第三話 レッドカイザー、赤灼

第三話の1

 アキはユイを探していた。いつもはユイが自分を見つけてくれていたので、アキは彼女がどの教室にいるか分からなかった。

 二回目の怪獣の襲撃から五日が経っていた。

 校舎の中はずいぶんと人が減っていた。怪獣が二週続けて出て、本格的な避難指示が出たのだ。実家に疎開する人はもちろん、国によって指定された地区へ移送される人も多い。今日と明日で学校は空になる予定で、アキとユイは同じ人員輸送車に乗るかもしれなかったし、そうでないかもしれなかった。受け入れ先の準備ができ次第移動が始まるので、その時が来ないと自分たちがどこへ送られるのかも分からない。今はとにかくスピード優先で、行く先が気に入らないだのの苦情は完全に後回しにされている。

 アキとユイは味気ない朝食を摂ったあと、学校の屋上でともに時間を過ごすようになっていた。日課としてアキが屋上に行くと、ユイは来ていないかった。

 人の少ない教室を覗きながら廊下を移動していると、声をかけられた。

「君、ちょっといいかな」

 知らない男だった。スーツ姿で背が高く、体が細い。剃り残した無精ひげがぴょんぴょんと生えていて、顔色が悪く、目は淀んでいるが、刺すような光がその奥からアキに向けられていた。

 男はアキの顔をじっと見てから、唸るような声を出した。

「お父さんとお母さんのところに、案内してもらえるかな?」

 子供に話すようにとっておいた甘ったる言い方は、アキには不快だった。怪しさの満点の男はニッコリとほほ笑んで、それがまたいい笑顔なのがアキの危機感を混乱させる。この男の相手は自分の身には余ると感じたアキは、言われた通り父と母のもとへ案内しだした。

 なにかろくでもない大人ならば、両親のもとにいた方が安全だろうと考えた。背後に音もなくついてくるスーツの男の妙な圧に、アキはユイを探していたことをほとんど忘れかけていた。

 男は両親に会うなり、胸元に手を入れて、黒い手帳のようなものを見せた。警察手帳に似ていたが、アキにはその違いが分からなかった。

 男は何か公務員のようなものらしい。

「お子さんを預からせていただきます。いえ、何か事件を起こしたとかではございません。長くても三十分ほどでお返ししますので、ご心配なさらずお待ちください」

 男ははきはきと要点を伝えて、アキをどこかへ連れていく旨を説明した。それは両親の了解の是非を問わないことを暗に説明していて、アキ本人を含む誰にも連行に対する拒否権がなかった。

 アキは何か悪いことをした心当たりがなかったが、胸騒ぎがした。自分が知らないうちに、何かをしでかしてしまったのではないかとも思った。男は事件性のある事とは関係ないと言ったが、それならなぜ連れていかれなければならないのか。

 今度はアキが付いていく番だった。両親の心配そうな顔に見送られて教室を出る。緊張しながら校舎から出ると、玄関の前に車が停まっていた。少し古いものに見えるそれは町の中にあって一切の異彩を放たず、警察車両のような特筆すべき特徴がこれといってない、いわゆる一般車両だ。その横に二人の私服の男が立っていて、アキとスーツの男を見ると、一人が後部座席のドアを開け、もう一人が運転席に何か合図をした。「すまないね」とスーツの男は待っていた二人に言うが、それは明らかにドアを開けたりなどの仕事に対する礼ではなく、謝罪のようにアキには聞こえた。

 アキとスーツの男が車両後部に入ると、運転席の男は車から出た。

 無言の統制を見て、アキは軍隊みたいだな、と思った。

「さて」

 スーツの男はは座席に体重を預けて楽な姿勢になった。アキも似たようにしてみるが、リラックスしきれているとは言いがたかった。

「ジローだ、よろしく。アキ君でよかったかな?」

「はい」

「どうだい、学校の生活は。ええと……もう二週間になるのかな」

「えっと……楽しいです」

 ジローと名乗った男は、できる限り明るく話しているという印象をアキは受けた。アキを怖がらせないためなのかも知れなった。一方で、アキは警戒を解かないであくまで機械的に応えるように努めた。

