

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