第四話の9

 三体の怪獣が迫った。正面と左右からの典型的な同時攻撃だ。その近寄ってくる姿にアキは違和感を覚えたが、その正体を掴めない。あっという間に肉薄して、百メートルの巨人たちによる乱戦が始まった。

 レッドカイザーは見た目に反する身軽さでもって三体の攻撃、腕による殴打や下脚による蹴撃を器用に避ける。

 裏意識にあたるレッドカイザーとの連携は三年の経験を経て完成されつつある。以前は難しかった自然な跳躍や、任意で空中に留まって静止するなど、物理法則を超越した動きを合図もなしにこなせるようになっている。

 左の怪獣が大振りの攻撃をした。他の二体の動作にちょうど閑があり、アキはこれに反撃を試みた。状態を逸らして右腕に空を切らせると、脇の下を潜るような右拳の殴打が怪獣のーー目や耳はもちろん、鼻に見えるような突起もないーー頭部へ飛ぶ。

 一切の手応えがなかった。拳は怪獣の顔面深くにめり込んでいるように見えるが、立体映像のような、実態のないものに素通りされたとしか思えないほどの素通り感だ。

 決定打ではない、小手調べのジャブだが、アキの背筋にサッと悪寒が走る。当たると思って放ったのだから、体勢を崩してしまった。

 だが肉薄している一体は幻影だ。警戒すべきは右手にいる他二体で、そのうち一体も幻影だろう。状況を整理しながら、がら空きの胴体を守るように身を捻ろうとした。

 幻影に腕を掴まれて動作が止まる。

『うっ!』

 一体に腕を掴まれたまま、一発、二発ともう一体から脇腹へ蹴りを入れられる。レッドカイザーは体を回転させて、左の裏拳を蹴撃を繰り出している怪獣に当てようとした。

 これも怪獣の像を素通りする。

 二体に背中を見せた格好になるレッドカイザーへ、三度目の蹴りが入れられた。

 アキはこの時点で、怪獣の能力についてある仮説を頭の中で構築していた。三体目の怪獣はなぜ攻撃に参加しないのか、なぜ怪獣の体には当たる場所とそうでない場所があるのか。そして分身の際に現れた、体色の変化。それはおおよそ頭部、胴体、下半身に分かれている。

 レッドカイザーはまた体を回転させ、元の姿勢に戻る。足腰を蹴られながら、アキは試しにと、自分を拘束している怪獣の足を蹴ってみた。

 素通りする。

 改めて見れば、拘束している怪獣の足元にあるアパートメントは潰れていない。蹴りを繰り出す怪獣の足元には破壊のあとがある。やや離れた位置で様子を伺っている一体は、やはり移動による踏潰のあとがない。

『色だ、色の部位で実態が分かれているんだ』

『なるほど、となると急所は、我々を捕らえている一体にあるのか』

 この分身は胴体と腕部が実態のようだから、必然胸部も備えている。

『しかしそれが分かったとして、どうやって攻勢へ転じる』

 怪獣の両腕で固定されたレッドカイザーの右腕はまるで動かない。自由な左腕の打撃は、エーテルの出力の低さゆえに通用しない。

 掴みはレッドカイザーの最も苦手とする攻撃だ。攻撃のためにエーテルを集中すれば、たちまち掴まれている部分が破壊される。

『炎のエーテルが使えるなら簡単なんだけどね』

『……アキ』

『できるだけなしね、分かってるって』

 レッドカイザーは掴まれている腕を支点に体を持ち上げた。体を地面と垂直にして、怪獣の体に自分の体を隠すようにした。蹴りが届かなくなり、攻撃がやむ。曲芸じみた姿勢のまま、今度はレッドカイザーが肘や膝で殴打を加える。大したダメージはないはずだが、怪獣としては一方的に攻撃されるのは面白くない。

 レッドカイザーは放り投げられ、自由の身で大地に降りる。

『次で決めよう』

『いいだろう』

 駆け出そうとした時、怪獣の分身が消えて元の一体へ戻る。そして今度は右腕、左胸から左腕にかけて、胴と頭部、そして下半身の四つに色が分かれる。直後、怪獣は四体に分身する。

