第四話の6

 特別資料室でアキは学校でのことをレッドカイザーに語った。怪獣が下位世界に出現している間、レッドカイザーはエーテル界に帰ることは滅多になかった。エーテル生命が現界している間、王は身動きが取れない状態になるので長時間を下位世界で過ごせるらしいと、アキはジローから又聞きしていた。

 部屋にはケンもいて、アキが大立ち回りをしたことを苦笑いで聞いていた。

「まあ、ケガ人が出なくてよかったよ」

「そうなんですけどね……」

 アキは話している間も話し終わったあとも……さらに言えばケンが学校から彼を連れ帰っている最中にも、終始納得のいってないような顔をして、背中を丸めていた。

『アキ、君は持てる力を闇雲に使わず、間違いを正した。立派なことだ。私にもそうそうできることではない』

 レッドカイザーの言葉にも曖昧に相槌をうち、アキは自分の手に視線を落とした。

「でも、なんか違うんだ。……あいつらは平気で暴力を振るえるのに、俺はそうはいかないってのが納得いかないのかも。いや、なんか違うな。もやもやしてるんだ。あれが一番いい方法だとは思えなかったって言うかさ」

 アキの悩みは抽象的で、レッドカイザーにもケンにも測り切れるものではなかった。

「先生に怒られたのが気に入らないとか?」

「それは違いますね。むしろどうでもいいというか」

 授業を三十分近くボイコットしたアキとカズキは、その時限を担当していた国語教師に叱られていた。カズキに悪いことをしたとアキは思ったが、次の休み時間には友達に昼休みの出来事を語って聞かせていた。

「人の話を聞くような相手じゃないんなら、アキ君はこれ以上ない最善手を打ったように思うけどな」ケンは何かを思い出そうとしているようにあごに手を当てて言った。「結局のところ、いじめられっ子は助けられたけど相手が裁かれてないのが気に入らないとか?」

「……そうかもしれないです」

 アキにはそれが近い気がした。不良たちは悪事を働いて、罰を受けていない。アキのクラスメイトだった少年も、午後の授業には顔を出さなかった。

「そこからは大人の仕事だね。被害者が警察なりに届ければもしかしたら実刑を受けるかもしれないけど、未成年だしねえ」

「それって不平等じゃないですか」

 ケンは驚いた顔でアキを見た。思い当たったように愕然として、楽天的な彼にしては珍しく眉根を寄せて真剣な顔をした。ケンのそんな表情をアキは初めて見た。

「僕は仕事柄、人に暴力を振るうこともある。もちろん命令上その必要があったらだ。こんな仕事をしていて思うのは、暴力は絶対に振るってはいけないということなんだ。人体は脆い、簡単に壊れる。だから僕たちは鍛えるし、人の体の壊し方と同時に、いかに無傷なまま相手を無力化するかという方法も学ぶ。多くの人は致命的な弱点も知らないで、狙った場所に攻撃を当てる技術も持たないで暴力を振るう。殴り合いの喧嘩をして、どうやって決着をつける? 相手が気絶すれば勝ちかい? ボコボコに昏倒状態にして放置して、そのまま死ぬ可能性もある。だから、腕力に物を言わせてはいけないんだ。誰かを殴ったということは、社会的なハンデになるから。そういうハンデを負った人間はもう挽回のしようがない」

「じゃあ、黙って殴られろってことですか」

「大人の助けを呼んで、身を守るんだ。相手を拘束して時間を稼ぐことだってできる」

「ケンさんはそうしたんですか」

 アキの声は静かだったが、疑うような目で放った言葉はナイフのように鋭くケンに刺さった。感情の色が見られないアキの瞳を見返して、ケンは悲しげな顔をした。

「僕たちは君を守らないといけないんだ、アキ君」

 レッドカイザーは二人の間に降りた沈黙の帳を眺めた。分厚いガラスの壁越しに見るアキの中に自らの炎を見出し、それが赤々と燃えているのを見た。炎は何か灼くものを探しているように揺らめき、一度獲物を捕らえれば瞬く間に飲み込む獣を彷彿とさせた。

 レッドカイザーの“目”には、もう一つの上位世界のエーテルが見えていた。アキに宿るものよりはるかに巨大なそれはゆっくりと、しかし休むことなく近づいてきている。レッドカイザーではなく、アキを狙っているのだ。下位世界に存在を主張するエーテル界の力が、怪獣を呼び寄せている。新しい変化だった。崩壊区域に出た怪獣がアキの中にある上位世界のエーテルに反応したことはない。炎が何かを糧に成長しているのか、アキの無意識が怪獣を呼んでいるのか。