「避難生活って言うのは、ひどく心身に負担のかかるものなんだけどね。衣食住の二つが安定を欠いたものになるんだから。子供の適応力ってやつなのかな。家には戻りたいと思うかな?」

「戻れるなら戻りたいです」

「そうかい。でもここには二度も怪獣が出て、一般市民がこれ以上ここに居留するのは認められなくなった。二度はあることが三度あったっておかしくないんだから。おっと」

 ジローは自分の口に手を当ててアキを見た。

「怪獣の話はつらかったかな。嫌な思い出を思い出させてないといいんだが」

 ジローはアキの頭の傷をちらと見た。縦に入った傷は古傷のように固まってしまって、自然治癒では再生の余地がないもののように見える。

「大丈夫です」

 素直に応えてしまってから、アキは失敗したと思った。二回も怪獣に襲われて、町を破壊され、普通でいられることなんてあるんだろうか。アキは学校の中で、怪獣の猛威を思い出して恐慌状態に陥ったり、泣き出して止まらなく子供を見かけたことがった。アキは二回ともレッドカイザーとなって戦ったから、その機微が分からない。

「強いんだなあ。俺はどうだろうな、ちびっちゃうかも。だって頭の上で、二体の怪獣が戦うんだから」

 ジローはアキの様子をうかがうように……少し彼から体を離すようにしながら言った。自然に体をドアに寄りかからせるようにしただけにも見えたが、アキには引っかかるものがあった。

「アキ君」

 ジローが本題に入ろうとしている。車内の雰囲気が変わった。

「こんな話を知ってるかな。ニュースとかでもやってるんだけど。怪獣は本当は温厚なんだけど、赤い怪獣が現れると攻撃性を呼び起こされて、互いに戦い合って被害を生むんだって説」

 アキはこの話は何度も聞いていた。アキがレッドカイザーから聞いた事実とはかけ離れていて、アキの神経を逆なでする言説だったが、今はそうでもない。言いたいやつには言わせておけばいいと、思い直していた。レッドカイザーへの信頼は時間をかけて得ていけばいい。

 アキは言った。

「怪獣の攻撃から町を守ったの、ボクは見たので」

「前回のやつだね。確かに、そうだね」

 ジローの態度は妙だった。どうやったらその逆鱗に触れないままアキの心の核心に触れられるか、爆弾の解体さながらの神経質さと慎重さを漂わせている。

 アキはジローの目的について、あまりよくない考えがよぎった。

 レッドカイザーだと、バレているのではないか。アキからそのことを聞き出そうとしているのでは。改めて、逃げ場を奪われていること再確認する。

 だとしても、冷静でさえいればどうにかなるとアキは自分に言い聞かせる。

「じゃあ君は、赤い怪獣は人類の味方だと思っているわけだ」

「……はい」

「なるほど。実はね、公に報道されるのは禁止されていることなんだけど」

 ジローはドアポケットからファイルを取り出すと、写真を一枚そこから抜いた。差し出されたそれをアキは見て、驚愕した。

 レッドカイザーが、どこか海外の街を破壊しているように見える写真だ。

「赤い怪獣は普段、こうやって海外で破壊活動を行っているようなんだ」

 嘘だ。そんなわけはない。写真に写っているのは確かに、アキと現界したレッドカイザーだ。おもちゃのレッドカイザーとアキに上位世界のエーテルが流れ込んで完成する姿は、複製のしようがない。なにより、海外でこんな襲撃があってどうやったら報道を完全に止めることができるのか。

「これは、写真が偽物でっ」

「おや、どうして?」

 アキは返せない。ジローの純粋に疑問符を浮かべたような表情に、アキはバカにされたように感じる。

「だって」

「だって?」

 レッドカイザーは自分だから。そんなことは言えない。

 アキは目の前とジローと、車を囲む大人たちが不気味に思えてきていた。レッドカイザーだと明かしたら、どんな目に遭うだろう。いつか見た映画のように、真っ白な研究室に閉じ込められて観察されたりするんだろうか。そうなって、アキは家族を守れるのか。レッドカイザーが正体を明かすのを控えるように言った意味を、アキはようやく理解した。

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