第六話 レッドカイザー、憤然

第六話の1

 にわかに霧立つ山林で、二つの巨大な影が争っていた。

 レッドカイザーは素早く接敵すると、怪獣の胸元に打撃を何発か入れた。細身の怪獣は腹の辺りから腕を二本追加で増やし、至近のレッドカイザーに迎撃の構えを取ったが、その頃にはすでに間合いを外れている。

 再びレッドカイザーが飛び込み、今度は下半身を狙う動きを見せた。二本の腕で怪獣の四本腕に掴まれないよういなしながら、大腿と脛とを蹴飛ばす。ダメージを与えるのが狙いではなく、とにかく相手にとって面白くない場面を作り出そうとする。今度は両の大腿部から一対の腕が生えた。レッドカイザーは距離を取る。

 怪獣の腕は合計で六本になったが、最後に生えた日本はやや短い上に細い。七本目以降はさらに弱い腕が生えるだろう。

 能力を見て対策を練ると、怪獣の右手に回るようゆっくり歩き始める。怪獣がレッドカイザーに体を向けるため半歩立ち直したところで、赤い巨体が地を這うように跳んだ。怪獣に肉薄する直前、レッドカイザーは凄まじい急制動で自分の右手に跳ぶ。怪獣がすぐにそちらへ向き直ろうとした動きを振り切るように、さらなる瞬間速度でレッドカイザーはより大きく、深く右側に進入した。

 怪獣がわずか一瞬、レッドカイザーを見失った時には、既に背後を取られていた。

 エーテルの出力を再分配し、右手を突き出そうとした刹那、怪獣の背中から一本の腕が急速に伸びてきた。レッドカイザーはそれを屈むように避けると、叩くにように手のひらを当て速やかに無力化する。

 最後の悪あがきも通用せず、怪獣はレッドカイザーに胸を貫かれ、樹木と土砂の混淆物へと還った。

 レッドカイザーはそれを見届けて、疲れ果てたように膝をつく。


 ジローは戦闘記録を見終えた。暗い部屋で端末の明かりに浮かぶその顔は、しわが刻まれて白髪も増えている。

 端末に通信が入った。

『アキさんがただいま帰還しました』

「了解」

 ジローの方で通信を切ると、部屋の扉が開いた。入ってきたのは、若かりしジローに負けず劣らずの疲労感をたたえた青年だ。

 アキは二十五歳になっていた。

「おかえり。いいのが貰えてね、役職が高くなるとこんなハプニングもあるんだね。飲むかい」

 アキは何も言わず、ジローの前にあるテーブルにおもちゃのレッドカイザーを置いた。

 広いリビングの脇には大きな水槽があり、専用の照明の具合で青く光っている。水槽の上部から色とりどりの魚に振りまくように餌を与えると、ジローの座るソファに腰を下ろした。

 部屋の照明は点けなかった。

 この広い、さながら高級ホテルの一室のようなアキの部屋で光源となっているのは水槽と、出入り口と、ジローの端末の画面だ。

 ジローはボトルを開けると景気のいい音に嬉しそうな声を出し、背の低いグラスに半分まで注いでアキの前に出した。自分の分も同じようにして、さっそく一口あおった。

「くぁー! ああ……香ばしいし刺激も強い、つまみが欲しくなるなあ、味の濃い肉と合うんじゃないかな」

 アキはグラスを取って、ちびりと舐めるように飲んだ。両手で包んだグラスを太ももに挟んで、水槽に見入る。

「ふっ、お疲れかい」

 ジローは上機嫌でグラスに酒を追加した。

「仕方がないね、怪獣の出るペースは上がり続けて、今じゃ平均三日に一回。いやーになっちゃうよなあ」

 グラスを右手で持ち、左腕をソファの背もたれにかけた。アキに話しながら、どこか独り言のようで、目線はじっと水槽に向けられていた。

「密入国者は増える一方、治安は悪くなる一方。それはそう、この街にはあれから一度だって怪獣が出てない。金持ちに配慮でもしてんのかね、エーテル生命も意外と現金だよ。街歩いてる奴を適当な容疑で連行すればまず密入国者なんだからね」

 言いながら、ジローの目は少しずつ遠くなっていった。

「現状にはどこの部署も苛立ちを隠せなくてね、どうしてか俺の責任にしてしまおうって動きまである。このポジションが美味しいと思い込んでる連中がいるってのが一番面白いよ。そんな甘ったれたやつらがさ、俺の仕事を自分でできるって、自分ならもっとうまくやれるって勘違いしてんのが一番のお笑いだ。どう思う?」

 どうも思わないよな、とジローはアキの返事を待たず続けた。

「まあいやでも、違うのかもな。連中甘い汁を啜りたいだけで、ここの仕事をもっとうまくやってやるだとかは考えてないのかもな。へっ、もっと沢山の賄賂を貰ったり流したりってことについての向上心ってことなら、なるほど一気に納得がいく」

 ジローは酒をグラスの中で回し、水槽の青い光が手元で踊るのを楽しむ。

「この星はあと何年続くかね? このままだと、百年はないね。五十年も怪しい。十五年前から始まった怪獣と人類の戦いも、終わりが見えてきたってわけだ。ああ、君を責めてるんじゃない。君のおかげで、少なくとも十五年は延命したんだからね。君は、よくやってる。怪獣の討伐速度はどんどん上がってる。三時間前の記録を見たよ、五十四秒は世界記録級だ、有史以来誰も成し遂げてない」

 ジローは口の渇きを潤すようにグラスを傾けた。

「はぁ……問題は土砂だ。ああいう自然地区ならいいんだがね。市街地で怪獣を倒したら土砂は残る。それを撤去するのが、今はどこも間に合ってない。ここ五年で十もの国がなくなってるだろ、いずれも小国だけど、それほど怪獣災害の後処理は時間と金がかかる。我が国やいくつかの大国も、機能が麻痺しつつある。ええと、半年前かな。発電所を”食った”怪獣がいただろ。あの時は停電も酷かったが、残骸の処理も非常に繊細で高度に技術を擁するものだった。時間も金も必要で、そこが……ああ、潰れた国の一つだ。ただ、皆あれを恐れてる。エネルギープラントを飲み込んで現界なり、良く分からん能力の足しにされたりして、都市機能が沈黙するのをね。誰もかれもがナイーブになってるさ」

 そのとき、ジローの端末がリズミカルな電子音を鳴らして震えた。机に置いてあったそれを手に取り、誰からの連絡化を見ると顔をしかめる。

「もしもし、ジローです。どうも。ええ、また例のやつですか……ええ……その件はこの間お断りしたはずですが。無理ですよ。言っちゃ悪いんですがね、使えないものに金を払う余力はないんです。私に直接かけて来ても無駄ですよ。今度かけてきたら、公務執行妨害を適応しますからね。いえいえ、本気です。いいですね? ……いいですね? ええ、それでは」

 ジローは通話を切り、テーブルに端末を戻した。グラスの中身を飲み干し、また新しく注ぐ。

「レッドカイザーの装備を作りたいって、例の会社だ。バカだね、何度説明しても理解しない。怪獣に下位世界の武器なんて意味がないのに。連中がやりたがってるのは、自社のロゴをくっつけたレッドカイザーに堂々と街中を歩かせることだけだよ。こんな終末感漂う時代でも、商魂は失われないってのがすごいね。それで儲けて何を買うんだか」

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