 いずれアキはその力を制御できなくなる時が来るという予感が、レッドカイザーにはあった。その先に待つものは全く未知だが、レッドカイザーには恐ろしく不吉なことに思えた。




 怪獣が出現してから二日が経った。アキには政治的な議論の進捗が聞かされることはなく、ジローは基地を留守にしていた。怪獣が出てからこんなにも長時間赤い巨人が出現しなかった例は過去になく、諸外国からの疑いの目は既に向けられている。赤い巨人はこの国の守護神だとでも言って誤魔化す手段があると、アキは以前ジローから聞かされていたが、それで通せばいよいよアキが外国に飛んで怪獣を倒す手がなくなるだろう。

 話によると怪獣はまっすぐ移動してきているようで、三日後には崩壊区域に着く予想らしい。それを待たずともこの国の領海ないし領土に入った時点でアキは出撃できるが、まず三日は待たなければないことにアキはげんなりしていた。

 アキは前日に引き続き不良たちの件で目を引いていた。アキのクラスメイトの不良少年は欠席していて、それが噂の信憑性を高めているらしい。クラスの内外で自分を遠巻きに見ては何か話されているのはあまりいい気分ではなく、話題だけにいやでも不良たちのことを思い出しフラストレーションを加速させた。

 アキは不良たちがあれで観念したとは思えなかった。ただ相手の体力が切れるまで逃げ回り、三人がかりで傷一つ付けられなかったという屈辱だけを与えただけだ。だからといって暴力を振るうわけにもいかない。ケンの言うことは正しく、アキは常に正しい側でいることを意識しなければならなかった。

(間違っている連中を見逃すことは正しいことなのか?)

 そんな矛盾を内に抱えて、アキは授業を受けていた。

 二時限目が始まって少しした時だった。アキは妙な音が聞こえた気がした。それが徐々に大きくなって、近づいてきている。バイクの集団のようだった。

 こんな昼間から学校のある住宅街に珍走団が走っているのは珍しいことだったが、アキもクラスメイトも、当然教師も無視していた。しかし、際限なく大きくなりつつあったエンジン音は学校の前で止まり、自分たちで校門を開けたのか、校庭に入って来たのが音の様子で伺えた。

 尋常ではない様子に教師は授業を中断し、廊下に出て校庭を見た。それにクラスのやんちゃがついていき、アキもカズキに並んで見に行ってみることにした。廊下にはほかのクラスからも教師と生徒が出て来ていた。

「生徒は教室に戻りなさい!」

 どこかの教師が叫んだが、誰も聞かなかった。

 校庭には十台以上のバイクが並び、尋常の目つきではない男たちが乗っていた。何人かは金髪で、皆夏の陽ざしにカットソーを着ているが統一感はない。男たちはバットを持っていて、その物々しい雰囲気に生徒や教師たちは慄いていた。

「警察に電話をしたほうが良いのでは?」

「え、ええ、そうですね」

 一人が教員室へと向かい、残った教師たちは生徒を教室に戻そうとした。教師用の玄関口から体育教師二人と体格のいい社会科の教師が校庭に出て、生徒たちの関心は目前の大人の指示よりもそちらに移っていた。アキもじっとその様子を見ている。

「お前ら学生か! どこの学校だ!」体育教師の大きい声が校庭で反響し、アキたちのところまで聞こえた。

 一つ前に出たバイクに乗っていた男に、歩み寄って来る教師など見えていないようだった。男はバットを肩に担ぎながら言った。

「アキくーん! アキくんいるー?」

 脱力しきった口調だったが、声量は体育教師に劣っていなかった。立ちながら貧乏ゆすりをして、校舎の窓際から自分たちを見下ろしている面々を、しかし逆に見下すような目で見た。

 カズキが心配そうに振り向いた横で、アキは合点がいった。男はアキがおちょくった三人の不良の、おそらくはリーダー格の兄か何かだ。背が高く、面長で、切れ長の目をしているのも似ている。粗暴さに磨きをかけ金髪にしたらあのような顔になるだろうとアキは思った。となると校庭に今並んでいるバイクの男たちは皆高校生か大学生だろう。

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