 振り出しだ。

 だが攻略法はすでに分かっている。本体を探し出す方法は簡単だ。

 とにかく一撃ずつ加えて回ればいい。

 レッドカイザーはいよいよ駆け出し、凄まじい速度で最も手前の一体に肉薄した。胸のあたりを手刀で横凪に一閃すると、右腕に当たる。

 こいつじゃない。

 素早く身を引いて、掴みかかろうとした怪獣の右腕から逃れる。その後ろにいた三体が動き出す。瞬間アキは足元に注視して、向かって最も右側にいる一体が家屋を踏み潰しているのを見つけた。

 候補は残り二体。

 右側に回り込むと足担当の分身体が腕を振って攻撃を仕掛けてくる。正体を見破っていたアキはこれをブラフと看過し、逆に間合いを詰める。怪獣の腕はレッドカイザーを素通りする。下半身担当と挟み打とうと動いた一体に向けて一歩踏み込み、アキは左足を大きく上げて胸目掛けて蹴りを出した。右肩から入り胸へ半端に進入し、左胸で止められる。

 こいつもハズレだ。

 そして今狙うべき一体も決まった。今蹴った一体の、背後にいるやつがそうだ。

 レッドカイザーの体は自分で放った蹴りの反動で大きく弾け飛ぶ。怪獣はこの不規則な動きを捉えきれず、みすみすレッドカイザーを間合いの外へ逃す。

 レッドカイザーは地を擦ってやや静止すると、体勢を整える。

 小手調べをした三体は動きが鈍い。数が増えると動きが甘くなるのかもしれない。狙うべき一体は中まった位置にいるが、今なら確実に取れる自信があった。意識のレッドカイザーも同じらしい。

 三歩で縮まる距離を跳んだ。

 右手に力が集中する。巨大で希薄な体の動作を妨げる干渉のみを遮り、他すべてのエーテルが攻撃のために使用される。

 一切の防備を捨てて飛び込んだ刹那、レッドカイザーは恐ろしい気迫を放った。アキの中にある上位世界のエーテルが、その闘気に呼応するように膨れ上がったのかもしれない。

 無機質な怪獣は、生物的な反応を見せた。レッドカイザーを恐れるように、後ずさろうとした。それを半歩ほども許さず、レッドカイザーは迫り、怪獣の胸に拳を突き立てた。

 取った。

 怪獣の動きが止まる。すぐに腕を引き抜き、距離を取ろうとした。

『ん?』

 怪獣の異変に気づいた。

 体の色が非常に細かく分かれて変化している。今までは三つに分かれたり四つに分かれたりしていたが、それどころではない。ステンドグラスのように複雑な色彩の変化が起きている。

 細かい破片を繋ぎ合わせたような外見になった怪獣は、たちまち百体以上の分身を発生させてレッドカイザーを取り囲む。

 レッドカイザーが振り返りざまに腕を振ると三体を掠り、いずれも手応えがない。

 パーツが細かすぎて、どの分身体がどの部分を担当しているのかまるで推察できない。レッドカイザーを取り囲む怪獣はゆっくりと、掴みかかるように動いた。掴むといっても、腕も手も細分化されている。手の部分に実態を持つ分身に組みつかれても、脱出は容易だろう。

 加えて動きはひどく緩慢だ、分身が多くなるほど制御が困難になるのは間違いない。そしてこの数になって、怪獣の狙いは攻撃ではない。レッドカイザーの動きを制限させるのが目的なのだ。

 なぜか。

 アキは自分を囲む怪獣たちの外縁部を見た。数十の分身がレッドカイザーから離れるように四方へ散っている。逃げるつもりだ。

 この分身のうちエーテル流入を行なっている本体は一体だけのはずだが、胸部も細かく分けられている以上、現界の核となる部分が複数に分裂していてもおかしくない。

 アキは考えた。

 仮に一体一体探して回っても、核部分を持つ怪獣を見つけた段階でまた再分身を行う可能性もある。終わりの見えないいたちごっこは明らかにレッドカイザーの不利だ。

『ダメだね、ここまでだ』

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